「Jリーグゼロサムゲーム時代」を選手の「キャリア」とクラブとの関係性からちょっとだけ見てみよう、と言うお話

最近、サッカー問わずスポーツ界でよく聞かれるフレーズに「セカンドキャリヤ」「デュアルキャリア」というものがあります。それらとクラブとの関係性について、今回は考えてみたいと思います。

Jリーグがセカンドキャリアに対して積極的なのはなぜ?

「セカンドキャリア」はよく耳にされる方も多いと思います。アスリートとしての引退後の再就職問題。特に学校卒業後、プロとしての生活しか経験していないアスリートにとって、引退後の仕事は全く未知の世界で不安しかありません。知り合いや恩師を頼ってなんとか就職したものの、高卒大卒すぐならまだしも、仕事のしの字も知らない大人が何の苦労もなく仕事に就くことは非常に難しいです。そんな苦痛に耐えきれずに仕事を転々と渡り歩いたり、定職につかずギャンブルに興じたり、怪しい投資話に騙されて多額の借金を抱えてしまったり、もしかすると犯罪に手を染めてしまったりするかもしれません。仮に有名な選手だとマルチ商法の広告塔にされてしまうことで現役時代の輝かしい経歴に傷がついたりと、引退後に路頭に迷ってしまう元アスリートも少なくはないです。
現役時代から、もしくは引退した後に、引退後の再就職にまつわる全般に「セカンドキャリア」と言い、それに向けてのさまざまなプログラムを各競技団体やリーグ、所属チームが積極的に選手たちに提供しています。これは非常にいい流れだと思います。アスリートとしての期間は人生のうちのわずかな時間だけであり、それ以外は当然アスリートではない人生を送らなければいけないことを考えると、社会から取り残されないようにするための術を引退前、あるいは引退後にしっかりと身につけておくことは極めて重要なのです。
サッカーにおいては、Jリーグが早くからセカンドキャリアへの取り組みを積極的に行っています。実際に引退後、ビジネスの世界で成功を収めた元Jリーガーも何人もいます。みんながみんな成功しているかは分かりませんが、それでも比較的上手くいっているのではないでしょうか。もちろんプロである以上、サッカーでの成功が第一であり、みんながそれを目標にすべきですが、それを達成できるのはその中でも限られた選手だけです。残りの選手たちは必然的にセカンドキャリアが必要となる以上、そういう意味でもほとんどのJクラブはセカンドキャリアへのアプローチを重視した「セカンドキャリア模索型クラブ」と言えるのではないでしょうか。

デュアルキャリアとは何?

それに対して「デュアルキャリア」とはどういうものでしょうか。定義としては、アスリートやタレントが本業以外の肩書きを継続的に活動するというものです。「キャリア」は経歴と訳されることが多く、特に人事の世界では主に仕事の経歴のことを指し示します。「キャリアを活かす」とは過去の職歴を新たな能力開発に活用するというニュアンスになりますね。
「デュアル」は2つという意味なので「デュアルキャリア」とは本業(アスリート)と、それとは全く違う肩書きとの両方、どちらも本業と捉える活動、あるいはアスリートのことを指します。
肩書きというと、社長としてビジネスやってるとか何かにたいそうなイメージを抱くかもしれませんが、決してそんなものではありません。バリバリと仕事をこなしながらも、アスリートとして活躍するというくらいのイメージで全然OKです。
デュアルキャリアの代表としては、ラグビー日本代表の平尾誠二さんが思い浮かびます。神戸製鋼ラグビー部、コベルコスティーラーズで長年活躍しながらも仕事もきっちりバリバリとこなしつつ、さらにラグビーの普及とW杯招致に奔走されていました。残念なことに、招致に奔走したW杯の開催を見ることなく2016年に亡くなられてしまいました。今から思っても頭が良く、バイタリティ溢れる方だったですね。
そんなデュアルキャリアですが、タレントと何かというキャリアの方は最近結構増えてきたように感じます。例えば、加藤シゲアキさんはNEWSのメンバーとして歌手や俳優として活躍しながら、作家としての評価もとても高く、直木賞候補に選ばれたこともある、まさにデュアルキャリアとして活躍されています。また最近増えているのが、会社勤めしながらモデルやキャンペーンガールなどで活動されている方々。どちらかが本業で、どちらかが副業という方もいるかもしれませんが、どっちも本業という意識の人が多いのではないかと思います。変わったところではモデル、キャンペーンガールをしながら、東大の研究室に所属して研究を続けている方や薬学の研究で実際に学会に出席したり、論文を執筆したりされている方もいます。アメリカではNFLやNBAのドラフトにかかる選手でもMBAを取得しているケースも多々あることから、学業や研究とアスリートやタレントとは親和性が高いのかな?という気もします。

Jリーグでデュアルキャリアは果たして成り立つのか?

