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怪談実話「誰? (娘視点)」

 ワタシの娘(学生、とだけさせていただく)が語ったあの日の体験である。記憶をたぐりながらの話しだったため、細かな時系列の乱れについては、文章として読みやすいようワタシが多少の修正を加えた。
 ワタシ自身も娘の話を聞くことで新たに思い出したり気づいたりしたこともあったが、本編に反映することのないように努めた。ワタシが不要な情報として先の「誰?」には書かなかったこともある。それらはまた別の機会に考察とともに記してみたいと思う。
 改めてということになるが、ワタシも娘もこうした体験は初めてである。どの角度から考えても理屈では納得できない部分が多く、可能な限り客観的に詰めていきたいという思いはあるものの、混乱が混乱を呼んだということも否定できないし、それぞれの小さな思い違い、勘違いが増幅されてこのような現象として現れたと考えられなくもない。
 したがって、ワタシ自身、今回のこうした現象を100%肯定するものでもない。限りなく生々しい怪談実話としてお楽しみいただければ、低空飛行モノカキとしては十分だと思っている。
 ひとつの出来事に対する異なる視点ということで、先のワタシ・ヴァージョンと併せてお読みいただけると、面白いと思うーーー。


『誰? 娘視点』
 祖父が入院しているので、昼間は祖母が付き添っています。祖母は普段病院までバスで行ったり来たりしているのですが、父か母の都合がつくときは、送ったり迎えに行ったりします。時々私も付いて行きます。

 あの日は、祖母がいつもより少し遅くまで病院にいて、父が車で迎えに行くと言うので、私も一緒に行くことにしました。
 夜の七時を回っていたので、私たちは夜間の小さな入り口から入りました。私は診察時間が終わった外来の薄暗いフロアは気持ち悪い気がして、苦手なのですが、看護師さんやスタッフの人が何人か歩いていたので少し安心しました。
 エレベーターには父が先に乗り、〇階のボタンを押しました。
 祖父のいる〇階に着くと、父はいつものように祖父の病室に向かいました。私も普通にその後ろを歩いていきました。
 ナース・ステーションでは十人以上の看護師さんが忙しそうに働いていました。あとで祖母に聞いたところでは、今、研修中の新人看護師さんが来ているとのことでした。
 父が「看護師さんって、大変そうやな。でも、なんかカッコ良いよな」と言いました。
 私は「うん」と言いました。
 祖父の病室※※※号室に着くと、父が先に中に入り、私が後から付いて入りました。四人部屋ですがとても狭いので、父がベッドの角に立つと私は奥に入れずに、入り口あたりで立っていました。

 四台ともベッドに灯りが点いていませんでした。病室全体が不自然に暗くて、なぜかとても気持ちが悪い感じがしました。
 祖父のベッドもきっちりとカーテンが閉まっていました。
 父がカーテンを少し開けながら「来たで」と言いました。 
 カーテンの隙間から祖父が寝ているのが少し見えました。父の背中越しなので、腰から下くらいしか見えませんでしたが。
「ばあさんは? どこか行ってるんか?」
 と、父が二、三回言いました。
 祖父が答えたかどうかは、聞こえなかったのでわかりません。
 祖母がベッドの横にいないのだな、と思いました。

 父は「ばあさんは?」と何回か言ったあと、カーテンをもう少し開けました。
 暗い中で祖父が布団をかぶって寝ているのが見えました。すると、
「あっ」
 という声が聞こえました。
 父の声ではなかったので、祖父だと思いました。私は祖父が目を覚ましたのだと思って、父の後ろから一歩ベッドに近づきました。 

 そのとき、寝ていた祖父が、がばっと起き上がりました。とても手術が終わったばかりの人とは思えませんでした。
 たとえて言うならば、寝てはいけない場所に横になってウトウトしていた人が、誰かに注意されて「あっ、すみません」と飛び起きた、そういう風にも見えました。
 暗かったので祖父の顔は見えませんでしたが、上半身を起こした祖父はベッドの上であぐらをかいて「なんですやろ」と言いました。
 私は、祖父は父や私のことがわからなくなったのだろうか、と少し怖くなりました。

 すると、父が慌てたようすで
「すみません、部屋を間違えました」
 と言いいました。 
 ---え? 部屋間違えたん?
 私はびっくりして、ベッドの上の人をよく見ようとしました。
 暗くてあまりよくわかりませんでしたが、祖父ではない、違うお爺さんのように見えました。やはり部屋を間違えたのかと思いました。

 父は、何度か「すみませんでした」と謝っていました。
 そして父は早く部屋を出ようという感じで、私の腕を軽くつかんで廊下の方を向きました。
 病室を出る間際に私はもう一度ベッドの方を見ました。
 すると、そのお爺さんはベッドの端の方まで移動していて、いまにもベッドから降りようとしているように見えました。ベッドの下のスリッパを探しているようだったのです。

 病室から出たら、すぐに私たちは病室の番号を確認しました。
 でもやっぱり、いつもの祖父がいる※※※号室でした。
 父がひとつ前の病室と、ひとつ後ろの病室にそっと入り、入り口辺りからベッドを確かめました。そしてさらに入り口にあるネームプレートを見ました。
「どっちも女の人や。お婆さんや」
 と言いました。
 私も父も、もう一度※※※号室に戻って中を確かめる気にはなれませんでした。祖父と違う人がいたのですから。

 私と父は、とりあえずスタート地点のエレベーターの前に戻りながら、何度も
「道順、合うてるよなぁ」
 といいました。
 そして、幼稚園の子どもでも迷いようのないような、エレベーターから※※※号室までを二度ほど行ったり来たりしました。
 首をかしげながら何度も通る私たちを見て、ナース・ステーションの看護師さんは不思議に思ったと思います。

 父は談話室の前まで急いで行くと、祖母に携帯電話を掛けました。
「部屋を替わったのならなぜ言うてくれんのや……とにかく迎えに来てくれ」と小声で話しながら、少し怒っていました。
 私は父に
「階、間違ってないよなあ」
 と言いました。
「それならそれでありがたいわ」
 と父は言いました。
 エレベータの扉の上に大きく数字が書いていて、階も間違っていませんでした。
 父は、少し焦ったような顔をしながら、おかしいおかしい、と言っていました。私も何が何だかわからなくなりました。
「最初、ばあさんは? とか言うたときは、間違いなくじいさんやったんや。それが、むくっと起きて『なんですやろ』て言いよったあたりから、どんどん別人に変っていったんや」
 父は言いました。
「そう言えば『なんですやろ』って言葉、私も聞いたけど、じいじの声と違ごたような気がしてきた」
 と、私は言いました。

 しばらくすると、祖母が「いったいどうしたん?」と言いながら、談話室に来ました。
 父が今あったことを祖母に話しました。
「キツネにつままれたみたいな話やなあ」
 と祖母は言いました。
 祖母について行った病室は、さっき父と入った※※※号室でした。
 ベッドには灯りが点いていて、祖父は眠っていましたーーー。

 父と祖母と私が帰るとき、〇階にエレベーターが到着して扉が開きました。父を先頭に乗りこもうとした瞬間、ブザーが大きな音で鳴って「緊急停止します」というようなアナウンスが聞こえました。ドアが勢いよく締まり、全てのランプが消えました。
 すると、館内放送でエレベーターの異常が放送されました。電気関係の人や病院スタッフがバタバタと慌てていました。
 10分くらいして動き始めましたが、一階の火災報知機の誤作動だったそうです。
 もし、もう数秒早く三人が乗り込んでいたら、私たちはエレベーターの中に閉じ込められていました。
 
 


 

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