メキシコ教会廃墟2

(フルサイズ)アニータ疾風怒濤! ~血煙純情編~ 第1話「流れよ我が血、吹けよ嵐、と彼女は呟いた。」

君はたまらず柱の陰に横っ飛び。すんでの所で着弾をやり過ごす。

どちゅっ! どちゅちゅちゅちゅっ!!

君がいた場所に鉛玉の団体が到着! 乾いた土が掘り起こされ良い具合に耕されるのを君は横目で睨みつける。月は再び雲から現れ、君が隠れる教会の影をくっきりと映し出す。

「おいアニタ! 『赤毛のアニタ』の悪運もここまでだなぁ! こっちにゃこの”ガトリング”があんだよ!!」

どちゅちゅちゅちゅっ!

がりがりがりっと音を立てて今度は君が背にしている柱の角が削られる。この安物レンガじゃあと2射もされたら身体ごと削られる。君に残された反撃の手段は、例によってリボルバーに残された3発の弾丸と、左腕に括り付けた「例のカタナ」だけ。

君はもういちど辺りを見回す。この路地の他に道はない。君は左の掌に浮かび上がる文様を見つめる。これは古代東洋の呪術に用いられた数字で、今の文様はなんと「7」。ラッキーセブン!

君は立ち上がった。

そうだ。チャンスはある。そうだ、アニータ、覚悟を決めろ。「ちょっと痛い」だけだ。だが、こんなチンケな奴相手にか? そうだ。ここで使わなければ道はない。くそ!! 君は数字の浮き上がった左掌を握りしめ、大きく息を吸い込んで深呼吸。もう一回。そして廃墟となった「捨てられた街」に響き渡る雄たけびを上げる。

「はぁッ!!! おいゴンゾ! そのチンケなオモチャでアタシに勝ったつもりかい? この『赤毛のアニータ』の悪運を、見くびってもらっちゃ困るねぇ!」

言うが早いか君は左手で腰のホルスターからリボルバーを、同時に右手で左の二の腕にぐるぐる巻きに括り付けられた鞘から「例のカタナ」をずらり、と引き抜く。これがあたしの二刀流!

「うるせえッ! だったらこの弾避けてみろ!!」

どちゅちゅちゅちゅっ!

今度は柱が半分消し飛ぶ! と、君が交差するように路地に飛び出したのはほぼ同時。だが、ほんのわずか、君のほうが早い!

「うおおおっ!?」

慌てて狙いを修正しているゴンゾの髭面に向かって、君はリボルバーの引き金を引く。1発! 当たらなくていい。牽制できれば距離を詰められる。距離はあと、馬7頭!

「あわわっ! くそ!」

どちゅちゅちゅちゅっ! ぶつっ!!!

命中はしないが案の定乱れる射線。しかし、乱れたが故の一発が、君のペリカンバッファローを鞣したジャケットごと右腕を貫通してしまう! 君は苦痛に顔を歪めるが、一方の心で、負けずに刀を持つ右腕に力を込める。ここで止まってはいけない。距離を、間合いを詰めなくては! 距離はあと、馬5頭!

「はぁッ!」

君は横っ飛びして壁にキック。ロングブーツの踵に伝わる確かなその反動で跳躍! 空中で姿勢を変える刹那、左の掌の中で「ぐるん」と何かが蠢くのを感じる。見てはいないがその数字は「6」を示す文様に変わっているのを君は理解している。そう。カウントダウンは、あと6だ。

「当たら(んッ)! この…ちょこまかと跳ねんじゃねぇッ!」

どちゅちゅちゅちゅっ! ぶつつつっ!

「ぐっ!」

着地寸前、横っ腹を3発の鉛弾がまとめてかすめ、君は馬3頭の距離で壁に叩きつけられてしまう。脇腹から鈍い痛みが伝わってくる。うち1、2発は間違いなく貫通してるだろう。思わず声が漏れるのとほぼ同時に、左掌の中ではまたカウントダウン。今度はまとめて5、4、3。

くそ!! まだ、まだだ!! 止まるな! ここから距離は馬3頭! 再び牽制のリボルバー! 雄叫びとともに放たれる!

