日記 夜のこと

 環境が変わったり大きな転機があるとストレスで夜に吐き気を催すタチの悪い私の体は高校入学のころからその能力を存分に発揮。
 私が素晴らしい快眠ライフを送ることができる可能性は限りなく低いと悟っている。

 そうなれば、起きている夜の時間をいかに充実させるかが肝となる。

 東京は眠らない街だと噂で聴いていた。というか父が言っていた。かなり昔に。

 そうなると東京への期待は非常に高まる。今まで全体の360°見渡すと180°は山景色みたいなところに身を置いていた。
 それがビルの照明が消え去らなくて夜になってもなんとなく空が明るい東京は真逆の位置にある。やはり、東京が東京であることには東京なりの理由があるんだと思う。

 そして今年の春からいざ東京。

 しかし、これは個人的に感じたことだけれど、大学生のとき過ごした片田舎の街より東京の夜の方がよっぽど死んでいることに気づいた。

 大学生のころ、夜中に散歩に出掛けるのが好きだった。特に一、ニ年生のころは日付を回っても友だちを呼び出しては歩いた。お互い苦手な季節ははっきりしていたので、夏には私がよく誘い、冬には友達が私を家から引っ張り出してくれる。
 きっかけは飲み会後に大学のグラウンドに行ったことだった。どこよりも星が綺麗な場所だった。正直エモいと思っていた。エモいという言葉如きに包められて堪るかとも思っていた。

 警察に補導されることもあった。なんとなく困り眉で愛想笑いしてごまかしてどうとでもなった。
 なんなら自主的に警察に行くこともあった。23時ごろ、全然交通量のない横断歩道に落とし物が散らばっていたので拾って届けた。スマホだと思って拾ったのはiPodで、今どき使うやつがいるのかあと思いつつ、警察官と私と友だち、3人ともがそれほど絶対的に必要なものではなかったと気づきちょっと変な空気になった。
 パトカーで家まで送ってくれると警察は言ってくれたが、気まずいので断った。
 あのときもしかするとパトカーに乗る人生で唯一のチャンスだったかもしれない。


 東京に来て、星が見えなくなった。それが当たり前だと分かっていて残念がる気持ちもない。

 終電も思っていたより早かった。他人と一緒にいても12時ごろには別れを告げなければならないこの状況をうまく利用できず、寂しい気持ちがいつも残る。
 すべてが徒歩圏で(というか無理やり徒歩で辿り着いていたしいざとなったら友人に車を出してもらっていた)制限のなかった街より窮屈な気がする。

 東京に来て一緒に歩くような友だちが近所にいなくなり、一緒にいるのは専らヘッドフォンくらいだったけど、駅から家までの暗い道はそれさえを外して帰る。危機管理能力◎の生活でまったく面白くない。

 今現在27時にこれを書いているけどやっぱり面白くない。

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