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あなたのこころをもう一つだけ

「私の胸に手を当ててみてよ。」
「めっちゃあったかい。気持ちいいけれど、少し暑い気もするわね。」
「そうかな?まあいいけど。今日も話聞いてくれてありがとう。」
「気にしないで。みっちゃんの話聞くの、私好きなの。」

いつだったかは覚えていない。そもそもこの生活がいつからはじまったかなんて、私にだって分からない。いつの間にか私の心に棲みついている。

彼女は、なぜここにいるの、という気さえ感じさせない、そんなオーラが出ていた。ここらへんで話しておくが、私はごくごく一般的な幼稚園児である。だが、私の心の成長は早く、今、ここで同じ組の子たちがけんかしているのを、可愛いな、と微笑ましく見ているところなのだ。可愛いな、と思うだけで私は何もしない。ただその経過をじっーと眺める。
うはっ、楽しい。
私の周りの子たちが変な目で見つめてくる。なんだよっ、とニヤニヤしながら振り返ってやるが、彼らはもう私なんか飽きてしまい、とっとと別の遊びをしだす。子供って単純。組の先生が「さぁ、お休みの時間ですよぉ。」と言い、部屋に入ってきた。


私、小畠みのりは今日も彼女と話をしている。
楽しいと言われれば楽しいのだけれど、なぜ話をしたいと思うのか、未だに分からずにいる。話す内容だってくだらないことだし、同じひまわり組の子たちの観察記録しか盛り上がる話題がない。彼女はただ私の話を聞いてくれるだけだ。彼女は何のために私の話を聞いているのだろう。

昔。かといって3~4年前だったか、ある絵本を読んだ記憶がある。なんだったっけ、なんかとても大切にしていたように思うのは、気のせいなのだろうか?それすらも思い出せなくて、私はつくづく嫌になる。



突然始まった彼女との生活が、突然終わった。彼女が私の心の中から、いなくなった。彼女と最後に話したこともまた、思い出せないくだらない内容だった。それでも彼女は、私の話に楽しそうに耳を貸して聞いてくれた。彼女が話の最後にこんなことを言った。

「みっちゃん、私の名前教えてなかったよね。」

そう、私は彼女と何度も話していたのに、名前すら聞いていなかったのだ。私はむなしい気持ちで、「うん。」と弱弱しく答えた。
「みっちゃん、ひどーい。ちゃんと教えてあげるから、聞いておいてね。いい?私の名前はさき。」「覚えといてよ。絶対だよ。」
それが彼女(さき)が自分から話した最初の言葉で、この言葉でさきと会えなくなるなんで思っていなかった。

あの出来事から、何かが私の心の中でうごめいていた。私が忘れている何かがある、とそう思った。中学生となった私は、母に昔何があったのか聞いてみた。私が忘れているものは?早く教えてほしい、早く。

私が聞くと、母はとても驚いた表情をした。なんで、今更そんなこと聞いてきたの?と言いながら母は私に話してくれた。


私が生まれる前の話だ。

ひとつ。私が生まれる少し前に、5歳年上の”さき”という名前の私の姉が横断歩道を渡っているとき、自動車に轢かれて死んだ、ということ。
ふたつ。”さき”は生まれてくる妹のために沢山の絵本を作って、病院で母と一緒に読み聞かせをしていたこと。
「ぐちゃぐちゃで何を描いてるのか、私にははっきりわからなったけど、一生懸命に”私の可愛い妹に見せてあげるんだ”って張り切ってたわ。あの頃は凄く楽しかったのよ。」と、母は涙ぐみながら話してくれた。

なんだ、さき、私の姉はずっと傍にいてくれてたんだ。思えば、さきと話をするようになったのはちょうど私が5歳に時だった気がする。なんだよ、もうちょっと早く言ってよ、さき。私、分からなかったじゃない。お母さんともずっと話したかったんじゃないの?ねぇ、答えてよ、いつもみたいにほら。みっちゃん、聞きたくてしょうがないのよ。お願い。

そうじゃない。私の心の中でいつの間にか消していたのかもしれない。
ごめんね、さき。みっちゃん、忘れてた。何回も、何回も、話聞いてくれたのにね。
今なら分かる。私の生活に突然入ってきた彼女は、さきは、私に思い出してもらえなくても、私と一緒にお話ししたかったんだと。生まれてくることを楽しみに、楽しみに、待ってた妹はどうでしたか、お姉ちゃん。
生意気でびっくりしましたか?お姉ちゃんは、私とお話し出来て嬉しかったですか?また、いつでも来ていいよ。私、待ってるからね。
そう、語りかけてから、さきが現れたことはない。私が、死んだ姉と同い年だった、あの時間だけ、さきは私に会うことを決めたのかもしれない。
でも、いつでも待ってるよ。
私の発達しすぎた心は、今、ようやく落ち着きを取り戻しつつある。

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