「コンプライアンス」社会と「脱政治化」

社会調査での明確な権威主義傾向

こんな社会調査の結果は枚挙にいとまがない。

 NHKが2014年に1593人を対象に実施した社会調査、ISSP国際比較調査(市民意識)によれば、良い市民であるために重要なこととは何かという設問で「法律や規則を守ること」という項目を重要だと答えた回答が一番多く(83%)、10年前の調査に比べ、4%上昇した。世代別に見るならば、10代後半から20代の回答の増加が大きく60%から77%となった。

 他方、政府の行動に目を光らせるは51%で10年前より4%と減少、30・40代で10%以上減少している。政治的・社会的活動への意欲についての設問では、寄付・募金、請願、ボイコット、集会・デモ、政治家やマスコミへの意見表明いずれについても、参加したことはなく今後もするつもりはないという回答が10年前に比べて大幅に増えた。民主主義の権利で重要なことという設問では、公的な決定への参加機会を増やすという回答が24%も減り42%となった。

 2015年の階層と社会意識全国調査(SSPプロジェクト)の結果を基づいて書かれた数土直紀編『社会意識から見た日本』によれば、「権威ある人には敬意を払うべき」という回答をする高学歴層が増加したという。国家が一部のエリートによって牛耳られているのではなく複数のグループに所属するエリートによる対抗関係にあるというのが政治学による多元主義の議論であり、実際に原子力問題における高木仁三郎ら対抗エリートと呼ぶべき知識人は多くいた。しかしながら、調査結果は対抗エリートが消えていく現在と将来を示唆している。

 高校生達を対象とした調査でも如実に結果に表れている。2013年に実施された6092人の福岡・大阪・東京の高校生を対象とした調査では、校則を守るのは当然という回答の割合はこの10年で2割増え8割近くになったという。

 少し話はそれるが、原発問題への姿勢は性別によって異なる結果が出た。女性を脱原発に向かわせるものは身近な他者への態度であり、性的役割分業としてのケア役割の予期的社会化だという。

「コンプライアンス」世代

 1980年代の終わりから、品質管理についてのISO90000シリーズが整備され、90年代から2000年代にかけて、各企業がこぞって導入に注力した。個人情報保護法が整備されたのが2003年、2000年代は「コンプライアンス」というキーワードが注目された時代であった。

 郷原信郎によるならば、コンプライアンスとは「社会の要請に対応すること」であったが、日本社会では「法令遵守」と訳され、法律を守れば良いという思考停止を招いたという。外部の機関の監査、指摘を乗り越えるために付け足しで加えられたひち面倒臭い手順、形骸化すればするほど真面目に考えることはなくなっていき、形骸化されたやり方だけが「遵守」されてしまう。国際的規格は妥当なものだと思う。ただ、規則を作った専門家と自分達の越えられない知識の格差は、考えるということをやめる方に働いてしまう。

 ウェーバーの言葉を借りるならば、かつては創業者のようなカリスマや創業以来云々という言葉で形容された伝統の支配であった。今でも、企業を支配する論理をそれらで説明する人もいるが、バブル崩壊後明らかに「合法的支配」の色が濃くなっている。

 もはやムラ社会ではない。形式的法治主義社会、それも、戦後、被雇用者の割合が増えていく中で、多くが二世代以上に渡って「社畜」のメンタリティを内面化しているのだから。合法化された権威に従属する行動様式は学校・職場だけで学ぶのではない。企業という場で働く親達から家庭の場でも学ぶのだ。社会人のマナーとは何かという形で。

市民自治の時代の終わり?

 未曾有の大震災であった阪神淡路大震災には、日本中からボランティアが支援に集まった。そのことから1995年は「ボランティア元年」と呼ばれた。

 1998年のNPO法制定は、市民活動の事業化への道を切り開いた。首都圏では、ドラッカーの『非営利法人の経営』に象徴されるようなアメリカ流のマネジメント手法を取る社会起業的NPOが注目を集め続けている。

 しかしながらボランティア活動に関わる国民の割合は横ばい、もしくはやや低迷気味である。

 かつて、市民活動の会員は活動のオーナーであった。自分達で活動を決め、実行した。その延長線上で行政に主張することもあった。学区や自治体の領域をテリトリーとしてきた活動は、関わる地域の人間の中での自治、もっと広く自治体全体の住民レベルの自治、二つのレベルの自治に貢献してきた。

 昨今の首都圏の著名なNPOの会員制度には議決権がない。抗議活動や署名活動もやらない。活動は高度化する一方で、社会課題の「脱政治化」は止まることなく進められていく。

「対決」と「対話」は両立する-脱政治化に抗う小金井市内の都道建設反対運動-

 政治が消えていく全国的な流れがある。けれどそれに抗う動きもある。2016年、東京都は小金井市の2本の道路計画を優先整備路線に決めた。この計画は50年前に立てられたまま眠っており、誰も復活するとは思っていなかった。計画された地域は、野川とその北のハケと呼ばれる崖で、都市化の中で自然環境を残そうと市民有志が活動してきたエリアであった。多くの人が立ち退きを余儀なくされるだけでなく、生物多様性への侵害となるこの計画には多くの住民が反対した。

 計画決定前のパブリックコメントでは2本の道路それぞれに1000人以上の人が反対意見を書いた。12万人の都市で、市外にはほとんど波及していない話題にも関わらずこれだけのコメントが集まったということは1%の市民が声を挙げたことになる。パブリックコメントではまれなことだ。

 この道路計画は戦前の都市計画法に規定されているため、説明会等は不要とされている。しかし、反対運動が盛んで地権者も反対の意思を明確にしているため、説明会や意見交換会も開かれることになった。行政側は道路建設を前提とし、市民側の多数は建設の必要性に質問を投げかけるため、話がかみ合わず、怒号が飛び交うことになった。

 今どき、もし、このシーンがテレビに流れたならば、地域住民の語気の強さから、否定的な感想を持つ人も多いだろう。反対運動の中心人物に話を聞くなら別に対決をしたいわけじゃないと語った。一連の道路建設反対の動きの中では、地域を舞台にしたショートフィルムの作成、地域の自然環境についての勉強会やこの地域を舞台にした高村薫の小説『少女A』にちなんだウォーキングイベントも開催された。所謂「反対集会」的なものは少ない。

 アートによる町おこしのような「クリエイティブ」で「対話」をベースとした営みは、「脱政治化」させていく文脈で働いてきた。「対決」から「対話」へというのは保守系ばかりではなく、旧民主党系のようなリベラル系でも主張されてきたことであった。小金井での取り組みはそういった一面的な動きに再考を迫るものである。

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