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人生トータルプロデュース 大阪のライバー事務所「ライブナウ」創業物語

・お金を稼ぐだけの配信が辛い...
・なんのためにライバーやっているのか分からなくなってきた...
・ライブ配信を今のまま続けてていいのか不安...

ライブ配信をしていてこんな悩みを抱える人は、今からご紹介する方の物語が転機になるかも知れません。

自分の好きや個性を輝かせることで、自分の夢を叶えたい。
そんな想いから、大阪に住む藤田潤哉さんはライバー事務所「ライブナウ」を創設しました。

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収益を第一目的に掲げる事務所が多い中、なぜライバーさんの好きや個性の発揮にこだわるのでしょうか。

それは、藤田さんは、好きや個性を奪われる痛みを理解する人だからです。藤田さんのこれまでの物語は、好きや個性を発揮しながらライブ配信をするヒントに満ちています。

プロ野球選手を目指し、野球漬けの日々

藤田さんは、幼い頃から無類の野球好きで、プロ野球選手を目指していました。

小学生の頃は、地元の野球チームに所属をして野球をしていました。しかし、当時は万年外野の補欠。プロを目指しているにも関わらず、補欠の自分から目をそらすため野球ゲームの「パワプロ」にはまり、自分でそのネット掲示板を作っていました。

お世辞にも野球の才能があるとは言えませんでした。

小学生から中学生になり、くすぶっている自分に焦りを感じ始めます。
「あれ、このままじゃプロ野球選手になれないんじゃないか...」

中学生になり、焦りを感じ始めた藤田さんは本気でプロ野球選手を目指しはじめました。

プロになり、大好きな野球を一生やり続けることだけを考えて、血の滲む努力を積み重ねました。
・野球ノートを毎日書く
・25歳で年俸5000万の選手になるという具体的な目標から逆算して、人生設計を組む
・栄養学を自ら学び、体作りをする

好きを原動力にしたその鬼のような努力は、しっかり結果にも結びつきます。

・チームでエースピッチャーになる
・中学生で135kmのストレートを投げる
・名門高校からの野球で特別推薦を貰う

藤田さんのプロ野球人生は、順調に進んでいるかのように見えました。

突然、大好きな野球を奪われる

名門高校から推薦が来ていたものの、自分の手で甲子園にチームを連れていきたいと強く思った藤田さんは、推薦を蹴って地元の高校に進みました。

推薦が来るほどの実力だったので、藤田さんは1年生ながらにエース候補。
周りからも一際注目を浴びていました。

「自分は周りとは違う。なんとしてもプロになるぞ。」

自分が周りより優れているという自負が、チームメイトに対する尊大な態度に現れることもありましたが、それは溢れるプロへの思いの現れでもありました。

そんな中、高校1年生の春先に事件が起こります。

イップスという病気が、藤田さんを襲いました。イップスは、精神的なトラウマにより、体が思ったとおりに動かなくなる病気です。藤田さんの投げたボールが、選手を危険に晒してしまい、監督から怒鳴られたことが原因でした。

