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切腹といふはセックスと見つけたり  大BL絵巻『覚悟のススメ』の異形の性愛描写にもっと近くよりつかまつりませい  BY 金田淳子

 何だか知らんが、とにかく凄いものを読んでしまった。
 そう、いま私は、山口貴由『覚悟のススメ』1~11巻(※注1)を一気に読み終えたのだ……
 なにゆえに一晩で一気に読んでしまったのか。休み休み読まないと、私の強化外骨格「萌」も、さすがにオーバーヒートを起こして成仏してしまう。だが、止められなかった。この作品の発する「大義」が、「星義」が、「もっと近くよりつかまつりませい!」「最後まで読みませい!」と訴えかけてきて、止まらなかったのだ。

 『覚悟のススメ』については、1年ほど前にウェブコミックサイトで1~2巻をなんとなく(『クローズ』」的な不良マンガかなと思って)読んだことがあり、その時点ですでに「すごい異形のマンガだ!」と度肝を抜かれていた。若先生(山口貴由先生)の他の作品は、『シグルイ』(※注2)をほぼリアルタイムで読んでおり、やはり水際立った異形ぶりに感銘を受けたものだ。しかしこの『覚悟のススメ』は、若先生がさらに若い頃の、かなり粗削りなオリジナル作品であるだけに、『シグルイ』よりも異形度がはるかに上だと思った。何回「異形」って書いてるんだよという感じだが、もう1話から、世界観・キャラクター・言葉遣いが明らかに異形なので、ご容赦ねがいたい。
 特に、朧(おぼろ)が、息子である散(はらら)と覚悟を柱に拘束して、零式鉄球を打ち込む場面がすごい。

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 このマンガ、「どういう気持ちで読めばいいのかわからない場面」が猛烈な勢いでたたみかけてくるのだが、ここもその一つだ。私は自分の感情について快とも不快とも判断できず、何度見もしているうち、「常人なら8度死ぬほどの苦痛」「私には覚悟の三倍お願い申し上げる!」「もっと近くよりつかまつりませい」といった特徴的な言葉遣いを覚えてしまった。「葉隠」という名字からも明らかな武士道趣味、90年代半ば(エヴァンゲリオン放映のほんの2年前)とも思えぬ昭和趣味、敵も味方もボンデージという逃げ場のない絵面、巻頭や巻末のおまけページ(歌詞)等々……が、「こそばゆい」という感覚を通り越した「何か」を発していた。

 この時、すぐに購入して読まなかったのは、あまりにも強烈な作品なので、読むことによって身体のなんらかの機能が破壊され、生活に支障が出ると思ったからだ。その予想は正しく、読後の私は、非致死性麻酔液射(ひちしせい ますいえき)を浴びせられたかのような夢うつつの状態だ。『週刊少年チャンピオン』、90年代半ばに、どえらい作品を連載していたものだ。刃牙さんありがとうございます(定期感謝)。
 
 どういう内容なのか知らない人のために簡単に説明するが、カルピスの原液のような、濃厚な兄弟BLだ。私の頭が急におかしくなって幻覚を見ているのではない。端的なシーンを挙げよう。弟(覚悟)が兄(散)との決着をつけるため、チャペルに足を踏み入れたとき、兄(散)はウェディングドレスを着装して出迎え、部下に対し「(弟と)一線を越える!」と宣言するのだ。これは実際に描かれた場面だが、覚悟完了していない人(『覚悟のススメ』未修者)からは、「金田さんの脳が零式鉄球で破壊されているのでは?」と思われている気がする。いいから、いますぐ『覚悟のススメ』を読みつかまつりませい。

 ウェブコミックサイトなどで第1話をご確認いただけると早速わかると思うが、主人公の葉隠覚悟(はがくれ・かくご)は、トゲのついた白ランに軍靴、メガネ、ストイックな言動、身体に打ち込まれたいくつもの鉄球……と、かなりのフェティッシュが詰めこまれた異形のキャラだ。私もわがアンドロメダ(比喩)に零式因果直蹴撃(ぜろしきいんが じきげり)を浴びせられた。私は「刃牙」シリーズに視界が最適化されてしまっているので、たびたび披露される覚悟の裸体についてやや「虚弱では?」と思っているが、それはそれとして「ありがとう」という気持ちも強い。

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 しかし覚悟以上に、敵の軍団のボスである兄・散(はらら)さまのキャラクター造形が出色だ。お美顔(かお)は神聖さと艶やかさを備え、美睫毛(まつげ)は70年代の少女マンガのように豊かで、美背景(バック)にはしばしば薔薇が咲き乱れる。この美的表現についてギャグだと言い張る不敬者もいるかもしれないが、私には若先生の本気(まじ)の情念がビンビンに伝わってきた。

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 とはいえ、美しく強く、尊大で残酷であるだけならば、すでに70年代にはロボットアニメの敵キャラ、80年代にはシンやユダ(北斗の拳)、DIO様(ジョジョの奇妙な冒険)など枚挙に暇がなく、「もう見た」感の強い悪役キャラだ。
 しかし散さまは彼らとはまた別の、やや特殊な系譜上にある。というのも、作中で「兄」「息子」と呼ばれているにもかかわらず、上記引用画像ですでに明らかだろうが、どう見ても「女体」であるからだ。このような姿から私が想起するのは、永井豪『デビルマン』(など)に登場する、主人公の親友であり敵である男性・飛鳥了(正体はサタン)である。サタンには性別がないはずだが、女体風に描かれることが多い。男性主人公(不動明=デビルマン)に対して叶わぬ恋情を抱くキャラクターでもある。
 『覚悟のススメ』1~2巻だけを読んでいた時には、散さまがなぜ女体なのか知らなかった私だが、すでにあまりにも異形な作品なので「最後まで1ミリの説明もなく、兄だけど女体」ということもありうると思っていた。今回、全巻を通して読むことで、ついに全ての美経緯(いきさつ)を知った。『デビルマン』は世代的にリアルタイムで追っていたわけでもないし、飛鳥了(サタン)について特に好きというわけではないのだが、散さまのことはもうぐんぐんに「推したい」「お慕い」と思った。

 ここから先、作品の根幹に関わるネタバレをするので、各々、ぜひとも覚悟完了してから、読みつかまつりませい。

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その1  「刃牙」を9冊読んで頭がおかしくなった女の戦い
その2 範馬刃牙の生い立ちがジルベールすぎる



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