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【月刊 大相撲魅力発見伝】2024年3月号 ~大相撲が持つ番付の重み~

みなさん、こんにちは! ひだまり66です✋
さて、今回が第2回となる本シリーズですが、今後の計画を先にお伝えしたいと思います( ^o^)ノ
本シリーズは基本大相撲の開催月である奇数月の下旬に公開します!
通常の旅行・鉄道関連の記事もあるので、これくらいの頻度がベストかなと思ったほか、やはり場所中や場所終了直後の方が話題性はありますし!
ということで ”荒れる春場所” は本日千秋楽を迎えるところですが、今場所は荒れに荒れましたね・・・
原則としてここでは本場所の論評を書くつもりはないのですが、あまりも異例すぎて触れざるを得ません・・・笑
では、本題に戻って早速まいります! はっきよい、のこった💪
※第1回の記事はこちらから▼

①大相撲基本知識 ~よく聞く番付って?~

大相撲を語る上で欠かせない制度のひとつが番付です。
サッカーで言えばJ1、J2、J3の関係に少し近いかもしれませんね⚽
日本のサッカーはレベル別で3つのリーグに分かれますが、大相撲には6つのリーグがあると思ってください!
レベルが高い順に 幕内>十両>幕下>三段目>序二段>序の口 となります。中でも幕内というリーグには四天王のような特別な地位が定められており、これらをまとめて ”三役” と呼びます。レベルが高い順に 横綱>大関>関脇>小結 となります。
小結の下は前頭と呼ばれ、1~17くらいまで(その時々で多少変動あり)付番され、数が小さいほど高レベルです。
さらに他のスポーツではあまり無いのが、東西でランク付けされることです。前頭以下は同じ数字に2人いることが多く、同じ数字の場合は東に記載されている力士の方が格上となります。
文字で書くと難しいですが、おそらく実際の番付表を見れば一目瞭然でしょう 笑
令和6年の春場所の番付を例に見てみましょう▼

横綱~小結までが三役(大相撲公式アプリ)
前頭は数が少ない方が格上(大相撲公式アプリ)
十両以下も構成は一緒です(大相撲公式アプリより)

見方は至って簡単で、今場所の場合は格上力士から順番に照ノ富士、霧島、豊昇龍、貴景勝、琴ノ若・・・と続きます。
左上から始まって、交互に下に視点移していくと自ずと序列が成り立っていくのです!笑
ちなみに紙の番付表はこんな感じです▼

知り合いの現役力士が毎場所郵送してくれます(*^_^*)

ここまでで既にお分かりかと思いますが、常に全く同じ地位の力士はいないので、大相撲の世界は完全な "縦社会" なのです。そのため、日々力士たちは少しでも上の番付にいくため日々精進し、切磋琢磨しているはずです。
では、その番付の昇格・降格はどのように決まるのでしょうか?
基本は毎場所後に審判部の親方衆の間で開催される ”番付編成会議” にて決定します。全15日間の開催ですので、8勝7敗以上(勝ち越し)で昇格、7勝8敗以下(負け越し)で降格となります。ただ、その上がり幅や下がり幅は番付周囲の力士の成績も考慮しながら編成されるため、明確な決まりはありません。同じ8勝7敗でも1枚しか番付が上がらない時もあれば、3枚以上上がる運のいい力士もいます。要するに番付の昇降はその時の運次第ということもあり、「番付は生き物」とすら言われています・・・😅
※ちなみに厳しいようですが、怪我や病気による休場に関しては全て敗戦扱いとなってしまいます。
例外として大関、横綱のみ昇進時の目安があります。
大関昇進は ”三役で3場所連続在位で計33勝”、横綱昇進は ”大関で2場所連続優勝、またはそれに準ずる成績” と言われています。しかし、明確な決まりはありません。あくまでも目安なので、他の条件も考慮した上で最終的には決定します。
逆に、大関の降格基準は ”2場所連続の負け越し” です。負け越したら降格になってしまう場所は ”角番” と呼ばれます。
一方の横綱には降格がありません。一見すると楽な世界に見えるかもしれませんが、裏を返せば ”勝てなくなった時点で即引退” ということです。
すなわち、一番責任が思い地位が横綱なのです!

