見出し画像

禍話「泉の広場」


 禍話に「赤い女」という話がある。

 マンションのポストに「あかいおんなにちゅうい」と書かれた怪文書のようなビラを投函する、顔も、生きているのか死んでいるのかも分からない、やたら赤い服を着た女がどうやらあちこちにいるという話だ。
 そしてこれはそんな「赤い女」の話のリライトを見つけ、あることに思い至った女性の話である。


 彼女には小中高と同じの、男の幼馴染がいた。
 同じ大学の同じ学部に入り、彼女も周囲の人々も「この二人はいずれ結婚するのだろう」という漠然とした考えがあった。

 しかし、大学四年生になった時、幼馴染の彼が同じゼミの三つ歳下の女の子とあっさり付き合い始めた。
 これに彼女や周囲の人々は驚き、少なからずショックを受けたが、今まで彼とは恋人としての進展もまったくなかったので、その時は「まあそんなこともあるか」「仕方ない」ぐらいに軽く言い聞かせていたという。


 ある日の飲み会に幼馴染の彼が遅れて来た。
それは別に問題はなかったのだが、間の悪いことに、彼女もいるその場に例の三つ歳下の例の彼女を連れて来たのだ。

 このことに事情を知る周囲の人々は、彼に対する怪訝さを隠せないまま飲み会を続けていたが、ある先輩が酔った勢いで彼に「(幼馴染の彼女もいるのに)連れてくるのはよくない」と説教をし始めると、幼馴染の彼も酔っていたのか

「こいつを今まで異性として意識したことは今まで一度もない!」と強く断言した。

 これに場がスッと冷え込んだ。
 彼女が「惚気かよ~」「そっちに行きやがってこの野郎〜」と半ば自虐的にオチをつけ何とかその場を治めたが、かなり精神的にまいってしまいその日は一次会で帰ることにしたという。

 帰宅し怒りと失意のまま、パソコンを立ち上げ、ネットを繋げて見ていると「恋に破れた女性が集まっています」といったような掲示板を見つけた。
 そこには、様々な恋愛の問題を抱えた女性が不満や不安を書き込み、それに対して同じような問題を抱えた女性たちが共感し慰めているような掲示板だった。
「こんなの傷の舐め合いだ!」と半ば攻撃的な書き込みがあると「そう言ってあなたが救われるならこの掲示板の価値があります」と返すような博愛ぶりだったという。
 彼女もイライラしていたし、彼のことがかなりショックでもあったので、普段は書き込まないが気晴らしにと、彼との一連の事情を書き込んでみることにした。するとすぐに「分かります!」や「辛かったですね…」などのコメントがあり、これにほんの少し気が晴れた彼女は感謝の旨を掲示板に書き込み寝ることにした。


 その夜、ある夢を見たという。

 その夢は彼女がゼミの友達や、幼馴染の彼や彼の彼女から「お前の勘違いだったんだよ!」「バカだな!」などと言われ、笑われている夢だった。

 嫌な気分でふっと目が覚めると机の上のパソコンが起動している。「電源落としてなかったけ」と思いながら、嫌な夢の後だったのもあったので、寝るのはやめて起動してあるパソコンに向き合った。
 すると、さっきの掲示板に「ネガティブな方法だけれど、呪いの儀式で気が晴れることがありますよ」と、あるURLが貼ってある。
 怖いサイトだと嫌だなと思いながらも「自己責任で」と書かれたそのURLをクリックすると、

 出てきたのはいたって普通のサイトだった。

 そこには大型のスーパーマーケットに行けば一通りの材料と道具が揃うような呪いの儀式の方法が書いてあり、そしてその儀式を実行すれば「怒りが静まり、呪いをかけた相手には不幸なことが間違いなく起こる」という。

 あまり大仰な方法でもなかったので、彼女は次の日が休みだったこともあって、さっそく近所のスーパーマーケットに行き、一通りの材料を揃え、手順に従い夜にその儀式を実行した。 