自分の個性も好きも押し殺す日々

イップスにより体が思い通りに動かなくなり、これまで培ってきた野球技術が一気に失われました。

さらにこれまで、チームメイトに対して野球の上手さを盾に尊大な態度をとってきたことが、その状況に拍車をかけます。

「あいつ、これまであんなに言ってたのに、なんだあのプレー。俺らより全然下手じゃん(笑)」

そこから、チームメイトに笑われ、バカにされる日々が始まりました。

「野球ができない自分に、存在価値なんてない...」

これまで、野球の上手さと野球への愛を軸に生きていた藤田さんは、絶望感に苛まれました。

そこから、藤田さんはまるで性格が変わったように、自分のことを周りに出さなくなりました。

「野球のできない自分は、なんでここに居るんだろう?」

野球しかなかった藤田さんは、自分の存在を保てる居場所を失いました。

ヲタ芸との出会いが、人生を変えるきっかけに

そんな藤田さんを変えたのは、アイドルの握手会でした。たまたま友人が、握手会のチケットを譲ってくれたのです。

もともとアイドルに興味のあった藤田さんは、クラスの友人が握手会に一緒に行かないかと誘ってくれたこともあり、握手会に向かいました。

握手会の会場は、大量の人で溢れていました。アイドルとの握手会に心が浮き立つ中、大量の人の中で一際目立つ人たちがいました。

ヲタ芸をしていた人たちです。

アイドルの前で、臆せずライトを輝かせる姿は、藤田さんの目を釘付けにしました。

「かっこいい,,,」

それまで、野球を失い、周りの目を気にして自分を押さえつけていた藤田さんには、周りの目線など一切気にすることなく、ライトを振りかざす彼らは羨望の対象でした。

彼らを見て感じた衝撃と湧き上がるなんとも言えない情熱は、ヲタ芸が終わった後も消えることはありませんでした。

そして藤田さんは、いてもたっても居られなくなり、自分もYoutubeでヲタ芸を始めることを決意しました。

自分のありのままの個性を認めてくれる仲間たち

踏み入れたヲタ芸の世界は、これまで藤田さんが居た、野球の世界とは全く異なる、温かい世界でした

一般的には、ヲタクは受け入れられにくいかもしれません。

しかし、実際に内側に入ってみると、皆優しくて、自分の好きなことにただただ夢中。弱い所を責められることもなく、ありのままの自分を受け入れて貰える世界でした。

「なんて素敵な人たちなんだろう...」

Youtubeでは、高3の文化祭のステージでヲタ芸で沸かせることを目標に、仲間を募りました。

そこで集まってきてくれた仲間は、能力の高さなど関係なく、ただヲタ芸が好きなありのままの自分を受け入れてくれました。

それは、これまで野球の上手さが全ての評価軸だった藤田さんが触れたことのない、温かいつながりでした。

そこから怒涛のYoutubeの撮影の日々が始まります。身を粉にしながら、撮影に熱中しました。

野球の練習もこなしながら、空いた時間は朝から晩までYoutube撮影。
肉体的なしんどさはありましたが、それ以上に、好きなことを追求できる喜びが藤田さんを突き動かしていました。

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個性や好きが認められる喜び

そして2年後、10人の仲間とともに、当初から目標にしていた文化祭が目前に迫りました。

2年間必死に続けた活動。ヲタ芸に自信はあったものの、一つだ拭いきれない不安がありました。

「ヲタ芸は、本当に学校の人たちに受け入れて貰えるんだろうか。」

野球を失った自分が否定された過去が、トラウマとなって藤田さんの中にはびこっていました。

そんな中迎えた文化祭当日。
本番は大歓声の中、無事に大成功を収めました。後日Youtubeにアップロードした動画も、1ヶ月で6万回再生されるほどの大反響でした。
https://www.youtube.com/watch?v=GTP-YtNQH50

「自分の個性や好きなことが、こんなに多くの人に認められるってなんて幸せなんだろう」

病気により大好きな野球が奪われ、自分の個性を押し殺していた藤田さんが、はっきりと人生にもう一度希望を持つことができた瞬間でした。

大好きな野球や、一度個性を押し殺した自分でも、もう一度輝ける場所がある

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好きや個性を輝かせられる世界を作る

・配信が辛い...
・なんのためにライバーをやっているかわからなくなった...
・ライブ配信を今のまま続けてていいのか不安...


本来叶えたかった夢を置き去りにして、目先の報酬やランクのために配信してしまうが故に輝きを失うライバーさんたち。

加えて、個性や好きではなく、売上を第一に考えるが故にライバーさんを疲弊させてしまう事務所も多いのが事実です。

そんな現状を憂う藤田さんは、自分の好きや個性を輝かせることで、ライバーさんが自分と同じ苦しみを味わわなくてすむように、希望を失わなくてすむように、居場所作りや発信のサポートをしています。

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好きや個性を失う耐え難い悲しみも、輝かせられる溢れんばかりの喜びも経験した藤田さんだからこそ、その思いは決して振れることはありません。

そんな藤田さんの夢は、「ライバー版のヘキサゴン」を作ることです。

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ヘキサゴンは、かつて若者を中心に絶大な人気を誇っていたクイズ番組です。

なぜ、ヘキサゴンなのか。それは、ヘキサゴンは、才能はあるけれど、知られていない、まさに原石のような出演者たちが、輝く場所だったからです。

実際に、上地雄輔さんなどが、ヘキサゴンをきっかけに世間で大ブレイクしました。

司会の島田紳助さんが、場をプロデュースすることで、出演者の個性が引き立っていました。

同じ様に、藤田さんも、才能はあるけれどまだ世に知られていないライバーさんが輝ける場所を作りたいといいます。

そして、個性が輝きだしたライバーさんの中で、コラボレーションが生まれていくのが藤田さんの見ている未来です。


ライバーさんたちと共に紡ぐ、好きや個性を輝かせ続ける物語は、まだ始まったばかり。一緒に歩んでくれる仲間を探し求めて、藤田さんは今日も自分のビジョンに向かって進み続けています。

藤田さんと一緒に、好きと個性を輝かせてみたい方は、こちらを覗いてみて下さい。(https://www.youtube.com/channel/UCzFzty7aEd4tw3NqCW6pkLQ)


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執筆
ストーリープランニング代表 東柊太

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