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9/23五條天誅組イベント

2023年9月23日に五條市でイベントが開催されました。
天誅組大和義挙160年記念事業
維新発祥の地・五條〜天誅組終焉の地・東吉野

父はパネルディスカッションに登壇予定でしたが体調不良で参加できず、申し訳ございませんでした。
また、父が退院直後だったので私も見に行くことができませんでした。
9月25日の奈良新聞にイベントのことが紹介されていました。

奈良新聞の記事を引用させていただきます。

「天誅組の変」160年記念事業
幕末の志士に思いはせ
五條市役所で専門家が講演 市民ら250人熱心に

幕末の大和で尊王攘夷派が決起した「天誅組の変」の節目の年を記念し、天誅組大和義挙160年記念事業「維新発祥の地・五條~天誅組終焉の地・東吉野」(同実行委員会主催)が23日、五條市岡口1丁目の市役所で開かれた。
専門家の講演には市民ら約250人が参加。
地元有志による天誅組太鼓や天誅踊り、大阪城鉄砲隊の火縄銃の実演などもあり、会場を盛り上げた。

 パネルディスカッションのテーマは「天誅組がもたらしたもの」。
中村武生・京都女子大学非常勤講師は「レジェンドとして、その後に続く者に意識されていた。(維新の)先駆けだったと思う」と反幕府武装蜂起を起こした天誅組を評価。
 また、天誅組を支えた当時の河内地域について、芝田啓治・前大阪府河内長野市長は「農業や経済が発展していた。力が集中しないよう九つの支配者がおり、天誅組の支援者が多かった。尊王思想が培われた先進的な地域ではなかったか」と述べた。
 天誅組が使用したとされる甲冑や洋式銃、木砲を会場に展示した、沢田平・堺鉄砲・大阪天誅組両研究会代表は「天誅組の軍勢には十分な武器はなかったのではないか。この頃の大きな事変には必ず洋式銃の存在があり、天誅組も10丁使用していた」と武器の重要性に言及した。
 さらに、桝本君考・東吉野村天誅組顕彰会長は、天誅組の変の最後の激戦地となった鷲家口(同村小川)の当時の状況について「討ち死にした天誅組隊士の首のない遺体が何日もさらされるなど凄惨な光景だったと伝えられる」と述べ、柴田友啓・NPO法人維新の魁・天誅組理事長は「炊き出しなど地元の支えがあって天誅組が歴史に名を残していることを忘れないでほしい」と話した。

私は先日、東吉野村鷲家口の天誅組戦死地を少し歩いてきました。
地元の方による生花が印象的でした。
奈良県の様々な地で天誅組の志士たちは地域の方々と関わり合い、激戦を繰り広げてきたのだなと思います。


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