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#33 自分がどのように生きていくのか、自分の頭で明確に考える

仏教というのは、この世の中を正しく観る方法です
どこで仏教を学んだのか、
どうな風に身に付けたのか、聞かれることがあります

何度かお伝えしているように、
仏教は本来、宗教ではありません
誤解されるかもしれませんが、
思想とか観念だけのものではないということです

お釈迦様が35歳で悟りを開かれた
ここですでに、何かすごい存在、
高度な存在になったかのようなイメージを
持たれることが多いです

しかし、悟りというのは、「気づき」です

現在、仏の教えを研究されている学者さんはいます
あるいは僧侶として、修行者として、
仏教的な生活をしようとされている方も、もちろんいます

ですが、仏教を頭で考えるだけ、
または実践するだけでは、本当に学ぶことはできないです
これら二つ共、必要なことです

さらに言えば、仏教はおよそ2500年前に起きて、
それからいろんな国々、
そしてそこの土着どちゃくの考えや宗教、
風習、それらを吸収しながら日本に伝わりました
ですから、それらすべてが合わさった、
この日本に伝来した仏教を学ぶとすれば、
これは非常に難しいです

そもそも仏教を学ぶ、勉強するという本質は、
自分自身が幸福になるためです
幸福というのは、つまり、心の平安です

ここを押さえないと、
いくら毎日お経を唱えたり、経典きょうてんを暗唱したり、
いくら時間をかけて座禅ざぜんを組んだり、
いくら詳細に仏教の歴史を知っていても、
意味が無いとまでは言いませんが、
心の平安に繋がっていきません

私は批判しているわけではないです

誰しもが知っているような有名な寺社仏閣じしゃぶっかく
ここにおられる方々が、みな心の平安を得ているか、
それは決してそうではないです

では、小さいところではどうか、
それもまた、そうではないです
そしてまた、他のところも同じです

確かに、そういった場所に行くと、
伝統もありますし、国宝もありますし、
空気まで違いますので、
お参りされただけでも、心が落ち着きますね

そこでまた、家に帰り、
日々の生活に戻るとどうでしょう?
また心が揺れ、散らばってきませんか?
こうなると、仏教というものが何なのか、
わかるようでわからなくなると思います

たくさんの本も出版されています
ですが読めば読むほど、知識は増えますが、
わからなくなると思います

そこで、「正師しょうじを得る」という言葉があります

簡単に言えば、正しい師を得ようということです

私たちは、自分何か学んで行こうとする中で、
いろいろなものに感化され、
時には間違った道にかれることがあります
だから、ある程度は正しい師に進む道を
教えてもらうことも必要です

ですが最終的には、
お釈迦様が遺言で残されたように、
自灯明じとうみょう法灯明ほうとうみょう

つまり、法、真理をきちんと理解して照らし、
他を、拠り所とせずに、
自らを、自分自身を拠り所として、
自分がどのように生きていくのか、
自分の頭で明確に考えていかないといけません

周りにはたくさんの自己啓発の本、セミナーなどがあります

それらはほとんど、聖書や経典、偉人の言葉の良いところだけ
集めて組み立てられています

出来る限り、下流の水を飲むのではなく、
源泉の水を飲んでほしいです


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