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行動経済学 経済は「感情」で動いている/友野典男

「経済は感情で動いている。」(p.3)
「経済は心で動いている。」(p.4)
「「この世界には現実のハムレット、マクベス、リア王、オセロがいる。教科書に出てくるのは、すべて冷徹で合理的なタイプであるが、この世にはもっと様々なタイプの人がいる」アマルテイア・セン『経済学の再生:道徳哲学への回帰』(徳永、松本、青山訳、麗澤大学出版会)」(p.9)
「「身を切るような体験を通して、わたしたちは学びました。合理的に思考したからといって、社会生活に生じる問題がすべて解決できるわけではない、ということを」アルバート・アインシュタイン(『アインシュタイン150の言葉』、ディスカバー21)」(p.9)
「行動経済学とは何かについて研究者の間でも一致した定義があるわけではないが、人は実際にどのように行動するのか、なぜそうするのか、その行動の結果として何が生じるのかといったテーマに取り組む経済学であると言ってよい。つまり人間行動の実際、その原因、経済社会に及ぼす影響および人々の行動をコントロールすることを目的とする政策に関して、体系的に究明することを目指す経済学である。」(p.23)
「行動経済学は、人間の合理性、自制心、利己心を否定するが、人間が全く非合理的、非自制的、非利己的であるということを意味しない。完全合理的、完全自制的、完全利己的であるということを否定しているにすぎない。」(p.24)
「カーネマンはノーベル賞受賞の際に発表した回顧の中で、「われわれ(カーネマンとトヴェルスキー)の仕事を、人間の非合理性を証明したのだとする言い方は、直ちに拒否している。ヒューリスティクスとバイアスの研究は、合理性という非現実的な観念を否定しているだけだ」と述べている。」(p.24)
「そのような潮流の中にあってひときわ異彩を放つのが、1978年のノーベル経済学賞を受賞したハーバート・サイモンである。現代の経済学者のなかで、経済人仮説に最も強く異議を唱え、代替的な考え方を提唱したのがサイモンである。サイモンは多才・多能な人で、最初政治学を学んで博士号を取得したが、後に、経営学、組織学、コンピュータ科学、人工知能、認知科学、経済学等を研究して、それらの分野に多大な影響を与えた。彼は、標準的経済学が仮定している合理性に対して、人間の認知能力の限界という観点から体系的な批判を行なった最初の経済学者である。完全に合理的であることができない人間を捉えるのに、「限定合理性」という概念を生み出し、経済学は限定合理的な人間を研究すべきだと主張した。」(p.31)
「行動経済学には公式の誕生日は認定されていないが、1979年を「行動経済学元年」とみなしてよいであろう。その年に発行された、理論計量経済学の世界最高水準の雑誌の一つと評されている『エコノメトリカ』誌に、カーネマンとトヴェルスキーの記念碑的な論文「プロスペクト理論:リスクの下での決定」が掲載されたからである。」(p.35)
「ヒューリスティクスは、問題を解決したり、不確実なことがらに対して判断を下す必要があるけれども、そのための明確な手掛かりがない場合に用いる便宜的あるいは発見的な方法のことであり、日本語では方略、簡便法、発見法、目の子算、さらには近道などと言われる。」(p.66)
「アンカリング効果から確証バイアスと言われる傾向が生じる。確証バイアスとは、いったん自分の意見や態度を決めると、それらを裏付ける情報ばかり集めて、反対の情報を無視したり、さらに情報を自分の意見や態度を補強する情報だと解釈するというバイアスのことである。さらに、確証バイアスから自信過剰という傾向が生じることもわかっている」(p.88)
「「全般的に見て、あなたの生活は幸せですか」という質問と「あなたは最近1ヶ月間で何回デートしましたか」という質問を学生にしたところ、この順番で質問すると、両者の関係はほとんど認められないが、質問の順番を逆にして、デートについての質問を先にすると、デートの回数が多いほど幸福度も高いという相関関係が見られた。」(p.98)
「すべてを考慮できないからこそ、ヒューリスティクに基づく決定ができるわけである。」(p.103)
「アインシュタインは「常識とは、18歳までに身につけた偏見のコレクション」(『アインシュタイン150の言葉』ディスカバー21)だと言ったが、偏見(バイアス)が生じる可能性があっても問題解決に役立つのがヒューリスティクスとしての常識なのである。」(p.106)
「保有効果とは、人々があるものや状態(財だけでなく地位、権利、意見なども含まれる)を実際に所有している場合には、それを持っていない場合よりもそのものを高く評価することをいう。」(p.146)
「保有効果は、二つの意味で損失回避性の具体的な現われである。第一に、あるものを手放す(売却する)ことは損失であると感じられ、それを手に入れる(購入する)ことは利得であると感じられることである。第二に、ある物を購入するために支払う金額は損失ととられ、それを売却することにより得られる金額は利得ととられるが、損失回避性によってどちらの場合でも利得より損失の方が大きく評価される。したがって損失を避けるならば保有しているものを手放そうとせず、実際に所有している物に対する執着が生じるのである。」(p.147)
「また人々が一般に、同一額の機会費用と実際に支払った費用では、後者を重く評価するという傾向を持つことはいろいろな事例で確かめられているが、このバイアスは保有効果により説明できる。実際に支払った費用は損失であり、機会費用は得ることができたのに実際には得(られ)なかった利得であって必ずしも損失とみなされるわけではない。したがって、両者が同じ大きさであったとしても損失回避性によって、実際に支払った費用は過大評価され、機会費用は軽視されるのである。」(p.147)
