怪談琵琶湖一周より「ただいま」GWver.
「まくら」と合わせてエッセイに近い話になっています。GWver.ではそれぞれまくらを省略してアップしていますが、これはそのままお読み頂こうと思います―――。
中学からの悪友にYという男がいる。
その日、私とYは体育館の裏の土手の斜面に寝転がって馬鹿話をしていた。放課後にのんびりしていたということは、部活を引退した三年生の秋だったのだろう。まあ、それにしてもずいぶん昔の話になる。
どんな会話の流れだったのかは忘れてしまったけれど、Yがふと
「俺、兄貴がいたんやけど、俺が小三のときに死んだんや」
と言った。
はじめて聞く話だった。
私とYは別の小学校で中学で一緒になった。だからそれまでの出来事には知らない事もあって当然だが、三年間いちどもYの口から、あるいは他の誰からも聞いたことがなかったのである。Yには年の離れた弟がひとりいるだけだと思っていた。
隠すつもりはなかったがわざわざ言うこともないだろうと思っていた、とYは言った。
「兄貴は小六のときに、琵琶湖で小さな子が溺れているのを助けようとして、自分が溺れてしもたんや」
言葉をなくした私にYは
「でもな、その小さな子は助かったんや」と続けた。
Yも私も優等生とは真逆に分類されるタイプの生徒だったが、私はYが心根に持つ男らしさ、正義感のようなものを認めていた。
だからこそ友人として親しくつき合ってきたともいえるのだが、それがYの元来の性分に加えて、兄貴に恥じるような事は出来ない、という中学生だったYなりの決意に基づいていたことを知って、そのとき深く納得したことを憶えている。
秋風が吹く季節になるとふと思い出す、その時にYがしてくれた話をしようと思う。
題は、言うまでもなく今、私がつけた。
―――ただいま―――
Yのお母さんが夕飯の支度をしていると、玄関の前で自転車の音がした。
キキーッ。 (と、勢いよくブレーキを掛ける音)
そして、
ガッシャン、ガチャ。(と、スタンドを立て、スタンドをロックする音)
生活音にもリズムや音色がある。まさしくいつもと同じリズムと音色だった。
「あっ、〇〇帰って来たわ」
お母さんはYのお兄さんが遊びに行っていた琵琶湖から帰って来たのだと思った。
ところが、お兄さんはいつまで経っても家に入って来ない。
「また琵琶湖で何か捕まえてきて、外で大きなバケツにでも移してるんやろか」
やがて夕飯の支度を終えたお母さんは、痺れをきらして玄関に行き、引き戸を開けた。
「はよ、ご飯やで。家に入り!」
けれども、そこにお兄さんの姿も自転車も無かった―――。
何分もしないうちに、大家さんが血相を変えてYの家に駆けこんできた。
(当時はまだ固定電話が無い家が多かった。借家の長屋ならば尚更である。用事のある先方は、近所の電話を引いている大家さんなどの電話のある家に掛けて、相手を電話口に呼んでもらう「呼び出し電話」というものがあった)
テレビを見ていたYは、大家のおばさんとお母さんの悲鳴のようなやり取りを聴きながら、ただ震えていたという―――。
追記。
そんなY氏もいまでは優しいお祖父ちゃんです。
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