そんなデュアルキャリアを標榜するJクラブではなかなかないのですが、思い当たるクラブがありました。藤枝MYFCです。藤枝MYFCはチームや試合、ユースチームやスクールの運営以外に、プロサッカークラブを通じてさまざまな事業を行なっている多角的経営をされている、Jリーグでも特異なクラブです。選手の多くは藤枝MYFCの社員として働きながら、Jリーガーとしての活動を行う、まさにデュアルキャリアのアスリートと言えるでしょう。そういう点から、藤枝MYFCは「デュアルキャリア指向型クラブ」と言えるのではないでしょうか。そして、引退した後もチームに残り、今までと何ら変わらない仕事を継続する選手もいますし、仮にチームを辞めたとしても現役時代にビジネスに必要なマナーやスキル、その他職務経験が既に備わっているので、再就職もそれほど苦にはならないでしょう。職場の人間関係やそもそも職種が合わないなどの不一致はあっても、社会人としての最低限のマナーや基本的なスキルがなくて仕事を辞めざるを得ないというケースは少ないと思われます。引退後のセカンドキャリアの心配が極めて少ないチームではないかと思います。
しかし、このようなチームは特にトップレベルではほぼ皆無と言っていいでしょう。なぜなら、トップレベルのチームに求められるのは勝つことであり、そこに所属する選手はサッカーにおいて結果を残すことが最優先だからです。それを困難にするであろう、セカンドキャリアへ向けての活動やデュアルキャリアというのは敬遠されても仕方ないでしょう。そういう意味でも、J3からJ2に昇格した藤枝MYFCが、結果を求められる環境であるJ2で今年どのような結果を残せるのかが、Jリーグにおいて新たなデュアルキャリア指向型クラブが出てくるのかの試金石となるのではないかと見ています。

その下に位置するJFLには企業チームがあるので、それがデュアルキャリア指向型クラブと言えるでしょう。ホンダと今年から社名がミネベアミツミに変わるホンダロック、それと完全と言えるかは別として東京武蔵野ユナイテッドもそれに当たるかな?と思います。
ホンダとミネベアミツミは純然たる企業チームなので納得でしょうが、武蔵野についてはちょっと説明が必要でしょう。東京武蔵野ユナイテッドの前身は東京武蔵野シティFCであり、横河武蔵野FCであり、さらにその前は横河電機サッカー部でした。横河電機のサッカー部からクラブ化された後も、継続して横河電機の社員として働きながらクラブに在籍する選手が多くいましたし、今でも横河電機の社員として働いている選手もいます。それ以外の選手も基本的には各スポンサー企業や団体に籍を置いて、かつ他の従業員と変わらない仕事をこなしながら、JFLの選手として活動しています。おそらく、ホンダやミネベアミツミの選手と何ら変わらないくらい、しっかり「社会人」として働いているでしょうし、選手の認識も「サッカーが本業で仕事は副業」ではないと思うので、ホンダやミネベアミツミを「デュアルキャリア指向型クラブ」と位置付けるのであれば、当然東京武蔵野ユナイテッドも同じ扱いでいいと思います。
JFLで企業チームとして認識されているソニー仙台ではありますが、選手の雇用形態が契約社員扱いであろうからどちらかと言うと「セカンドキャリア模索型クラブ」という位置付けの方が正しいという認識です(一部本社採用の正社員もいますが、年1人ないし2人くらいです)。さらに言うと、以前少しだけ触れましたがマルヤス岡崎や佐川滋賀に至っては、ほぼプロと同じような環境だったので一般的な認識での企業チームとは全く異なります。JFLでも実は意外と「デュアルキャリア」を標榜するクラブは少ないのです。
そんなデュアルキャリアのアスリートについては、どちらかというと個人競技の選手向きではないかと認識しています。団体スポーツでは選手が全員同じ事業所や職場じゃない場合、一人一人の勤務地や勤務時間(あるいは勤務拘束時間)、仕事の内容、進捗度などを考慮しながら、日々の練習スケジュールを組まないといけなくなります。場合によれば、公式戦や遠征も仕事の関係で参加できないという選手もも出てきます。実際、武蔵野でも仕事の関係で主力であっても試合に出られないケースもあるので、サッカーメインのクラブチームと比べるとどうしても厳しい面があります。それでも昨年の成績を見れば分かる通り、他のデュアルキャリア指向型チームと比べても何ら劣ることなくリーグ上位に入っているので、JFLレベルまでならなんとか対応可能なクラブモデルだと思います。

以上、Jクラブは極めて高い競技性と引退後の人生設計の構築も踏まえて「セカンドキャリア模索型クラブ」という位置付けに、JFLではJクラブ同様セカンドキャリア模索型クラブが大半を占める中、一部チームはサッカーと仕事のどちらも本業という位置付けである「デュアルキャリア指向型クラブ」も存在するという分類が出来るかと思います。

今後Jリーグを目指すには、果たしてどっちが有効なの?

