すずめの戸締まり(新海誠) 感想
(ネタバレを含みます)
個人的に、新海誠監督の最高傑作だと思う。
「君の名は」「天気の子」に続く「すずめの戸締まり」
まだ見てない方はぜひ、映画館へ足を運んでほしい。
環さんと鈴芽、鈴芽とダイジンの関係
お互いの思いをうまく理解できないが故の葛藤、衝突、和解、希望
そのどれもがリアリティに満ちていて、綺麗事では済まさない作者自身の熱い思いが作品を通じて伝わってきました。
東日本大震災が関係するため、賛否両論分かれるかもしれませんが
本作で鈴芽が旅をした、宮崎・愛媛・兵庫
いずれも、南海トラフで大きな被害が出ると予想されている地域です。
そこを加味すると、震災から目を背けてはならないのだと強く思います。
思ったことを全て書くと、明日の仕事に間に合いそうもないので一つだけ。
草太のおじいさんの病室に訪れたとき
草太を助けるために後ろ戸を開こうとする鈴芽に「あなたは、怖くはないのか?」
そう尋ねたおじいさんに鈴芽が「怖くなんてない。生きるか死ぬかなんてただの運なんだって、私、小さい頃からずっと思ってきました。でも、草太さんのいない世界が、私は怖いです!」と答え、おじいさんが大きく息を吐いて「ハッハッハッハッーー!」と笑うシーン。
このシーンの裏には「天気の子」が関係しています。
「天気の子」のラスト間際のシーンで、陽菜は神隠しによって消えてしまい帆高警察に追われているという状況で現れた須賀さん。
彼は神隠しなど信じていないので実家に帰らせようとしますが、帆高が「もう一度、陽菜さんに会いたいんだ」というと、須賀さんの顔がアップで映し出されて「ハッ!」という表情をして、いきなり帆高の味方をし始め、警察から逃がしてくれました。
須賀さんが「陽菜さんにもう一度会いたい」という気持ちに共感したから帆高の味方をしたわけですが、
須賀さんは奥さんを亡くしていたため、帆高の気持ちが理解できたと解釈できます。
草太のおじいさんもきっと、奥さんを亡くしていて(震災が原因かもしれない)
愛する人がいない世界を生きているからこそ、鈴芽に共感できたのだと思います。
僕はこれまでの人生で、東日本大震災の津波で町が飲み込まれる映像ほど衝撃的な映像を見たことはありません。
当時、小学校5年生だった僕は「命って意外とあっさり亡くなってしまうものなんだな」と思った記憶があります。
表現が適切かどうかわかりませんが、昔レゴで遊んでいて、できた作品を壊すあの感覚に似たものを感じました。
あんなにも時間をかけて作ったものがものの数秒で壊れて、無くなる
命の儚さとは比べ物になりませんが、鈴芽の「生きるか死ぬかなんてただの運」という言葉。
津波を経験し、運よく生き残った鈴芽と運悪く亡くなってしまった母
その過去があるからこその考えなのだと思います。
我々は自力で生きているわけでも、支えあって生きているわけでもなく、もしかしたら運よく生きているだけなのかもしれません。
運よく生き残ったという前提の上で、自立し支えあってるのだと考えます。
南海トラフが近い将来起こることは、確定です。
自然に人間は勝てずとも、備えることはできます。
17歳の鈴芽が5歳の鈴芽に言ったように「あなたは光の中で大人になっていく」「私は、すずめの、明日」
未来は明るいです。
絶望を感じていても、必ず朝が来て、夜が来てを繰り返して
その中で大人になっていく。
やはり「すずめの戸締まり」は新海誠監督の最高傑作だと思います。
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