 儀式で出た生ゴミを処理しながら、彼女は本当に気分がスッキリしていくのに驚いた。


 それから一週間が経った。

 怒りも収まり気分もスッキリしてはいるものの、身体がひどく疲れている。サンダルも知らぬ間にかなり履きつぶされていた。

 「何でだろう……」

 それでも、気分はスッキリしているしあれ以来嫌な夢も見ないので、まあ気疲れだろうということであまり気には留めなかった。
 それより気になったのは、ちょうどそのタイミングで、幼馴染の彼とその彼女がゼミに来なくなったことだった。

 自分からあの二人のことを聞くのも気が引けたが、適当なことをしているのなら教授も何か言及するはずなのにそうしない、ということは教授には何か連絡が入っているのか……と悶々とし出してしまい、ある日前の席の子に思い切って聞いてみることにした。

 「あの二人最近来ないけど何かあったの?」
 「ああ、あの二人なんか警察に相談してるらしいよ」

 ………ん?と思い続きを聞くと、どうやら二人が同棲しているオートロックのマンションのドアポストに


あかいおんなにきをつけたほうがいいひどいうらぎられたかたをしてうらみをもってしんだおんながおまえをころしにくるぞたすかるにはれいかんのあるひとをさがすしかない


 と、くしゃくしゃのチラシの裏にひらがなでびっしりと繰り返し書かれたものがここ最近ずっと投函されているという。
 マンションの監視カメラにおよそ犯人と思われるやたら赤い服を着ている女が映ってはいるものの、なぜか顔がぐちゃぐちゃでとにかく特定できない。二人はひどく怖がって両方とも実家に帰って家から出ない、それで大学に来れないと。

 「へえ……」と生返事をしながら「これってあの呪いのせい……?」という考えが頭を過ぎった。
 でもあんなスーパーマーケットで材料や道具が揃うような簡単な呪いでそんなことになるはずないよなぁ……そっか実家帰ってるんだ……気のせいかなぁ……と思いながらその日は眠りについた。


 ふと、目が覚めると自分が外の道路を歩いている。


「………は?えっ……なんで……?」


 見覚えのある風景だった。

 そこは、幼馴染の彼の実家に限りなく近い道で、足にはボロボロに履きつぶされた、あのサンダルを履いていた。

 うわっ……
 ポケットにくしゃくしゃになったチラシのような何かが入っているのに気が付いた。


 あかいおんなにちゅうい


 くしゃくしゃのチラシの裏全体に隙間なくびっしりと書かれている。
 「うわっ……うわうわっ!!!」と急いでそれを近くのゴミ箱に捨て入れ、歩いたとはおよそ考えられないような距離をわけの分からないまま歩いて帰った。家に帰る頃にはクタクタになってしまっていた。

 その後、幼馴染の彼は大学を辞め、別の大学に編入したらしくゼミには戻ってこなかったという。


 これで幼馴染の彼に関する話は終わりなのだが、あれから数十年が経った今まで、彼女はマンションを見かけるとふと記憶がなくなる時があるそうだ「あんなことしたからですかねぇ……」

 アレ わたし 記憶ない間は 赤い女だったんでしょうねェ〜

 話しますけどォ 絶対に儀式の内容とか言ったらダメですよォ〜!


 スッとはしたけどォ!!!ずぅっととは思わないもんねェ!!!


と彼女は何故か嬉しそうに話していたという。

 

 その呪いの儀式の方法が書いてあった掲示板の名前が赤い女にまつわる大阪梅田の「泉の広場」と同じような名前だったらしいがその掲示板は今は影も形もなく、存在していない。

 そこにアクセスし儀式を実行してしまった彼女たちが、あるいは未だに「赤い女」なのかもしれない。

 また、この話の彼女は今現在「自由な状況にはない」ということである。


【fin】



本記事は、著作権フリー&オリジナル怪談ツイキャス【禍話】第九夜「ザ・禍話」より、編集・再構成してお送りしました。

禍話 第九夜「ザ・禍話」(48:40〜)
禍話-Twitter

【関連リライト】こりん 様「赤い女のビラ」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?