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#75 ワクチンをめぐる最近の話題と最近注目されている免疫細胞について

いま世界では、新型コロナウイルスに対するワクチンの熾烈な開発競争が繰り広げられています。

なぜ、世界で一番開発が進んでいるワクチンが承認されるのを待たず、各国ともにそれぞれワクチン開発を進めているのでしょうか?

一番効果の高いワクチンができたら、それを世界中の人に使えば良いと思われるのではないでしょうか?

通常の医薬品ならその通りなのですが、1分1秒を争うこのような緊急事態では、何十億もの人にワクチンを素早く配ることは不可能です。したがって、世界中の国々は自国でのワクチン開発を推進し、自国民から優先して接種させることを目指します。

また、そもそも良いワクチンができるか分かりません。さまざまなタイプのワクチン開発を同時並行で進めることで、できるだけ早期に感染症を抑え込める確率を上げる意味もあるのです。


世界のワクチンの開発状況

さて、先日のYahoo!ニュースに世界中のワクチン開発の状況が詳しく分かるニュースが出ていましたので紹介します。

記事は結構長いですが、ざっくり言うと以下のような内容を知ることができます。興味のある方は読んでみてはいかがでしょうか。

①世界各国でのワクチン開発の現状
②開発が先行しているワクチンの日本への供給予定
③安全性の重要性
④さまざまな種類のワクチンについて
⑤ワクチンの副作用
⑥ワクチン以外に注目されはじめた免疫細胞(詳しくは次回の記事で)


また、それぞれのワクチンの構造や働き方について、ものすごく詳細に説明されている記事がありました。が、これはマニアックすぎるのでご興味・ご関心がある方だけ読んでいただければと思います(^^)


国産ワクチン開発におけるトップランナー:アンジェス

さて、国内で開発を続けている製薬メーカーの中で最も開発が進んでいるのが阪大発ベンチャーのアンジェスです。アンジェスは、新型コロナウイルスが身体に侵入する際に重要な構造;スパイクというタンパクをつくらせるプラスミドDNAをワクチンとして開発しています。いわゆるDNAワクチンというやつです。

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大阪大学微生物病研究所HPより引用(http://www.biken.osaka-u.ac.jp/news_topics/detail/1077)


さて、このアンジェスはつい最近、慢性動脈閉塞症という病気に対する治療薬として、国内初の遺伝子治療薬(コラテジェン)の薬事承認を得た会社です。

創業者の先生は、私も仕事で大変お世話になっていますが、お話がとても分かりやすので、最近ではテレビにもよく出ています(^^)

今日はその先生のインタビュー記事をシェアさせていただきます(記事は無料会員又は有料会員で全文が読めます)。

一部引用します。

ーそもそも、この新型コロナウイルスとは何者なのでしょうか。

森下氏:コロナウイルス自体は珍しいものではなく、それほど強いものでもありません。一般的な風邪の15%程度が、コロナ由来です。これまでに6種類のコロナウイルスが確認されており、今回の新型コロナは7番目の形です。

 2002年にSARS(重症急性呼吸器症候群)が出現し、肺炎を引き起こすコロナがあると怖がられました。その後にMERS(中東呼吸器症候群)が出て、致死率の高さで注目されました。新型コロナはこの2つとは違う、ある意味で原始的なウイルスです。症状はそれほどひどくならないのですが、症状が出る前に感染が広がってしまう。だから封じ込めるのが非常に難しいのです。

(略)

ーなるほど。新型コロナは抗体が形成されにくいそうですね。

森下氏:確かにその傾向はありますね。おそらく、体内で活性化する際のウイルス量が少ないためでしょう。インフルエンザの場合は、ウイルスが急激に増え、熱が出て、抗体ができる。症状が出にくいと体が必死にならず、抗体を作ろうとしないのです。一度かかった人も中和抗体ができにくく集団免疫の可能性も低いので、ワクチンで対応するしかありません。ワクチンで抗体ができても短期間で消失するのではないかという説もありますが、これはあたりません。ワクチンは、抗体が持続できるように設計していますので、自然感染と同じではありません。

(略)

ー政府は米ファイザーや英アストラゼネカからワクチンの供給を受けることで合意しました。日本企業としてワクチンを開発する意義はどこにありますか。

森下氏:今回はたまたま大量生産のメドがついたのですが、そうでなければ、自国優先になるところでした。ファイザーは今も米国が最優先というスタンスを保っています。開発や製造が軌道に乗らず、ワクチンが手に入らないとなると、経済にとって死活問題です。

 そういう意味で、ワクチンは戦略物資です。ロシアが早期に承認した背景には、旧ソ連圏の国々の存在があるとされます。自国の勢力圏を維持するための安全保障の一環というわけです。中国もアフリカを押さえるためにはワクチンを持っている必要があります。

 アストラゼネカと日本の供給契約を見てもらうとわかるのですが、副作用が出ても会社は責任を負わず、日本国政府が責任を負うことになっています。臨床試験もパスさせろと言ってきたとも報道されています。効果は関係なくとにかく買え、そうでないなら売ってやらないということでしょう。これではまともな交渉にはなりません。自分で切れるカードを持っているかどうかが、大きく立場を変えます。ワクチンを自国で作れない国は悲惨ですよ。

