理容師さん
今年、私は大切な人を突然失った。
20年以上、毎月、髪を切ってもらっていた理容師さんだ。
最後にカットしてもらって、次の月の予約もした日の一週間後に、急病で亡くなられた。
それを知ったのは、次の予約の前日。娘さんからのSMSだった。カレンダーに私の予約があり、お知らせしてくれたのだ。
奥さんと娘さん二人の四人家族。夫、父を突然失った悲しみはいかばかりだろう。
彼は私の兄のような存在だった。友人以上に会っていた。いろいろ話した。家族、仕事、政治、社会、国際、コロナ、女性、人生、あらゆることを。
彼が多く話し、私が聞き、少し話す。
私が調子がよいときも、悪いときも、会って、髪を切り、話す。カウンセラーであり、メンターであり、なにより常に私の味方でいてくれた。
若いころはヤンチャだった。あらゆる面で、私とは真逆なタイプで、うらやましい、そういう人生を歩んでみたかったという人だ。
蒲田で理容室を営む両親の次男。その理容室には、若き日の #ラッツ&スター のメンバーが髪を切りに来ていた。あのリーゼントは彼のお父さんが作っていたのだそうだ。
ラッツより年下の彼は「やっちゃん」と呼ばれてかわいがられていたそうだ。
先日、初めて #鈴木雅之 のライブに行った。
彼のトーク、イントネーション、間、それが、理容師さんと同じだった。
同じ時代に同じ街で生まれ育ち、同じようにヤンチャしていた人たちの話し方なんだな、と思った。
それはちょっとした発見だった。理容師さんの話はもう聞けないが、鈴木雅之の話は聞ける。
きっと世の中には、同じように、誰かの話に誰かの面影を重ねて、彼彼女らの話を聞く人がいるのだろう。
鈴木雅之が言っていた「知らんけど」。心の中でツッコんだ。「イントネーションが違う!」東京の人にはホンモノの「知らんけど」無理なんだなあって。
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