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音楽との出会い LIVE ロックフェス編 

こんにちは、Hideです♬

私も若かった頃、野外でのロックコンサートよく行きましたね~

今で言う夏フェスですね。

最初に参戦した時は、高校生の頃で原付バイクで行った、地元の郊外で開催されたロックフェスです。

80年代初期だったので、現在の夏フェスのはしりでしたね。

80年代初期は日本にROCKが根付き始めた頃で、まだ野外やアリーナでのLIVEも演出等、現代に比べ未熟な面も見えましたが、それもまた熱いマンパワーを感じさせましたね。

そのあとも、年越しライブイベントや、東北各地で行われたフェスにあれこれ行きましたね。

今回は、久しぶりの「音楽との出会い LIVE編」としてロックフェスやイベント、少年時代に行ったライブなどのお話をしていきたいと思います。

ロックロールオリンピック

ロックンロールオリンピックとは、1981年に宮城県出身のハウンドドッグのボーカル大友康平さんがプロデュースした野外ロックイベントです。

宮城県仙台市郊外のスポーツランドSUGOというところで行われた野外コンサートでした。

1981年~1994年までの全14回開催されました。

バンドブーム時代を象徴する野外ロックフェスで当時人気のロックバンドが多数出演し、毎回1万人位の集客があり盛り上がっていました。

70年代まで東北は”ロック不毛の地”と呼ばれ音楽が根付く土地柄ではなかったのです。

それが1980年にレコード会社のオーディションから仙台出身のハウンドドッグがデビューして仙台のロック熱は一気に高まりました。

ハウンドドッグは当時全国的には全く売れていませんでしたが、仙台では圧倒的な支持を得ていました。

デビューした時は地元からの厚い応援を受けていました。

仙台市長にまで挨拶に行ったくらいです。

それだけ田舎の仙台からロックバンドがメジャーデビューするなんて、当時としては画期的なことだったのですよ。

まだ東北新幹線も開通していない頃です。

因みに、現在の郡和子仙台市長は、ハウンドドッグのボーカル&リーダーの大友康平氏と大学の同級生でした。

そののちスーパーロックバンドになったBOOWYもこのR&Rオリンピックに出演後、人気が上昇してきたのですよ。

杜の都仙台は、いつしかロック不毛の地から、ロックの発信地へと変貌を遂げていったのです。

これもハウンドドッグの功績と言えますね。

83年に拠点を仙台から東京へ移し、所属事務所の関係でR&Rオリンピック出演は82年で最後になりましたが、ハウンドドッグのロックンロール魂は、BOOWY等の若い世代へと受け継がれていきました。

当時出演していたバンドは、ARB、RCサクセション、シーナ&ロケッツ、泉谷しげる、BOOWY、爆風スランプ、忌野京志郎、レッドウォーリアーズ、ブルーハーツ、浜田麻里、エレファントカシマシ、SHOW-YA、ジュンスカイウォーカーズ、Xジャパンetc・・・

80年代~90年代を彩る有名ロックバンドやミュージシャンばかりです。

R&Rオリンピックは、東北にロックを根付かせることに大きく貢献した夏フェスでしたね。

後に仙台で恒例になった定禅寺ストリートジャズフェスティバルにもこのイベントの成功が大きく影響したと言って良いでしょう。

ロックミュージシャンを目指していた高校生のHide少年は、生のロックに触れて、ますますロックスターへの憧れが強くなっていくのでした。

 HOUNDDOG

仙台お及び東北のロックシーンに多大な影響を及ぼしたハウンドドッグですが、私も高校時代からかなりの本数のライブを観に行きました。

ラジオやテレビの公開収録から、出身大学での学園祭、先述のR&Rオリンピック等々...

私たちアマチュアミュージシャンにも、田舎者の俺達だってプロになれるんじゃないか♬と希望を持たせてくれましたね。

ハウンドドッグはライブパフォーマンスが凄いのです。

気合が入っているという言葉がぴったりのバンドでした。

コミカルな演出も有り、ライブを観に行って、本当に楽しませてくれるバンドでした。

”燃える男のロックンロールと心にしみるバラード”がキャッチフレーズの男臭い体育系のバンドでしたね。

私が社会人になってからも、初めての武道館公演も観に行ったり、山形で行われた野外ロックイベントを観に行きました。

それには爆風スランプや中村あゆみさんも出演していましたが、さすがに東北出身のハウンドドッグの人気は山形でも絶大で大盛り上がりでした。

ffが発売になる直前の伝説の西武球場ライブも行く予定でしたが、仕事で行けませんでした。

あとからビデオでその模様を見て、生で観れなかったのは私の人生に中で悔いが残るものでした。

長い不遇の時期を過ごしていたバンドでしたが、カップヌードルのCMで流れたff(フォルティシモ)でブレイクしてからは大躍進でしたね。

一度年末の年越ライブも友人と車で、岩手県まで観に行きました。

毎年のように160本のライブを行ったり、日本武道館15Days等も成功させ、日本一のライブバンドになりました。

東京ドームでもオープンしてすぐにライブを行いましたし。

今でも日本一のライブバンドはハウンドドッグだと思っています。

私もステージアクションも含め相当影響を受けましたね。

10代~20代の頃は、ロックに対して一番熱かった時期でしたね。
やはり生のロックに触れたら、心の底から燃えてくる感じでしたよ~

80年代は熱かったなぁ~良い時代でしたね。

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