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昼下がりの幸福

昼下がりの地下鉄。
座席でスマホのメールを確認していた。
次の駅に停車すると、空いていた隣のスペースに、胸に小さな赤ちゃんを抱いた女性が座った。

たぶん女の子なのだろう。淡いピンクのベビー服をまとっていた。私のスマホが気になるのか、一生懸命手を伸ばしてくる。チラッと横目で隣を見ると、女性は疲れてるのか、目を閉じ下を向いている。
そんな私に気を留めるでもなく、一心不乱に赤ちゃんは手を伸ばしてくる。

仕方がないので、手が届きそうな所にスマホを近付けてみた。赤ちゃんは、スマホを触るとさも満足げに笑みをたたえ私を見る。私も少し口で笑うと、赤ちゃんはスマホを振り回すかのように手を動かし、キャッキャッと喜ぶ。

それに気付いたのか、女性は顔を上げ、小さな声で「こらっ、だぁめ」と赤ちゃんの手を引っ込めさせ、「すみません」と申し訳なさそうに私に謝った。

「気にしないでいいですよ」という言葉がわかるわけもあるまいが、赤ちゃんは引っ込めさせられた手を、笑顔と一緒にまた伸ばしてくる。さすがにスマホを差し出すと、またお母さんに叱られるだろうから、少し腕を近付けた。シャツの袖をつかんでも嬉しいらしく、またキャッキャッと喜んでは無邪気に手を振り回す。

止めようとする女性の機先を制し、「いいですよ」ともう一度言った。振り回す小さな手の力が一段と強くなった。何かをつかんで遊ぶのが楽しいのだろう。そんな赤ちゃんが無条件に可愛かった。

とはいえ、目的の駅に着いた。
静かに袖を放し、じゃ、と言ってホームに降りた。

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