②大相撲の魅力発見! ~大相撲は日本の国技である~

突然ですが、相撲の起源ってご存じですか?
天覧相撲ってことは明治時代? それとも古典落語に登場するから江戸時代?
いえいえ、実はもっと昔の ”平安時代” と伝えられています😲
それも宮廷が全国の力人を集めて相撲を取らせることで、五穀豊穣を祈願したことが起源だそうです。

大相撲公式HPより

後の鎌倉時代になると、武家で戦闘訓練の一環としての相撲が奨励されるようになります。中でも源頼朝が上覧相撲を定期的に開催していたとか。
戦国時代を代表する織田信長はかなりの相撲好きだったようで、相撲を勝ち抜いた力士を家臣にしたという説もあるようです。

大相撲公式HPより

江戸時代になると各地で勧進相撲が行われるようになり、相撲がついに職業として確立しました。
※勧進とは寺社修築等の資金を募るために行われた興行形式。
それから100年以上経った今でも、多少ルールや制度の改定はありつつも、相撲は原型に近い形で残っています。まさに日本の国技ですね😏

大相撲公式HPより

これからの100年も日本が誇る伝統文化を継承してゆくことが、力士と我々相撲ファンの使命ではないかと感じています。

③力士紹介(各力士の紹介で推し力士を見つけよう!)

最後のコーナーでは現役力士が筆者が知る範囲内の過去の力士も含めて人物紹介をしていきます。
相撲に限らずですが、”推し”ができるともっと楽しくなること間違いなしです!
今回は筆者が尊敬する現役力士である第73代横綱 照ノ富士関を紹介します。
第1章で触れた通り、横綱という番付は全力士の頂点です。

■照ノ富士春雄

日本相撲協会公式HP 力士プロフィールから引用

所属部屋:伊勢ヶ濱部屋
出身地:モンゴル ウランバートル
年齢:32歳(2024年3月時点)
身長:192cm
体重:176kg
優勝回数:9回(2024年3月時点)
最高位:横綱

日本相撲協会公式HP 力士プロフィールより

2024年3月現在、横綱に在位しているのはこの照ノ富士関、ただ1人となっています。
この方、相撲好きの方には有名な話ではありますが、”どん底から這い上がった力士”なのです。
経緯を簡単に記すと、照ノ富士は大柄な体格や腕力を活かして順調に番付を駆け上がり2011年の初土俵から僅か4年の2015年には早くも大関に昇進しました。ここまでは順風満帆の相撲人生を送っていましたが、同年に右膝の全十字靱帯と半月板を損傷する大けがを負ってしまいました・・・
その後も何とか強行出場を続けていましたが、膝の古傷に加えて内臓疾患・糖尿病も患ってしまい、不調・休場を繰り返し、ついには序二段まで番付を下げたのでした。
もちろん、大関経験者が序二段で相撲を取る前例はなく、本人も何度も師匠に引退を願い出たとのことでした・・・
しかし、師匠は「それを考えるのは怪我と病気を治してから」と何度も説得を続けて、元大関のプライドを捨てて、序二段から復帰して再び番付を徐々に戻していき、2020年の7月場所に30場所ぶりの幕の内最高優勝を果たすという前代未聞の出来事が起きました。
しかも、復活劇はそれだけでは終わらず、2021年5月には大関復帰、同年9月になんと横綱昇進を果たしたのです。
筆者も復活優勝を果たした際や横綱昇進の際は涙腺崩壊しましたね・・・💦
この奇跡の復活劇の裏側は照ノ富士関の自叙伝である「奈落の底から見上げた明日」で詳細が書かれていますので、みなさんも是非手に取って読んでみてください▼
(ちなみに筆者は夢中になって、1日で読破してしまいました 笑)

照ノ富士関の自叙伝

そんな横綱照ノ富士関ですが、古傷の膝に加えて近年は腰も負傷していて常に満身創痍で戦っているのが見て取れます・・・
とは言え、先場所も4場所連続休場からの復活優勝(通算9回目)を決めて、周囲から囁かれていた引退説を一蹴しました!
何度でも這い上がる、横綱の不屈の精神に心を打たれる人は多数いることでしょう。
本人が常々目標として口にしている二桁優勝に向けて、今後も全力で応援していきたいと思います😎
記憶に新しいものとして先場所(令和6年初場所)横綱が9回目の優勝を飾った本割+優勝決定戦を紹介します!

照ノ富士関が73人目の横綱なので、次は74人目ですね!
とは言え2021年以降、もう2年以上新横綱が誕生していません・・・
照ノ富士と並ぶ横綱が早く現れることを期待しましょう!

🖐それでは、本日は打ち止め〜🖐