バド・ストーリー (四天王編Ⅱ) (13)
医療ライターの三浦秀一郎です。バドミントンが好きで、小説を書きました。前回の四天王編に続き、四天王編Ⅱを連載します。お読み頂ければ、光栄です。
バド・ストーリー (四天王編Ⅱ) (13)
会場に集まっている観客、応援団、両校の選手の皆は、いま、現実に起こっている神の試練としか思えないこのアクシデントにただただ茫然としている。
「救急車の手配をしてください。早く―」
とレフリー・主審、了解のもと医療役員から素早い指示が出た。県船中央の皆に、過酷なショックが覆いかぶさってきた。
「百花、第三シングルスは、いい―、私の分まで暴れて頂戴。頼むわよ―」
「了解です。任してください―」
救急車の手配は、近くに消防署の本庁があったことから10分程度で到着するという。レフリーは状況を判断し、15分後に第三シングルスを始めると指示を出した。暫くすると、遠くから「ピーポー、ピーポー」というサイレンの音が悲しげに聞こえてくる。救急車が到着すると救急隊員は素早く聞き取り調査を行い、会場から最も近い医療センターに搬送ということを告げた。
志保は、コートの皆に挨拶し、担架移動に身をまかせた。そして、何気なしに二階の応援席に目をやった。するとそこには、あのジージーがいた。親父である。右手で『敬礼―』しながら右左の目から光るものが滴り落ちている。志保は右手を挙げ、Vサインを返した。もうすぐ第三シングルスが始まる。
直前、顧問の川島は皆を集め、こみ上げる熱いものを語る代わりに、訳の分からない台詞を発した。
「みんな、よく聞いてくれ。集中・集中。百花―、お尻のポリポリは気にしなくていいぞ―。しっかりとビデオで撮ってあげるから―。マネージャー頼むぞ……」
部員の皆に大爆笑が起こった。と同時にそれがトリガーとなって、一瞬であったが、百花には「S・C」と「G・G」作戦のプログラムがふうっと蘇った。顧問の川島の一言は、浮足立った部員の皆をしっかりと着地させる効果があったのだ。
「只今から、第三シングルスを始めます。選手はコートに入ってください……」
冷静なコールを放つ主審から、運命のスタートが宣告された。百花の第三シングルスも体力勝負のクリア応酬の試合運びとなった。顧問の川島のミッション通りの展開である。
百花のプレイ・スタイルには、一つの特徴があった。それは、喜怒哀楽が顔の表情に全く反映されないことである。恋愛中の彼からすると全く面白みのない、心の中が全く読めない退屈な女という位置づけであろう。しかし、バドミントン・プレイヤーにとっては実に味のある理想の態度なのである。疲れているのか、どのぐらい体力が残っているのかが全く分からないのである。そしてそれが、プレッシャーとなって相手は崩れていくこともある。
第一ゲームはお互い、基本プレイの確認とフットワークの速さを試すやり取りが見える。百花もじっくりと相手に合わすようについてゆく。第一ゲームの終盤になった。19―18である。カット・ドロップで左スミに落とすとあまいロブが返りそうなタイミングとなった。すかさず、捕えて右奥にプッシュを放った。ゲーム・ポイントになった。
ふっと、引っかかっている何かを思い出した。副部長の知美を市川駅で威嚇した相手はこいつじゃないか、と。メラメラと益々闘志が湧いてくるのを感じた。 つづく