見出し画像

■小学校編(いっちねんせい)

■小学校編

通っていたのはいわゆる過疎校。
※全児童8人 先生3人(校長先生、先生二人)

レンガ造りの平屋だて 複式学級でしたね。
塾ですよね(笑

中学生の時に、この学校は廃校になってしまいました。
※家賃5千円で貸し出しているって後年聞きました、
いまも貸しているのかは不明。

就学前編で少し話しましたが、家から小学校までは6Km
今考えると、なかなか、小学1年にはえぐい距離ですね。

春、夏、秋(雪がとけて雪が降るまで 5~10月いっぱい位)は自転車で通学、
冬 歩き(片道2時間)でした。

とある事がありスクールバス通学に変更になる
後ほど話す★1を参照

そーそー補足:この学校の校長先生が2年に1回変わりました
こんな感じだったと記憶してます
1,2年時の校長;曲者
3,4年時の校長;曲者(親と超仲わろし これが後に大変の事に・・・・・
5,6年時の校長;いい先生
※過疎校なので、とっても癖のある校長がくるみたい 所感
親ともめていなくなるの繰り返し

担任の先生
1~4年まで同じ先生:すごく苦労人だった様だがいい先生
なんか、気に入られて大人になってから数回あってます。
親は未だこの先生と連絡をとっている様
5、6年;同じ先生(大学でたての先生、この先生が柔道をやって
いて後に柔道を始める事になる
姉が初めて卒業生との事で姉の事を可愛がる

●1年生編 友達は100人できない(笑)

無事入学、同級生が出来る(「たま」ちゃん女子)
※ちびまるこちゃんの玉ちゃんじゃないよ

横のお宅(1Km位離れた家 (笑))には1つ上のねーちゃん、
5軒先のお宅(3K位離れた家(笑))には5こ上のにーちゃんがいて
姉も含め4人一緒に小学校に通ってました。

たしか入学してすぐ(2週間ぐらいだったかなぁ)、父弟家族が引っ越し
※就学前編をみてね

雪が解けるまでは歩きで通学、
夏場は自転車。

Episode6 いっぬに・・・・

確か秋だったと記憶
校長宅で飼っていた、いっぬ(スピッツ)に右手を噛まれた。
親に病院につれていってもらった。

校長の家は学校に直結していた、たしか給食がまずくて
残した給食をやろうとして噛まれた記憶がある。

2頭つがいで飼っていて、雄がスピッツ、雌がシェパードかなんかの雑種
わが家で、このつがいの子をこの前の年にもらい受けていた。
※この犬は高校2年の冬に亡くなる、悲しかった。
友達が近くにいないおいらには心の友の様に小さいときは感じられていた。
しろい犬、今おもうとソフバンのお父さん犬みたいな感じだったといえば
想像できる? かわいいでしょ!!

とくに何事もなく冬まで過ぎる
※まー 雨風に負けずによく通ったもんだと思います。
(宮沢賢治やん)

※給食は町の給食センターでつくり、何校かあった過疎校
たしか8校位に運んでもらっていた

Episode7 兄大丈夫かぁ ★1

確か 12月の初頃だったかなぁ、 兄が通学の帰りの途中で交通事故で入院。
(記憶では、自転車に乗っていて トラックに引っ掛けられたみたいな話だったなぁ)
無事退院(2~3週間)

兄は自転車に乗ってバス(スクールバス乗り場)まで行っていたが
その帰りにトラックに引っ掛けられたらしい
※中学校は20Km先だったので中学生はバス通学だった
そもそも、冬に自転車だめだったらしいけど道も凍ってアイスバーンだった記憶がある。

なぜか、おいらがトラックにひかれた事になっていたのは笑い話。

この事故が後に、小学校通学者全員をスクールバス通学となる
きっかけに・・・・
兄に感謝 感謝。

Episode8 冬場の通学路 なぜに

1月、2月には当時は道北でも結構な雪が積もっていた(今は不明)
通学は徒歩なので、夏場は通れない 山の中なども通れる訳だが、
なぜか、姉たちは、通学の途中に山の中などを寄り道して学校までいく。