「保有効果は、人があるもの(権利や自然環境、経済状態、健康状態などを含む)を手放す代償として受け取ることを望む最小の値、すなわち受取意思額(WTA)と、それを手に入れるために支払ってもよいと考える最大の値、すなわち支払意思額(WTP)が乖離することを意味する。つまり、自分の保有しているものを手放すことの代償として要求する額は、それを持っていない場合に入手するために支払ってもよいと考える額より大きいのである。この現象自体は新古典派の効用理論に矛盾するものではなく、所得効果によってWTAとWTPは乖離することは予想されていた。しかし、それはふつうはごく小さく、したがって対象物に対する評価としてはどちらの値を使っても大差はないとされていた。しかし、実験の結果はそのような予想を完全に裏切るものであった。」(p.150)
「コースの定理とは、2人の当事者AとBの利害が対立した場合に、たとえば、企業Aが公害を発生させる財を生産して住民Bに被害を及ぼしている場合に、AがBに補償をしても、BがAを買収して公害を止めさせても、取引費用が無視できるならば、所得分配による差を除いては、どちらも同じ結果が得られるという定理である。」(p.154.155)
「しかし、カーネマンやクネッチらの実験で参加者に配られたマグカップやチョコレートバーは、ただ単に配られただけであって、偶然手に入ったものである。このような財に対しても保有効果が働くことは、長年の保有による愛着では説明できない(ノヴェムスキーとカーネマンは「瞬時的保有効果」と呼んでいる)。この点に関する心理メカニズムはまだ十分に解明されていない。」(p.156)
「また、保有効果は取引する本人や他者によって予測できるのかという疑問に対して、ヴァン・ボーヴェンとローワンスタインらは、買い手も、買い手の代理人も上手く予測できないという結論を出している。さらに、保有効果は、現在の保有に対してだけ働くのか、過去の保有歴は影響を及ぼすのかという点について、やはりヴァン・ボーヴェンとローワンスタインらは、過去の所有の履歴にも依存する例を挙げている。」(p.157)
「経済学や経営学では、過去に払ってしまってもう取り戻すことのできない費用をサンクコストあるいは埋没費用という。そして、現在の意思決定には、将来の費用と便益だけを考慮に入れるべきであって、サンクコストは計算してはいけないのが合理的であると教えられる。「過去のことは忘れろ」と。」(p.199.200)
「アークスとエイトンは、子供がサンクコストにとらわれるかどうかを確かめる実験を行なった。そして、小さい子供はサンクコストに惑わされることは少ないが、年齢が進むにつれサンクコスト効果が認められるようになることを見出した。」(p.202)
「この疑問に対して、バリー・シュワルツとイェンガーらは、大学四年生の就職活動について調査した。すると、より多くの仕事から選ぶことができる学生ほど、就職活動に対する満足度が低かったのである。特に「最高の」仕事を求めている学生は、「ほどほど」の仕事を求めている学生に比べて、事実、仕事内容も条件も良い職の内定を得ているにもかかわらず満足度は低かったのである。そのような学生たちは、落胆、不安、フラストレーション、後梅などの感情をより強く示した。」(p.215)
「一方近代経済学では、効用は次第に選好という概念に置き換えられ、Aが選択されBがそうされなかったのは、AがBより選好された、すなわちAがBより効用が大きいからだと考えられ、逆に当然のことながらAがBより選好されるならば、BではなくAが選択されるという「顕示選好理論」が適用され、理論上、選好と選択は一致すると考えられている。言い換えれば、経験によって得られた効用と決定時に想定される効用は常に等しいと考えられているのである。」(p.261.262)
「最善の選択肢はわかっているのにそうすることができないのだ。」(p.265)
「自分自身だけでなく他者の利得をも考慮に入れる選好を、社会的選好という。」(p.271)
「人々の行動が他者や社会からどのように判断されるかは、その行動がもたらす結果ばかりでなく行為者の意図にも左右される。「悪意はないから許そう」と言うように。」(p.286)
「「情けは人のためならず」という諺がある。最近この諺を、「情けをかけるのは人のためにならないから、止めた方がよい」と理解する人が増えているという。蛇足ながらつけ加えておくと、他人に対して善行をすると、めぐりめぐって自分に良いことが返ってくるという意味であり、まさしく間接的互酬性のことである。」(p.293)
「また、長期的な夫婦関係を続けるというコミットメント問題では、愛情が強い解決手段だとフランクは言う。配偶者を決めることや、結婚生活を維持し、子供をもうけて育てるような長期にわたる事業を合理的計算による契約や約束によって行なうことはきわめて難しい。しかし、愛情を感じる相手を配偶者とすれば、当事者に長期的利益をもたらすことになる。このような愛情に頼る方が、合理的決定より結局有利になる。これがコミットメント手段としての愛情の働きなのである。」(p.335)
「進化生物学では利益とは適応度のことであり、簡単に言えば個人が残す子孫の数である。これを経済学的に言い換えれば利得となる。」(p.361)
「進化生物学では、協力行動を説明する二大理論は血縁関係と互恵的利他性である。前者は血縁関係にある者に対しては利他的に振る舞うということである。後者は、第8章で述べた正の互酬性を意味し、自分に物質的利益があるから他者に利他的に行動するという意味である。」(p.363)

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