財務比率を統計処理した倒産分析のウソ!ホント?

 決算データや財務比率を統計処理することによって企業倒産を予測したり、判別計数を 見出そうとした研究には、数多くものがある。
 基本的に倒産企業とそれに類似した非倒産企業を抽出し、決算書の勘定科目から算出される財務分析数値を、統計的な処理・分析によっ て、倒産をよく表す財務比率を見出し、「倒産を予測する数値」もしくは「計算式」をその 結論としている。
 しかし、ここに次の様な問題点を抱えている。
1、分析対象企業の選定(企業数・業種・規模・態様・期間・財務内容)2、類似生存企業の選定
3、分析対象財務比率の選定

1、分析対象企業の選定
①企業数
 第一の問題は分析対象とする倒産企業の社数である。
 多くの研究は決算書の入手が可能な上場企業を対象にしている。
 しかし、2000年から2009年の 10 年間の倒産件数は上場企業154件、非上場企業158,260件で、上場企業の倒産件数は全体の僅か 0.1%しか占めない。 仮に上場企業の全てを分析対象としても、全体の 0.1%しか占めないのでは、倒産企業全体の表しているとは考えられない。
中には 20~30 社を分析対象とした研究も見られるが、一企業の取引先グループの 分析であるなら問題はないが、企業倒産全体の分析としては実体を表すのが困難である。

年/合計数/非上場/上場
2000/ 18,769/ 18,757/ 12
2001/ 19,164/ 19,150/ 14
2002/ 19,087/ 19,058/ 29
2003/ 16,255/ 16,236/ 19
2004/ 13,679/ 13,668/ 11
2005/ 12,998/ 12,990/ 8
2006/ 13,245/ 13,243/ 2
2007/ 14,091/ 14,085/ 6
2008/ 15,646/ 15,613/ 33
2009/ 15,480/ 15,460/ 20
合計/ 158,414/ 158,260/ 154
構成比/100.00%/ 99.90%/ 0.10%

②業種
 対象企業を業種(製造業・建設業など)で選別している分析がある。
企業の財務内容は業種によって区々であり、業種を絞った場合は、倒産全体を表わさず、その業種のみの分析としか理解できない。

③規模
 2009 年6月1日~2010 年5月 31 日めでに倒産した企業の売上高及び資本金別の社数及び構成比を見ると、売上高は 10 億以下で 80.6%を占め、資本金は 50,000 千円以下が 87.3%を占めている。
 売上規模によって財務内容や財務比率が異なる事は明白であり、限られた大企業(上場企業)のみの分析にあっては、倒産企業の全体を分析するのは困難である。

売上/社 数/構成比/累計社数/累計構成比
5 千万以下/ 157/ 7.9%/ 157/ 7.9%
5 千万~1 億/ 196/9.9%/ 353/ 17.8%
1 億~5 億/914/46.2%/ 1,267/ 64.1%
5 億~1 0 億/ 328/ 16.6%/ 1,595/ 80.6%
10 億~25 億/239/ 12.1%/ 1,834/ 92.7%
25 億~50 億/83/4.2%/ 1,917/ 96.9%
50 億~75 億/ 18/0.9%/ 1,935/ 97.8%
75 億~100 億/17/ 0.9%/ 1,952/ 98.7%
100 億超/ 26/ 1.3%/ 1,978/ 100.0%

資本金/社 数/構成比/累計社数/累計構成比
5 百万以下/319/ 16.1%/ 319/ 16.1%
5 百万~1 千万/ 556/ 28.1%/ 875/ 44.2%
1 千万~5 千万/ 851/ 43.0%/ 1,726/ 87.3%
5 千万~1億/ 166 /8.4%/ 1,892/ 95.7%
1 億~5 億/ 71/ 3.6%/ 1,963/ 99.2%
5 億~1 0 億/ 6/ 0.3%/ 1,969/ 99.5%
10 億超/ 9/ 0.5%/ 1,978/ 100.0%

④態様
 決算書入手及びその精度の問題から上場企業のみを対象としている研究があるが、全て の上場企業を分析対象としても僅か 0.1%であり、標本数としての問題だけでなく、大企業 が多くを占める上場企業の財務内容が、倒産の大多数を占める中小企業(非上場が殆ど)の 内容とは異なるものであり、倒産の全体を表さず、非常に偏った分析になると判断される。

⑤期間
 分析対象の倒産企業を選定する際、対象期間を決定する。長期の方が汎用性のある分析になり、短期は一時期の分析であって偏りが大きくなると思われている。しかし、長期になると経済情勢や経営環境が全く異なる状態の企業を同一に扱うため、実体はより不鮮明になる。むしろ、短期はその時の経済情勢・経営環境における実体として評価できる。

⑥財務内容
 売上高や資本金などの財務内容によって、分析対象企業を選定しているケースも見られ る。恣意的に選ばれた企業では、その分析結果も恣意的であり、倒産の全体を表すものでは ないと判断される。


2、類似生存企業の選定
 倒産企業に類似した生存企業を選定し、倒産企業と生存企業の財務比率を比較すること によって、倒産の兆候を把握しようとする手法がある。先行研究でも数多く使用されている。しかし、その選定方法には幾つかの問題を含んでいる。先ず、類似企業とする条件の設定が不明瞭なこと、次に類似企業が多数ある場合その選定 が不鮮明なこと、そして類似企業がないことである。無理に類似企業を選定する事から 売上で12 倍もの差のある企業が類似企業と選定されているケースも見られる。
 以上から、意図する結果(判別計数)を算出するため、恣意的に類似企業を選定すること も容易であり、信頼性・正確性に疑問が持たれる場合がある。

3、分析対象財務比率の選定
 分析対象財務比率の選定については、「先行研究の財務比率をそのまま採用する」「数多く の財務比率を統計的手法によって解析し、倒産の予兆を示す重要な財務比率を見出す」方法 がある。何れにしても、選定された財務比率が経営現場の感覚から全く外れている事がある。
 倒産という危機を抱えた経営者にとって、また資金繰りが逼迫してきた企業の最大の関心事は、自由にできる資金の残高であり、日々の回収と支払である。そこに、どれ程統計上大きな意味を持つ財務比率であっても、それが間接的で全く次元の異なったものであるなら経営施策上役には立たないのである。

以上

※本稿は2010年3月に作成したものです。


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