しかも、出発は6時15分位(しかも真っ暗 )、
当然ながら起きるのはそれよりも前なので
5時30分とかだった記憶がある。

こども心に真っ直ぐいきゃあ、
あと、20~30分ぐらいは遅くていいのにと
思っていたが、心に中に秘めていた。

まー面白かったけどね 山歩き

Episode9 冬場の通学路の途中

学校にいく途中で結構大きめな川があり、橋を通らなければならない、
冬場はこの川が凍るのだが、ここで、すごい光景をみる。

結構なカルチャーショックだった。

なんと、橋の下に大量のごみ(空き缶、空き瓶) その他のごみもあった気がする。
昭和50年代 大量消費の波が北の国 北海道まで・・・・
今はすててないやろな!!

あの大量のごみはどんぶらこっこと海までいったとさ。
はぁこりゃこりゃ。

あと、偶に「荒巻鮭」道路に落ちてた
トラックで運ぶ途中で落ちたんだろうなぁ

Episode10 冬場の帰り通学路で

稀に、トラックの運ちゃん(気のいい人)が乗せてくれる事があった。
ほんとに稀、親には誘拐とかあるから乗るなっていわれてたな、
こんな、貧乏農村の子供をさらっても金なんか、ないわって思って
車に乗ってたけどね(笑)

ある日の帰り道、トラックの運ちゃんに乗せてもらえた、
且つ、3人(となりの家のねいちゃん、姉、おいら)にびっくりまんチョコ
みたいなやつくれて家の近くでおろしてもらった。

このチョコが物議を醸す。

おいらは、すぐ食べてしまったのだけど、姉がこの事を親に話し、
おいらは、病院につれていかれる事になった。 姉はたべてなかったので、そのチョコは検査のため病院に提出
まー今、おいらは生きているので普通のチョコな訳なのだけど、
(当時、青酸カリ入りコーラとかの事件が東京とかであった時期だったとおもう)
青酸カリなら即死だわ(笑
このあとしっかり 親に怒られたとさ。

Episode11 冬場の体育

雪国といえば当然、スキー、スケートですよね。

過疎校のこの学校でも当然スキー、スケートはやった。
冬の体育はこれしかなかった。

スキーは学校の裏山、滑る前にみんな(8人)+2(先生)で
踏み固める、これが1時間ぐらいかかる。

そのあと、滑るんだけど当然リフトはないから、下までいったら
また上る、これの繰り替し。 不毛・・・・
まー 中学、高校も変わらんのだけど・・・

町営のスキー場での授業以外はこんな感じだったなぁ。
※1年1回位スキー場に授業でいっていた。

スケート場は、雪が降ったちっちゃなグランドを生徒全員で踏み固め、
先生たちが水をまき、たぶんビニールシートをかけてたと思う? 多分
結構、平な感じで仕上がってたので。

こんな感じなので、そこそこ、どちらもできる様になった。
道具は高いのでお下がりだったけど・・・・

Episode12 雪山でまさかの・・・・

生徒全員と先生全員でスキーで1.5時間位、雪山に入っていき
鍋(確か豚汁)をつくって食べる遠足みたいなのをやった。

スキーは履いてたけど、結構、吹雪いていたし 今思うと「八甲田山」状態、
いま、こんな事したら親から教育委員会に苦情だろうなぁ。

この校長は結構変わりものだったらしく、翌年もやった記憶がある。

まー兄達に聞いたら、この校長の冬の定番行事らしかった。
お菓子(ちょこ)、乾パンとか、なぜか焼き鳥缶ホテイは校長から支給だった(笑)
おにぎりだけもっていったんだったかぁ?思い出せん

思い出すといろいろでてくろものですね、まー1年生の時だけでも結構あった。
ちょっと興がのってしまって仕事そっちのけで書いてしまった、明日は仕事せねば(笑)

今日はここまで、2年生編につづく。。。。。

この記事が参加している募集

自己紹介

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?