さて、ここまでが今回のテーマの前置きとなります。ここからは、このクラブの分類を地域リーグ以下のアマチュアクラブに当てはめてみることで、これから求められるクラブの方向性を考察してみようと思います。
ほとんどのアマチュアチームは「サッカーはあくまでも趣味の延長。サッカーでお金を稼ぐなんて、そんなのは…」というのが実状でしょう。しかし、ごく一部にJリーグ参入を目標に掲げているアマチュアチーム、というかJ指向型チームが存在します。おそらく地域リーグ以下のチームで多くの方が注目するのは、このようなJ指向型クラブだと思います。大学時代に活躍した、あるいは有望だったにも関わらずJリーグから声の掛からなかった選手の多くが、卒業後の進路として選択することの多いのもこれらのチームです。必然的に注目度が高くなるのも無理はないですね。
しかし、今現在地域リーグに所属するそれらのチームがJ3に参入しようと思うと、今まで以上に厳しい道のりとなります。まず各地域リーグで優勝したうえで地域CLに出場。さらにそこでも優勝すればJFL昇格。2位ならのちに行われるJFL下位チームとの入替戦に勝ってようやくJFLに昇格。さらに翌年、JFLでも優勝するか、もしくは2位となり入替戦に勝利することが求められるのです。相当高いハードルとなります。今現在JFLに所属しているチームでさえ、今までなら4位以内でもJ3に参入出来たところを2位以内必須、さらに2位の場合はJ3下位チームとの入替戦に勝つことが求められます。それもこれも、今年昇格した2チームでJリーグが定める最大チーム数である60チームを達したからです。つまり、今年からはJリーグを巡っての「ゼロサムゲーム」というサバイバルが始まるのです。
この「ゼロサムゲーム」こそが、今後のクラブチームの生存戦略に大きく影響を及ぼすことはおそらく明白だと考えるのです。今までなら「とりあえずJリーグに上がりさえすれば後はなんとかなるんじゃない。上がってから経営基盤を整えればいいじゃん」といった緩〜い経営モデルも、特にJ3では今年からは通用しなくなるのです。J3で最下位となればほぼ確実にJFLへ降格(一部例外はありますが…)、19位なら入替戦で勝たないことにはJリーグに残ることが出来なくなり、さらに降格=Jリーグからの退会を意味し、Jリーグチームと名乗ることができなくなるのです。今まではJリーグという看板に頼ることで何とか資金を融通していた小規模クラブチームにとって、Jリーグクラブではなくなるということは経営基盤を揺るがしかねない一大事となるのです。もちろん今から参入しようとするクラブは、それを織り込み済みでチーム経営をされているとは思いますが、先に参入したクラブがどのような認識で経営をされているのか。Jリーグという看板に頼らない、地に足をつけた経営が出来ているのかを問われることになるでしょう。

ゼロサムゲームに巻き込まれた新興クラブはどの方向性に向かうべきか?

このような厳しい背景がある中、Jリーグ参入を目指すチームがどのようなクラブ運営を指向しているのかというと、やはり多くは従来のJクラブと同様「セカンドキャリア模索型クラブ」が大半を占めると思います。おそらく、それ以外のクラブの方向性を見出すだけの時間も資金もないというのが実状でしょう。
また、これらのチームに進む選手たちも、その多くは何年も同じチームに所属するつもりもなく、できれば1年でも早く実績を上げて、より高いカテゴリーのチームへの移籍を考えているでしょう。なぜなら地域リーグ所属のチームでもJ3までに最低2年、いや間違いなくそれ以上の期間が必要ですし、その間に自らの選手としての価値がどうなるか分からない中、いつ昇格できるか分からないチームに長居をしてプレーするという選択肢は出来るだけ取りたくないと思われるからです。また、サッカーと仕事との両立が前提のデュアルキャリアを指向するのであれば、そもそもそのようなチームを目指さないでしょうから、一つのチームにずっと在籍している選手はかなり稀かと思います。
当然、チームとしてはJリーグ参入を常に目指して活動をしますが、選手のそれとは全く相反すると思われます。たまたま今いるチームでJリーグに行ければラッキー、ダメなら他のチームに移籍、ということになるでしょう。しかし大多数の選手は、それが叶わないままアスリートとしての引退を決意せざるをえないのが現実です。選手自身も現役時代から、卒業してすぐ就職して社会に出ていった同級生と比べて、現役年数が長くなるにつれて自分だけが社会から取り残されてるのではないか?という疎外感を少なからず抱いているかと思います。そんな不安を抱く彼らに、完全ではないものの一定の職歴を付けさせることで少しでもその不安を軽減出来るのが、このセカンドキャリア模索型の利点でしょう。チームから彼らの給料を支払えないので、代わりに選手の受け入れ先となる会社で働いてもらい、その会社から選手の給料を代わりに払ってもらうというのがそもそもの流れではありますが、結果的にはそれが選手たちのセカンドキャリア構築に繋がっているかと思われるので、チームにとっても選手にとっても一定のメリットあるシステムではないかと思います。

