拘り 自分らしくとは

大学2年生

なんとなく過ごした1年生とは対照的に、2年生になってから意識が変わった。

なんとしても試合に出なくてはいけないと、試合に出れなかったら早稲田に入ってラグビーをしている意味もないと感じるようになった。
この年に人生がかかっていると思った。
相当な危機感を感じていたのを覚えている。

先輩たちが凄いのは入学前からわかっていたが、2年生になり、その年に入部してきた1年生がかなり凄かった。(後々考えても凄いメンバーだった)

そんなメンバーの中、今年試合に出ないと人生が変わってしまうというほどに意識が変わった。

とはいえ、自分と同じポジションには五郎丸さんがいる状況で試合にでれる機会を得るのは難しい状況だった。

そんな状況が、「自分が試合に出るにはどうしたらいいか?」考えるいいきっかけとなった。

【周りがすごすぎて試合に出られないかも、というピンチがその後の人生を左右する新しい考え方に出会う大事な転換期となった】

それまで、高校の時はそれなりに活躍の場があって、自分の役割はエースで、大学でもエースになりたいと思っていた。

しかし、先輩も後輩も実力者ばかりの環境に身を置いて、「世の中エースになれる人間とそうでないタイプの人間がいる、自分はエースに慣れないタイプの人間だ」と察した。

そうなると考え方を変える必要があるなと感じた。

役割で選手を分けるとしたら、エースという役割に拘っていたら試合に出れない。
そこを狙っていたら一生試合には出られない。
それならば、自分にできることはエースの選手たちのつなぎ役になる事、凄い選手たちがより活躍できるような役割に徹したら試合にでれるようになるのではないかという結論に至る。

エース達のつなぎ役になるためにできる事…
良いコミュニケーションをとる
いいボールをエース達に回す
エース達が気持ちよくプレーするにはどうしたら良いか
ということを考え実践していた。

もはや試合にでれるならばポジションにこだわりも無く、どこでもなんでもやりますという意思を伝え人生で初めて13番をやってみることに。
ポジションがどこ、というよりはエースを引き立たせる為のつなぎ役である、という意識でプレーしていた。
その意識でやっていたら、うまくいくことが増え、試合で使ってもらえ、ゆくゆくはそのまま公式戦にも出場できて結局その年の公式戦には全試合フルタイム出場した上にトライする回数も多くあった。
自分はつなぎ役に徹していたつもりが、結果的にエース級の働きをすることができたと実感できた1年であった。

何か一つのことや形に頑なにこだわる事も大切だけど、考え方を変えて違う取り組み方をする事で目標を達成する方法をその時に学んだ。

1年生の時はどこか受け身であったが、2年生では自分がやらないと、なんとしても試合に出ないとという想いが出てきた事、それによってポジションやそれまで思い描いてきた自分の役割から一旦離れて考え方を変えて取り組めた事は
その後から現在にかけて柔軟に色々な考え方をできるようになったきっかけの出来事になった。

自分のこれまでの人生の中で相当大きなターニングポイントになったし、当時思っていた通り人生がかかっていた年だと思う。


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