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アンゼルム “傷ついた世界”の芸術家/ヴィム・ヴェンダース監督

ヴィム・ヴェンダース監督の「アンゼルム “傷ついた世界”の芸術家」を見る。

自分は美術家なので、こういう場合、映画の何を「語る」べきかを迷う。「ベルリン天使の詩」以来、ヴィム・ヴェンダースは自分がもっとも信頼する映画監督のひとりだ。たとえ前作の日本で製作した「PERFECT DAYS」は腑抜けた作品ではあったにせよ。

1980年代終わりから90年代にかけて、自分が大学生の時のことだが、ヴィム・ヴェンダースに憧れたのと時を同じくして、アンゼルム・キーファーというドイツのアーティストを初めて知る。ベルリンの壁の崩壊から東西ドイツ統合にかけての頃である。

余談だが、その頃(もう30年以上も前なのか)表参道の交差点のすぐ脇に東高現代美術館というギャラリースペースがあり、巨大なキーファーの絵画が(オランダのステデリック美術館展だったと思う)見られるという。大学の先輩にムラカミという人がいて、教室に回って来ては「キーファーを見ろ!デカくて重くてもう二度と日本に来ないから絶対に行け!」と触れ回っていた。先輩はといえばキーファーに感化され、画面に鉛板を貼ったり過剰なテクスチャーを仕込んだ黒茶色の絵(日本画)を制作していた。

そんなわけで自分はその時初めて本物の「キーファー」を見た。残念ながらキーファーのことはあまり好きにはなれなかったが、キーファーの作品はといえば、その後も日本で見ることができたはずだ。まあそんな時代だったというだけの話だが。

ヴィム・ヴェンダース監督の最新作「アンゼルム “傷ついた世界”の芸術家」を、自分は3Dではなく2D版を鑑賞した。ヴェンダース監督は以前にも3D作品を撮っていて、自分は「Pina /ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち」を見た。ドキュメンタリー映画で3Dを使おうとするのがヴェンダースらしいが、その映画では、効果的に3D映像が使われているとは思えなかった。当時ジャン=リュック・ゴダール監督も「さらば、愛の言葉よ」での3Dの実験的(批判的?)な運用も試みていた。ヴェンダースの方はそういう類のものでもなかったし、今回にしても2Dで十分だと判断した。もっとも映画を見終わった後の感想としては、巨大としかいえないキーファーの作品やスタジオのスペースと比して、映画館のスクリーンがなんだか小さく感じられた(それはそれでいまだかつてない体験でもあったが)。あるいは3Dで見た方が良かったかもしれない。

それはさておき、広大な敷地の中の巨大な倉庫か工場のようなキーファーのスタジオの中で、彼の作品を見るのは思いのほか心地よい。それはおそらくキーファーの「作品」とキーファーの「身体」とが、分かち難く結びついているからなのだ。今回のヴェンダース監督のドキュメンタリーが、「映画として」傑出しているのは、このヴェンダースの「発見」に尽きる。美術館やギャラリーでキーファーを見る/体験するのとは違う体験を映画で提示したわけだ。

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もうひとつこの映画で興味深く感じたのは、最初期の《占領》(1969年)という作品だ。キーファーは「ナチス式敬礼」をして立つセルフポートレートをドイツ各地で撮影し作品とした。ドイツの「忘れたい過去」を直接刺激する作品は物議を醸した。当時のインタビュー映像の他、息子で俳優のダニエル・キーファーが再現シーンを演じている。

そこでふと気づいたのは、その中の写真作品の1枚にC.D.フリードリヒ風というか、海に向かう「後ろ姿」で撮られたショットがある。これは映画のラストシーンと関連させて見るべきで(ヴェンダースは間違いなくそのように撮っている)、キーファーが見つめる先の山並みといい、夕刻の空の色具合といい、C.D.フリードリヒの絵画イメージと相似している。アンゼルム・キーファーは新表現主義の画家と言われ、彼の画風を持ってロマン主義絵画に言及されることなどまずは無いはずだが、驚くべきことに、ヴィム・ヴェンダース監督はアンゼルム・キーファーの心性からその概念を抽出した。これも、この映画が並のドキュメンタリーではないことの「証」であろう。

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キーファーの幼年期を、ヴィム・ヴェンダースの孫甥のアントン・ヴェンダースが演じていて、それが映画に「味わい」を与えている。

映画の終盤で、キーファーが小さなベッドに横たわり、自身の幼年期と交差する場面/演出がある。それはキーファーと同年1945年に生まれたヴェンダースが、キーファーの精神に交差する場合でもあるはずだ。アーティストを撮ったドキュメンタリーとしても、また数あるヴェンダースの映画としても、この「アンゼルム “傷ついた世界”の芸術家」はもっとも美しい作品のひとつだといえる。 “傷ついた世界”の芸術家はまたヴィム・ヴェンダース自身でもあろうか。

監督:ヴィム・ヴェンダース  
出演:アンゼルム・キーファー | ダニエル・キーファー | アントン・ヴェンダース


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