「あああああッ!!」

たんっ! がぎん!!

「ひっ! 効いてねぇのか?」

ガトリングの銃身に着弾したアニータの弾の勢いに思わず尻餅をつきながら、これ以上間合いを詰められると、図体のデカいガトリングは思うように振り回せないことに、哀れなゴンゾはようやく気づいたようだ。だが、その一瞬の戸惑いが、君に体勢を立て直す時間を与えた。チャンス!

君は殆ど最後の力を振り絞り、電光石火で地を這うステップ。既に間合いは馬1頭! ついに君はゴンゾの前に立ちはだかる! 想像以上の素早い接近に、ゴンゾは尻餅をついたまま、思わず後ずさってしまう。

さあアニータ、君の間合いだ。

「覚悟しな! ゴンゾ!」

「畜生ォォ!」

ポンチョの下から刹那火を噴くゴンゾの二丁拳銃! だがこの至近距離にもかかわらず、哀れな尻餅+失禁ゴンザレスの狙いはあえなく外れ、君の右太腿と左肩を掠めただけだ。空になったリボルバーの撃鉄の音が空しく響く。新しく積まれた二つの痛みをこらえ、君は大きく息を吸い、呼吸を再び整える。ここからだ。

「分かったろ。アタシの悪運は強いんだ。」

掌のカウントダウン、2、そして「1」。

君は、ゆらり、と一歩前に出ると、オニの形相でゴンゾを睨めつける。
最後の弾丸が込められた左手のリボルバーをゆっくりと構え、撃鉄を上げ、今や涙目でわなわなと震えるゴンゾの額にロック・オン。

「アタシが何を聞きたいかわかってんだろ? 答えな。ゴンゾ。ガットゥーゾの居場所を。」

「知るか! そんなに知りたきゃ自分で探せ! ガットゥーゾの旦那はテメエなんざの手に届きゃしねえ! たとえ届いたとしても、テメエの哀れな母親と同じ運命を辿ぎゃああああああ!」

ゴンゾの身体は憎まれ口を言い終わる前に どさっ、と仰向けに倒れた。その向こうにさっきまでゴンゾにくっついていた左の手首から先が、ぼとり、と落ちてくる。アニータが振り上げた右手には、鈍く、赤く、鋭く光る刀身が空に向かって屹立。君は再び、哀れなゴンザレスの眉間にリボルバーの狙いを定めた。

「…ゴンゾ。アタシをこれ以上怒らすな…これ以上は待たない。」

不意にゴンゾの目が据わり、呼吸が荒くなる。イヤな予感。

「いーや、駄目だね…俺も決めた。アニタ、テメエの旅は今ここで終わりだ!! くそったれが! あの世でせいぜい後悔しな!!」

ゴンザレスは言うが早いか口を大きく開けて「がちん」と音を立てて奥歯のスイッチを噛みしめる!  しまった! ゴンザレスの腹にくくりつけられた自爆ダイナマイト装置が、悲鳴にも似た音を立てて急激に膨らみ始める。ヤバい。今や君の身体は穴だらけだ。そしてその身体でここから安全な場所まで離れるには残念、スピードも時間もなさすぎる。ヤバい。くそ! くそ!!

「くそッ!  結局『これ』かよ!」

苦々しく吐き捨てると君は最後の弾の入ったリボルバーの銃口を『自分の太腿』に押し当てるや息を止め、そして、

引鉄を引いた。

たん!!

「くぅうう!!」

苦悶の声と同時に君は左手のリボルバーを落とす。そしてその掌には、とうとう表れた「零」の文様! 

