「文舵」 練習問題 (その5)

ル=グイン著「文体の舵を取れ」の練習問題に対するワークです

 〈第3章 練習問題③ 「長短どちらも」 問2〉

半〜1ページの語りを、700文字に達するまで一文で執筆すること。

A/ 何しろ長いと言ってもどうつなぐかが難しい。みんな良くこんな変態な課題をクリアしているものだ。「テーマ案」の部分に嶺二されていた緊迫・白熱とはほど遠いのんびりした語りになってしまう。長文のほうが得意だと思っていたのだけど30分という制限で書くのは本当に難しいです。


(本文)

【1023w】

Apple Watchをウルトラ警備隊みたいに口元に掲げ、Siriに「30分」とタイマーの時間を伝えながら、玄関から廊下越しに被害者の部屋を調べる鑑識の作業をチラチラ見していると――というのも俺がこの現場に来ていることを快く思わない人間が多すぎるからなんだけどね、特に鑑識と機捜には嫌われてるから――新人の伊波川が頑固気難しい鑑識の坂本の隙を縫って俺を部屋に誘おうとするのだが、それは、もちろん肝心のご遺体周辺が確認できなきゃなんのために臨場しているのかわかんないだろうという彼なりの気遣いに違いのないのだろうが、そういえば、伊波川とコンビを組むことになった二ヶ月前――それは前の相棒だった高村が情報屋に騙されて竹の塚の闇賭博に出入りした挙句、古典的なハニトラに引っかかって写真撮られて、それをネタに強請られたってんで、その情報屋をボコボコにしたという事件、事件というよりはまんまとハメられただけの拙くお粗末なトラブルでしかないんだけど、それがために高村は残念なことに意識のお高うござる住民たちを相手にする杉並あたりの所轄の生活安全課かなんかに飛ばされたわけだけど、代わりとして俺の班に芝の所轄で三年やってた伊波川が配属されることになったというわけなのだが――そう、二ヶ月前のときに、奴に言ったことが影響しているのだろうと思うわけで、まあ俺なんかにすれば揶揄い半分の、だけども奴さんの出方次第じゃセクハラだと言われ兼ねない話で、なんて言ったかっていうと「とにかく嗅覚だけはするどく使え脳は邪魔なだけだ。あと現場の前には必ずヌいておけ、署のトイレの個室でも、喫茶店のトイレでもいいからスッキリとヌいてから臨場しろ」ってな、そう言った訳だけど、それできなきゃ一課の若手なんか務まらないから、みたいな勢いでな、それで、奴は元来素直で筋がいいから俺の言葉を教訓のように信じているっぽいんだけど、伊波川ってばなんの恩義を感じているのか、手を上下に振る仕草でしきりに俺を誘うので、鑑識の奴らも所轄も機捜もそれを不思議そうにではあるが見ていたので、やっと、俺は、〈ホントは俺はいいんだよ、俺ほどの刑事になりゃ、ここからチラ見してりゃだいたい把握できるから、でもかわいい相棒がおいでおいでするなら仕方ないっしょ〉という感じで、胸を張って堂々と、ご遺体の側まで入ることができたんだけど、それが、このクソッタレでズイークな事件と俺との最初の接点になるとは、そのときの俺はまだ気づいていなかった。

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