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【書籍】塩瀬饅頭総本家の教訓ー人事と経営の普遍的な教え

 『1日1話、読めば心が熱くなる365人の仕事の教科書』(致知出版社、2020年)のp294「9月13日:塩瀬饅頭総本家の家訓(川島英子 塩瀬総本家三十四代当主・会長)」を取り上げたいと思います。

 塩瀬饅頭総本家は、600年以上の長い歴史を誇る日本の伝統的な菓子製造業者です。現在、川島英子会長によって率いられるこの家業は、厳格な家訓に基づき運営されています。その中核をなすのは、「今日一日の事」と「崋山先生の商人に与えたる教訓」の二つです。これらは、塩瀬総本家の経営哲学と精神的な支柱を形成しており、長年にわたり継承されてきました。

 「今日一日の事」は、日々の行動指針を示すもので、感謝の心を忘れず、怒りを抑え、他人の批判を避け、正直さを保ち、そして何よりも家業を大事にし、生きがいとすることを説いています。これは、単なるビジネスの成功を超え、人としての成長と倫理的な生き方を重んじる姿勢を反映しています。

【今日一日の事】
一、今日一日三ツ君父師の御恩を忘れず不足を云ふまじき事
一、今日一日決して腹を立つまじき事
一、今日一日人の悪しきを云はず我善きを云ふまじき事
一、今日一日虚言を云はず無理なることをすまじき事
一、今日一日の存命をよろこんで家業大切につとむべき事
 右は唯今日一日慎みに候。
 翌日ありと油断をなさず、忠孝を今日いち日と励みつとめよ。

『1日1話、読めば心が熱くなる365人の仕事の教科書』(致知出版社、2020年)p294より引用

 一方、「崋山先生の商人に与えたる教訓」では、商業活動における具体的な行動規範が示されています。これには、早起きの習慣、どんな小さな客でも大切にする心構え、商品の返品に対しても丁寧に対応すること、繁盛してもなお倹約を心がけること、財務の正確な管理、開店時間の守り、競合他社との良好な関係の構築、新たな店舗の開設を支援することなどが含まれています。これらの教訓は、日々の商売の中で直面する様々な状況に対処するための指針を提供しており、信頼性と責任感をもって事業を運営する重要性を強調しています。

【崋山先生の商人に与へたる教訓】
(渡辺崋山の遺訓を教訓として家訓としたもの)
一、先づ朝は召仕より早く起きよ
一、十両の客より百匁の客を大切にせよ
一、買人が気に入らず返しに来たら売る時よりも丁寧にせよ
一、繁盛するに従つて益々倹約せよ
一、小遣は一文よりしるせ
一、開店の時を忘るな
一、同商売が近所にできたら懇意を厚くし互に励めよ
一、出店を開ひたら三ヶ年食料を送れ

『1日1話、読めば心が熱くなる365人の仕事の教科書』(致知出版社、2020年)p294より引用

 特に、返品に対しても売る時以上に丁寧に対応するという姿勢は、顧客満足度を高め、長期的な顧客関係を築く上で中心的な役割を果たしています。これは、顧客に対する深い敬意と、品質に対する妥協のない姿勢を示しており、塩瀬総本家の製品が高い評価を受け続ける理由の一つです。

 さらに、素材へのこだわりや、戦後の物資不足の時代でさえ質を落とさないという信念は、製品の品質を守ることのみならず、企業倫理と社会的責任を重んじる塩瀬総本家の姿勢を反映しています。これらの原則は、単に利益を追求するのではなく、社会全体への貢献という観点から事業を考えることの重要性を教えています。

 塩瀬饅頭総本家が守り続けるこれらの家訓は、ビジネスの成功だけでなく、社会に対する深い貢献と倫理的な価値観を持つことの重要性を示しています。これらの教訓は、現代社会においても変わらぬ価値を持ち、次世代の経営者にとっても大きな学びとなるでしょう。塩瀬総本家の歴史と伝統は、これからも多くの人々に影響を与え、尊敬を集め続けることでしょう。

人事としての応用

 塩瀬饅頭総本家の家訓は、六百年以上にわたり事業を支えてきた基本理念を示しています。これらの教訓は、ビジネス運営のみならず、人事管理における深い洞察と価値を提供します。商売の世界から学ぶことは多く、人事の領域においてもこれらの教訓から多大な教訓を引き出すことが可能です。以下に、人事の視点から塩瀬饅頭総本家の家訓に学ぶべき点を検討してみます。

