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10年以上毎日続けられる秘訣

前回の記事『目覚めの90秒慈悲の瞑想』でコメントを頂きました。
「10年以上、毎日続けれる秘訣を教えてくださ~い」と。
質問形式でしたのでお返事してみます。

なぜ、続いているのか? え、なんでやろ?
改めて考える機会になりました。
コメントくださった『Praha100』さん、ありがとうございます!

思い起こせば・・・
教わった瞑想を続けようとして、なんども挫折しました。
瞑想会で慈悲の瞑想を教えて頂き、「よし、家できちんとやるぞ」とチャレンジしました。
「毎日、瞑想の時間をとって教わった通りにやろう」そう思っても、意思が弱い私は続きませんでした。そのあとにくる自己嫌悪がまたつらい! 「やっぱり私はダメな人間」どんどん嫌になってきます。

でも、慈悲の瞑想のフレーズは気に入ってます。なんとかやっていきたい。
やっては止め、やっては止めしていくうちに・・・
「完璧にしなくてもいいやん。10分の1でもかまへん、慈しみの気持ちが大事や」と開き直りました。

面倒くさがりの私でも続いてる理由を5つ考えました。

①ついでに➡日常生活のついでに。
②気楽に➡真面目にやらない、負担にならない、止めてもいい。
③私のやり方で➡型にハマらない、自分がやりやすいほうに方法を変える。
④自分が助かる➡自分が求めているものが得られる。
⑤誰かの役に立っている➡少しは役に立っていると思えれば、やる気につながる。

〇オリジナル慈悲の瞑想の①~⑤を当てはめます。(繰り返しますが、本来のやり方からかなり自分流に変えてます)

①ついでに➡朝起きたついでに(90秒ぐらいだけど。オハズカシイ)

②気楽に➡いつでも止めていい気楽さ。やりたくなったらまたやればいい、という軽いノリで。誰にも迷惑かかりませんから。

③私のやり方で➡習ったとおり続けることができなければ、やりやすいように変えていってもいい。10年前と今とでは、年も取ってるし生活環境も変わっています。それに合わして私のやり方にアレンジしていく。

④自分が助かる➡慈悲の瞑想の内容は、「私が幸せになり、願いごとが叶えられ、悩み苦しみがなくなり、悟りの光が現れますように」というフレーズです。そして「私が」の主語を入れ替えて繰り返します。人には多かれ少なかれ悩みや望みがありますから、フレーズどおりなったらいいな、と思えれば自分の助けになります

⑤誰かの役に立っている➡主語は家族や周りの人、生きものたちなど、自分以外への想いも含まれています。具体的に行動を起こしているわけではないけど、わずかな時間そう願っている自分は誰かの役に立っている、といえなくもない。もし、周りで幸せな出来事が起これば、素直な気持ちでいっしょに喜べます。

最後に・・・
もうひとつ、ヴィッパサナー瞑想というのも教わりました。
こちらは、シンプルでずぼらな私でも続けられてます。
座ってるとき、立ってるとき、歩いてるとき、家事してるとき、いつでもできます。

やり方は、自分動きを丁寧に観察して実況中継するだけ。できるだけスローなほうがいいですが、普通のペースでもそこそこ感覚を感じ取ることができると思います。
人間は一瞬の間にひとつのことしかできないらしく、今やってることに集中できます。
私の場合、雑念が消え所作が整ってきました。

興味ある方は、ネットや本で調べてみてくださいね。


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