カタカナ英語の「コミュニケーション」と英語の「communication」は別存在である

日本人が指す「コミュニケーション」と「communication」は意味が違うものとしてみたほうがいいな。
嘘だと思うなら、身近な英和辞典をひいてcommunicationの訳を見ればよい。伝達、連絡、(相互の)意思疎通、交際、取引、通信手段などとある。相手に、何を伝えて理解してもらえれば意思疎通となるので、なぜ、このことに悩むのか。
おそらく、他人へ話して、反対されたことに対する反論ができないから、自分はしゃべれないやつ、と内にこもる。
別に人間はしゃべれないやつと自分をそうとらえようが、しゃべる必要がなければ、しゃべらなくてもよい。
つまり、日本人が指すカタカナ英語の「コミュニケーション」とは明るく活発なはきはきした人、それくらいの意味だと思っておればよい。しかし、そうなるとADHDはコミュニケーション力があると勘違いされかねない。何しろ多動で、よくしゃべるし、人によっては詐欺師のように口がうまいADHDも存在する。
企業は、そういう詐欺師タイプADHDと面接して、採用してしまったりするのだろう。
「コミュニケーション力」がある、と。

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