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「うちには子どもはいません」

「おせっかいワーカーになろう⑤」

 見守り訪問を始めた頃、緑に囲まれた高級住宅街のマンションに行った時のことです。玄関テラスのインターフォンで扉を開けてもらい、奥に進んでエレベーターで上がったのですが、その階の両側2軒しか家がなく、目的のお宅に行くには違うエレベーターに乗らなくてはならないことに気がつきました。一度階下に降りて、エアコンの効いた廊下伝いに3つ目のエレベーターに乗ってやっとたどり着きました。お宅の前のインターフォンで、詳しく来意を伝えると、お母さんが少し動揺したのか強い口調で「うちには子どもはいません」と言われました。しかしその背後で赤ん坊の泣く声が聞こえているのです。どうなることかと思っていたら「まあまあ、俺がでるから」と言って短パン姿のお父さんが出て応対してくれて、元気な赤ちゃんにも会えて安心しました。お母さんは半泣きで肩を落とした様子でした。

 おそらくは専業主婦であろうお母さんが、日頃はほとんど一日誰とも出会わないセキュリティーが充実したマンションで、一人育児に奮闘しているのでしょう。経済的には豊かでも、孤独で寂しい子育ての姿を垣間見た思いがしました。ある時は、泣き声の連絡で訪問した家庭でお母さんが「うちの子は泣きません!」と言われたこともあります。きっと完璧に子育てしなければと気張っておられるのでしょうが、そこまで思い詰めて、母親一人で子育てしなければならない日本の子育て環境や状況は、やはり歪んでいると思います。

 「うちには子どもはいません」「うちの子は泣きません!」という、叫びにも似たお母さんたちの追い詰められた言葉に接すると、見守り訪問が、よけいに保護者を追い詰めてしまうのではないか、と危惧します。もっと内にこもったり、赤ちゃんを絶対泣かせないようにしよう、となったら、本末転倒です。そのために私たちは、子どもは社会全体の宝物で、地域のみんなで育てましょう、心配して訪問していますよ、というメッセージを伝え続けます。できるだけ笑顔で、お母さんたちの味方になりたくて来ました、と寄りそい、話に耳を傾けることに徹しようと心がけています。頑なにマントを着こもうとするお母さんたちが、お日様の温かさを感じて心を開き、悩みを打ち明けたり、HELPを出せるような訪問になるように、日々想像力を働かせ工夫しているのです。

         【労協新聞2017年「おせっかいワーカーになろう⑤」】


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