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ジャン=リュック・ゴダール映画祭 その1

去年2022年9月にジャン=リュック・ゴダールが亡くなったのは衝撃だった。1930年生まれ91歳のゴダールは自殺幇助(安楽死)を選択した。ゴダールは「フランスの」映画監督といわれるが、両親ともにフランス系スイス人でフランスとスイス両方に国籍がある。スイスでは判断能力があり利己的な動機を持たないという条件でそれは合法だという。

ゴダールはパリ陥落後の1940年に家族とともにスイスに移り住んだが、それは彼のパリとの距離感に少なからず影響を与えたと考えられる。映画のロケ地としてもスイスは登場し−『勝手にしやがれ』(1960)は特に有名だが−今回の特集でいえば『小さな兵隊』や『ゴダールの決別』もスイスが舞台である。とはいえ、まさかそのゴダールが、自身のシナリオの結末にスイスを据えるとは…。

今回の特集では、60年代と80年代の上映機会が少ないといわれる9本がセレクトされているが、比較的よく知られる『女は女である』と『女と男のいる舗道』の2本が劇場独自のプログラムとして加えられている。館内は往年の映画ファンと思しき人たちで賑わっていたが、2本の上映日には少なからず若者の姿も見受けられた。自分は『ウイークエンド』(1967)を除く10本を鑑賞できたが、以前見たたはずの『パッション』『女は女である』『はなればなれに』に関していえば、情けないほど記憶が飛んでいた…。映画を見るのは難しいことである。

さて、1960年に『勝手にしやがれ』で鮮烈な長編デビューを遂げたゴダールが、彼のミューズであるアンナ・カリーナを迎えての第1作が、翌61年製作の『小さな兵隊』なのだが、映画にアルジェリア戦争時の実在の組織を描いたことにより、アルジェリアの独立後の63年まで公開がかなわなかったという。諜報活動を行う男ブリュノ(ミシェル・シュボール)とヴェロニカ(アンナ・カリーナ)とのクールな恋愛劇は、極めて男目線ではあるが、アンナ・カリーナの魅力がじわじわと伝わってくる良作である。

その間この作品を飛び越し、「子どもが欲しい女」をめぐるドタバタ劇『女は女である』(1661)、ついで初期ゴダールの傑作であろう『女と男のいる舗道』(1962)という順序で公開できたのは、ゴダールにとって、そしてダッグを組んだアンナ・カリーナにとっても、様々な意味でプラスであったに違いない。

この時期1年に2本の映画を撮り続けたゴダールだが、一方で、アンナ・カリーナの「出演しない」ゴダール映画の『カラビニエ』(1963)は、これもアルジェリア戦争が契機となって撮られたはずだが、今まさに我々が見るべきパンチの効いた反戦・風刺映画である。無学な兄弟のもとに王様からの手紙/召集令状が届く話だ。戦利品の「絵葉書」というあたりのオチがまたゴダールらしいファンタジーであろうし、なんとなくエドゥアール・マネの『皇帝マキシミリアンの処刑』を思い出させるビジュアルでもある。

『はなればなれに』(1964)は、英語学校(という設定自体がすでに可笑しいのだが)で出会った二人の男(クロード・ブラッスール、サミ・フレー)の犯罪劇に巻き込まれる、アンナ・カリーナ扮するオディル(美しいというよりは「ナイーブな」女というべきだろうか)が織りなすコメディ映画である。名シーンとの誉高い三人でステップを踏むダンス(マディソン・ダンス)シーン、ルーブル美術館の展示室を駆け抜けるシーンに目が奪われがちだが、「物語の構造」を回避し続けるゴダールの映画言語の構築具合こそがやはり秀逸だというべきだろう。

続く


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