顧客対応の教訓から人事への応用

 塩瀬饅頭総本家の家訓「買人が気に入らず返しに来たら売る時よりも丁寧にせよ」は、顧客対応の金言です。人事において、この教訓は従業員との関係構築に等しく適用可能です。従業員が持つ不満や問題提起に対して、人事部はただ対応するのではなく、理解し、尊重し、そして可能な限り対応策を講じる必要があります。この姿勢は、従業員の満足度を高めるだけでなく、彼らのエンゲージメントと組織への忠誠心を深めることにつながります。

素材の重要性と人材の質

 「材料を落とすな、割り守れ」という指導は、製品の品質を維持するための基本です。人事管理に応用すると、企業文化や業務プロセスにおける「素材」、すなわち人材の質の重要性が浮かび上がります。優秀な人材を確保し、彼らの能力を最大限に引き出す環境を整えることは、組織の成功に不可欠です。このプロセスにおいて、人事部門は採用、育成、評価、キャリア開発の各段階で質の高い「素材」を確保する役割を担います。

日々の振り返りと成長

 「今日一日の事」で示された教訓は、個人と組織の日々の振る舞いを反省し、成長するための基本を提供します。人事部門は、この考えを組織文化に浸透させることで、全従業員が毎日の業務を振り返り、学び、成長する文化を育てることができます。また、正直さ、謙虚さ、そして感謝の精神は、リーダーシップの発展にも不可欠な要素です。

経済性と倹約の精神

 「繁盛するに従って益々倹約せよ」という家訓は、成功しても謙虚でコスト意識を持ち続けるべきであると教えています。人事部門にとって、この教訓は、効率的な人事戦略を実行する上で重要な指針となります。人材育成プログラム、福利厚生、採用プロセスなど、組織内の各活動においてコスト効率を考慮し、資源を有効に活用することが求められます。

初心の重要性

 「開店の時を忘るな」という教訓は、常に原点に立ち返り、初心を忘れずに物事に取り組むべきだという考えを示しています。人事においては、新入社員のオリエンテーション、キャリアの各段階でのサポート、リーダーシップの育成など、始まりの瞬間に特別な注意を払うことが、長期的な成功の鍵です。初心者の目を持つことで、新鮮な視点が生まれ、組織全体のイノベーションに繋がります。

競争と協調のバランス

 「同商売が近所にできたら懇意を厚くし互に励めよ」という家訓は、競争相手との健全な関係を築き、共存共栄を目指す姿勢を示しています。人事の領域では、これは社内での健全な競争文化の促進と、チームワークや協力の重要性を強調することに他なりません。個人の成果を認めつつも、チームとしての成功を最終目標とする文化は、組織全体の成長と発展を促します。

まとめ

 塩瀬饅頭総本家の家訓は、時代を超えてビジネスと人事の両方に適用可能な普遍的な価値と教訓を提供しています。これらの教訓は、組織の文化、戦略、日々の運営に深く影響を及ぼし、持続可能な成長と発展のための強固な基盤を築きます。人事管理においてこれらの教訓を生かすことで、組織はより強固なチームワーク、高い従業員の満足度、そして最終的には顧客満足度の向上を実現することができるでしょう。

600年以上の歴史を持つ伝統的な日本の和菓子店の哲学の本質を捉えています。現在の会長を代表する女性店主が、お客様と敬意を持って交流し、商品を丁寧に扱っている様子が描かれています。背景には、世代を超えて受け継がれてきた家訓と原則を象徴する古い巻物や書籍があり、豊かな歴史と伝統的な価値観を示唆しています。温かい光に照らされた古い店内には木製の内装があり、伝統的な和菓子が並ぶ棚と、さまざまな年齢のお客様がいて、感謝の心、誠実さ、そして職人技とお客様への深い尊敬が伝わる雰囲気が漂っています。


1日1話、読めば思わず目頭が熱くなる感動ストーリーが、365篇収録されています。仕事にはもちろんですが、人生にもいろいろな気づきを与えてくれます。素晴らしい書籍です。




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