ワクチンが戦略物資である、と言う主張には納得感があります。自国民のいのちを守ることだけでなく、国際的な存在感を発揮するためにも、できるだけ早期に日本発のワクチン(できれば効果が高いことを期待します)が開発されることを期待します。


「感染後の抗体の急速な減少」は「ワクチンの効果なし」とイコールではない

さて、先生のインタビューにもあるように、このウイルスは体内で活性化する際のウイルス量が少ないためか、抗体ができにくい傾向がありそうです。一方で、ワクチンによって獲得免疫(T細胞、B細胞等の免疫細胞を介した抗体産生能)を強く誘導できれば、発症を抑える、又は重症化予防に効果を発揮すると考えられます。

ところで、最近新型コロナウイルスに感染したヒトの体内から、急速に抗体が減少すると言うニュースが相次いでいます。

この記事では「新型コロナの患者は軽症が大部分を占めるが、その回復から獲得する免疫は長続きしない恐れがあることを分析結果は示している。」とまとめられています。

確かに抗体そのものは早期に消失するかも知れませんが、それは必ずしも免疫系全体が長続きしないこととはイコールではなく、ちょっと不完全な記事かと思います。抗体産生に関わる獲得免疫について簡単に説明した上で、不完全だと考える理由を説明します。


獲得免疫とは

そもそも病原体に対する抗体が作られるプロセスは以下の通りです。

自然免疫:病原体が侵入してきた際に、自然免疫系の細胞(樹状細胞、マクロファージ、好中球、ナチュラルキラー細胞等)が病原体を分解又は感染した細胞を破壊し病原体の断片情報をヘルパーT細胞に伝えます。

獲得免疫:その情報がさらにB細胞に伝えられるとB細胞が活性化し、病原体に対する抗体が大量に産生されるようになります。抗体は病原体にくっついて目印となり、他の免疫細胞による迅速な排除に役立ちます。一方で、ヘルパーT細胞はキラーT細胞にも指令を出し、病原体に感染した細胞を攻撃するよう仕向けます。

その関係性を示す分かりやすい図がありましたので引用します。

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先のブルームバーグの記事で示されているのは、この抗体が早期に減少するというものです。確かに、抗体は役目を終えれば(すなわち病原体がいなくなったら)体内から消失してしまいます。

※抗体が消失するスピードは、最初の感染時のウイルス量に依存するのかも知れませんし、ウイルスの種類に依存するのかも知れません。前者であれば自然に感染した場合とワクチンで強く刺激した場合で消失スピードは異なる可能性があります。今後の研究の進展が待たれます。

しかしながら、獲得免疫が獲得された場合には、メモリーT細胞という細胞が病原体の情報を記憶しています。

メモリーT細胞については、下記の河本先生のご説明が分かりやすいかと思いますのでご参考まで(6.どうして感染症には2度かからないの?ー免疫記憶のしくみ)。


つまり、ワクチンで獲得免疫系を十分に刺激してやれば、メモリーT細胞の免疫記憶により、次回の感染時には十分効力を発揮できる可能性が十分あると考えられます。

その意味で、先のブルームバーグの記事は不完全と考えたわけです。


メモリーT細胞の免疫記憶は長いもので十年以上というものも報告されています。ただ、現時点で新型コロナに対する免疫記憶がどのぐらい持つのかは分かっておらず、これは今後の研究の進展が望まれるところです(期間が短ければ頻繁にワクチンを打つ必要がありますし、一生続くなら一度打てば良いことになります)。

また、ウイルスは変異しやすいので、変異しにくい場所に対して効果を発揮する抗体を作らせるワクチンでないと、すぐに効かなくなってしまいます。そういった意味で、病原体のどの部分に結合する抗体を作らせるのか?といったワクチンの設計が非常に重要になります。

今後のワクチン開発について目が離せません。


ワクチンの主目的は感染後の発症を抑えること、又は重症化を防ぐこと

なお、先述のとおり、ワクチンは抗体を産生させることにより、感染後の速やかな病原体排除、すなわち感染後の発症又は重症化を抑えることが主目的です。

※細かい話ですが、「感染」は病原体の侵入そのものを差し、「発症」は病原体が増えて症状が出たことを意味します。抗体は感染そのものを防ぐ効果ではなく、体内に侵入した際に速やかに病原体を排除することで感染後の発症を抑える、又は重症化を防ぐことを目的としています。

ワクチンは基本的には「感染を予防するために打つもの」ではなく、「感染後の発症(症状が出ること)を抑える、又は重症化を抑えるもの」であるという点は理解しておきたいものです。


ちなみに、つい最近、過去の感染歴が新型コロナウイルス感染時の重症化を抑える可能性が報告されはじめており、次回はそのことを記事にしたいと思います。これにはメモリーT細胞の「免疫記憶」が関わっていそうです。

もしこの研究結果が正しければ、ワクチン開発の進展とともに、もっと安心して生活できる未来が来るかもしれません。

そのような日が早く来るよう心から願っています。

今日の記事が参考になれば、「スキ」を押してくださると嬉しいです(^^)

それではまた!

<了>

#ワクチン #国産ワクチン #アンジェス #自然免疫 #獲得免疫 #抗体 #メモリーT細胞

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