そんなクラブが大多数ですが、後発組のクラブの多い地域リーグレベルになると「デュアルキャリア指向型クラブ」も徐々に増えてきています。代表的なクラブとしては関東リーグにいる東京ユナイテッドです。23区内からJリーグなどと言ってはいますが、チームの方向性としては完全にデュアルキャリア指向型と言えます。今ではそのお手本と言ってもいいくらい、順調に運営されているかと思います。他にも何かと話題の尽きない南葛SCも基本的にはデュアルキャリア型のクラブですし、神奈川県リーグにいるイツゥアーノFCもデュアルキャリアを全面に出して活動されています。
「首都圏だと仕事の求人も多いので比較的ハードルが低いけど、地方では流石に無理だよね」とお思いの方もいるでしょうが、実は地方でもそれをやろうとしているクラブがあります。例えば、静岡の伊豆地方を本拠地とするSS伊豆がそれです。伊豆地方でも三島周辺は比較的工場集積地帯なので、一定数の雇用は見込めることからこのような形態も成り立つのかと思います。今年、SS伊豆は東海リーグ2部に昇格するので、今シーズンの結果次第で首都圏や大都市圏以外でもクラブの運営が十分成り立つことが示すことができれば、他の地方にもこういう動きが広がるのではないでしょうか。

鍵は「選手から選ばれるクラブ作り」

ここまでクラブを大きく2つに分類して、それぞれのクラブ運営と選手との関係を見ていきました。2つのパターンの複合型と言える、サッカーメインの選手とデュアルキャリア型の選手の両方が所属する「ハイブリッド型クラブ」も増えてきています。また、選手だけがJリーグという夢に向かってステップアップ出来るよう、練習環境や生活に必要な仕事を提供している「人材育成型クラブ」とも言えるクラブも見受けられます。そしてまた「人材育成型クラブ」はサッカー選手としての人材育成と同時に、選手それぞれが夢の世界から現実の世界へと「軟着陸」するためのバッファーとしての役割を果たしたりもします。そしてそのようなクラブは「セカンドキャリア」の問題解消に欠かすことのできない存在とも言えます。それらのクラブこそ、本当の意味での「セカンドキャリア模索型クラブ」と言えるのかもしれません。サッカーを通じて地元の社会に溶け込んで活躍できる人材を育成する。それも立派なクラブが目指す地域貢献と思います。
Jリーグへの門が厳しくなった今、Jリーグに拘らない、Jリーグを頼りにしないクラブ運営が現実味を帯びてきました。Jリーグ以外の価値観を生み出すことが出来るクラブにならないと、クラブの存在意義を失いかねない。選手それぞれがどのような形でサッカーと向き合っていきたいのか、あるいはクラブ側に選手の多様なニーズに応えられるような価値観があるのかによって、それぞれがプレーするクラブをチョイスする時代になってきたのではないでしょうか。

サッカークラブの運営に欠かせないのは、お金もグラウンドもさることながら、一番欠かせないのは選手です。その選手たちが必要としているものは、サッカーに集中できるような環境はもちろん、生活するのに困らないお金でだったり、また将来の補償も当然必要でしょう。サッカーと仕事を両立させたいという選手がいれば、それを実現できる環境も必要です。もちろん、全てが完全に満たされることはないにしても、ある程度納得できるレベルの環境を提供することができるクラブが、今年から始まる「Jリーグゼロサムゲーム」を生き抜いていく重要な鍵になると確信しています。選手をぞんざいに扱うクラブは遅かれ早かれ淘汰されていくでしょう。なぜなら、選手がそんなチームに入ろうとは思わないでしょうし、高校や大学の監督がそんなチームに自分の教え子を預けようとは到底思わないでしょうから、必然的に敬遠されることでしょう。今後はそのようなクラブには未来はないでしょう。しっかりと地に足を付けた経営を行うことや、地域の人たちに愛されるクラブ運営も重要ですが、選手にとって「いい環境」を提供できるこそがこれから求められるクラブの姿であり、クラブの生存サバイバルを生き延びる術となるのではないでしょうか。


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