君は、カウント零と同時に刀身がぐっと伸び、目も眩むような真っ赤な光を放ち始めた「例のカタナ」を両手で強く握り構え、膨れ上がったゴンゾの身体に向けて、さあ!  振り下ろす! カタナからほとばしる真っ赤な光、閃光、一閃!!

「はあああああッ!!」

しゃっっっっ!!!!

だだん!

びかっ!! びがっ!!

ごおっっ!!!!! どどどん!!!!!

打ち下ろしたカタナから発せられたのは、恐ろしいほどの光と衝撃波! 縦に真っ二つになったゴンゾの身体はそれぞれきれいな放物線を描き、空中で大爆発! 地上にはアニータを中心に扇形にひろがる瓦礫の、山。

教会の鐘が、どぐわあん、と地上に落ちる。

埃。

埃。

埃。

爆発で急膨張した空間に舞い上げられた土埃が、どもうっ、と君の周囲に流れ込んでくる。捨てられた街に、君の荒い息遣いだけが響く。息遣い。はあっ、はぁっ、はあっ。

かろうじて君は立っている。刀を打ち下ろした姿勢のまま、かろうじて君は立っている。はぁっ、はぁっ、はぁっ。

と、少し離れたところから、捨てられた街に一頭の馬が入って来る音。その蹄の音がだんだんと大きく聞こえてくる。聞こえてくるが、君はまだ動けないままだ。はぁっ、はぁっ、はぁっ。

音、聞きなれたリズム。ああ、来てくれた。聞きなれたリズム。早く、早く来い。懐かしい蹄の音が迫る。音はどんどんと近くなる。良かった! 無事だ。無事だった!

「遅いじゃないか… 待ちくたびれたよ。レン。」

君は振り向かず、すぐ後ろで立ち止まった愛馬に向かって語り掛ける。

「どこほっつき歩いてきたんだか。」

「そう言うなアニータ。これでも追っ手を撒くのに骨を折ったんだ。」

そう流暢な人間の言葉で答えた馬は、君のすぐそばに腰を下ろす。君は最後の、本当に最後の力を振り絞り、長さも光も元に戻った刀を左腕の鞘にぱちん! と納め、愛馬に向かってどう、と倒れこんだ。レンと呼ばれた馬はあたりを見回し、君に語り掛ける。

「また派手にやったな… 『嵐のアニータ』の面目躍如だ。怪我はいいのか?」

「あぁ…大丈夫。”カタナの呪い”が何とかしてくれる。それよりゴンゾはダメだったよ。…また、振り出しだ。」

「そうか…」

「ああ、あとな、アタシの事、最後までアニタ、て、言い間違えてた…」

仰向けになった君は呪われた左手を空の月に向かってかざす。今や月を邪魔する雲はどこにもない。くるり、と掌をこちらに向けると、あの文様は、いつのまにか消えている。大きなため息を一つ。もう一つ。ため息とともに、意識が薄れていくのを君は感じている。

「今はいい。アニータ。少し休め。」

そうだ。アニータ。今は休め。今はひととき、休むがいい。

嵐が来る前に。




【第1話 「流れよ我が血、吹けよ嵐、と彼女は呟いた。」 完】




【第2話に 続く】

アニータのお話は、もうしばらく続きます。

【次回予告】

「聞き分けろフリオ…。俺の言ってることがわかってねえのかよ!」
「わかってるさ。これはゴンゾの為じゃねえ。俺らの「面子」の問題だ…。」
じゃらり、と音を立ててフリオは立ち上がる。身体中に巻きこまれたチェインが動くたびに、じゃらり。待ってろ。アニータ。


アニータ疾風怒濤! 第2話「流れよ我が血、風の中に消えよ、と彼女は呟いた。」お楽しみに。

電子的ゲーム界隈で生きてます。文章は読むのも書くのも好き。久しぶりの創作は「読む講談」スタイルで、心躍る冒険譚をどうぞ。お楽しみいただければ幸いです。