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自分だけなら手抜きをしても大丈夫

 

▲ワインの樽

 山奥のユダヤ人の村に、新しいラビ(ユダヤ教における宗教指導者)が着任することになりました。
 村人たちはラビが着任する日に、祝いの宴を開くことにしました。宴の準備のため、シナゴーグと呼ばれるユダヤ教会堂の中庭に空の樽を用意し、前日までに村人それぞれが一瓶分のワインを樽の中に注ぎ入れておくことにしたのです。そしてラビが着任する当日までに、樽はいっぱいになっていました。
 新任のラビが到着すると、村人たちはラビをユダヤ教会堂に案内して、村人みんなで祈りをささげた後、祝いの宴席が準備された中庭へとラビを案内しました。
 ラビの挨拶の後、グラスにワインが注がれました。しかし、どうしたことでしょう。樽から注がれた液体はまったくワインの味がしません。それはまるでただの水のようでした。一体、どういう訳なのでしょう。村の長老たちは新任のラビの手前、戸惑い、恥じ入るしかありません。突き刺すような静寂が立ち込めました。

 すると、しばらくして隅にいた貧しい村人が立ち上がってこう言いました。「みなさん、お許しください。実は、みんながワインを注ぎ入れるだろうから、わしが一瓶くらい水を入れたって、誰にも分らないだろう。そう思ったんです。」
 その言葉が終わるか終わらないうちに、別の男が立ち上がり、「実はおれも同じことを・・・。」
 すると、次々に、「わしもです。」「おれもです」と次々に言いだし、とうとう村人全員が同じことをしていたことがわかったのです。
 
 この話は、「自分一人くらい手抜きをしても大丈夫」という考えをみんなが持ってしまったら、組織はどうなるかということを問いかけています。 
 「自分一人くらい」という考えが広がると組織は崩壊してしまうのです。全員がやったらダメなことは、自分一人がやってもダメなのです。強い組織を作り上げるには、たとえ一人でも絶対に手抜きをしないこと、誰が見ていようといまいと、自分は絶対手抜きをしないという気構えを全員が持っている必要があるのです。 
 
 集団で作業を行うような場面では、責任が分散され自分一人くらい全力を出さなくても結果に大きな影響はないだろうと考える、いわゆる「社会的手抜き」が起こりやすいのです。そのくせ、「みんながやってくれているだろう」という心理から、他者の努力をあてにして、自分はそれにあずかろうとするだけの「フリーライダー(ただ乗り)効果」が生まれることもあります。仮に課題が達成されなくても、自分だけが責任を負うことはないと心のどこかで思うのです。
 こうした思いが積み重なると油断してミスに気付かなかったり、気づいていたけど指摘しにくかったり、どういえばいいかわからなかったりして、結果大きなミス(チーム・エラー)につながることがあるのです。
 
 もし、この逸話において、長老が村人各個人に宴の意義づけと評価を与えておけば防げたかもしれません。人は、自分が集団になくてはならない存在だと思えば、責任を果たそうとするものです。また、最低限のセイフティーネットとして、前日の夜にでも樽のワインをグラス1杯注いで、その味や色を確認しておけば、このような惨事にはならなかったでしょう。

 集団で共同作業をする際には、人数が増えれば増える程、個人のパフォーマンスが低下する現象、すなわち「リンゲルマン効果」が起こりやすいのです。リーダーたる者、目標を明確化し、メンバー間の連絡と調整をしっかり取り、時にはパート(分割小グループ)毎にパートリーダーを中心に、プレゼンなどの中間発表をさせ、競わせるなど、成員のモチベーションを高める努力を怠ってはなりません。書類の場合、途中でダブルチェックやトリプルチェックを入れれば安心とはいえません。チェックの回数が増えれば増える程、1回1回のチェックはいい加減になると考えた方がよいでしょう。ヒューマン・エラーやチーム・エラーを防ぐのが難しければ、人間によるチェックを必要としないシステムを導入するのも良いかもしれません。

▲トリプルチェックの落とし穴

 あの有名な桶狭間の戦いは、25000もの今川の大軍に、わずか3000余りの織田信長軍が、「敵の大将を討つ」という明確な1つの目標に向かって、戦略を立て、好機を逃さず、一致団結して戦い挑んだから勝てたのです。

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