ドリーム・キャッチ  (にぎやかな静寂)

 何年か前のこと。
 何気なくテレビのバラエティー番組を見ていたら、男性ばかり六、七人の出演者が横一列に並んでフリー・トークをする場面があった。すると、お笑いグループのメンバーのH.Kが、自分の位置から歩き出して、突然共演者のひとりの股間をぎゅっと掴んだ。
 その共演者(誰かは忘れてしまった)は、前を両手で庇いながら、ぐっと腰を引いた。そして膝を曲げてお尻を後ろに突き出したいわゆる「いや~ん」のポーズで、「なにすんねん!」と叫んだ。彼は素で驚いたように見えた。
 目をむいて怒る(H.Kの行動を笑いに変えた)共演者に、H.Kはすました顔で「ドリーム・キャッチ」と答えた。
 ぼくはあまりの馬鹿馬鹿しさに(揶揄や皮肉ではなく)「小学生か」と大笑いしてしまった。
 H.Kは一瞬にして、その場のトークも、前後のコーナーも、バラエティー番組も、テレビという概念をも破壊して見せたのである。(台無しにしたという意味ではなく)

 ぼくは同時に、このドリーム・キャッチを喰らった男は、権力も社会的地位も財力も関係なく皆同じように「いや~ん」のポーズになってしまうのだろうな、と思った。そして何人かの偉い政治家や国家的権力者、だけど、個人的にあまり好きでないの人の「いゃ~ん」ポーズを想像して、ふふっと笑ってしまった。
 古より「笑い」(ギャグ)というものは、そうした権威など物ともしない、途轍もない破壊力を秘めたものなのである。
 H.Kは天才なのか、ただのアホなのか。
 とにかくぼくはものスゴイ衝撃を受けたのだった。

 しばらくして、タイミングが良いのか悪いのか、当時中学二年生だった息子がそばを通りかかった……。
 次の瞬間、息子が「いや~ん」のポーズになったのは言うまでもない。
「お父さん、なにすんねん!」
「ドリーム・キャッチ」
「???  何がドリーム・キャッチやねん……」
 息子は最初のうち怒っていたが、やがて笑い出した。そして、
「おもろいやん。……明日、やまたつ(仮あだ名)にしたろ」と呟きながら自分の部屋に戻って行ったのだった。

 翌日の夜、ぼくは息子に「やまたつにドリーム・キャッチしたったんか?」と訊いた。「うん」と息子。
「怒りよったやろ」
「最初はな。でも、なんやねん、て訊きよったから『ドリーム・キャッチ』や、て言うたらめっちゃ笑ろとった。ぼくも昼休みにやり返されたけどな」
 息子は楽しそうに言った。

 なんとなく予想はついていたのだが、その日からドリーム・キャッチが息子の友人たちのあいだで流行し始めたという。

 ぼくは息子を呼んで諭した。
「あのな、ドリーム・キャッチは、気心の知れた本当に仲の良い者どうししか、やったらアカンのやぞ。そういうのが苦手な人とか嫌いな人に無理やりしたら、ぜったいアカン」
 息子は「そんなこと、言われんでもわかってる」と言う。
「ドリーム・キャッチはな、そのフリをするだけでも十分効くんや。だから、ほんまにギュッとキャッチせんでもええんや。ていうか、したらアカンのや。ドリームというのはそういうもんや」
「何言うてるかわからんけど、お父さんの言いたいことはわかってるって。ほな宿題するし」と、息子。
「……あっ、女の子にも絶対したらあかんぞ」
 息子の背中に向かってぼくは言った。

 
 次の標的は学校に何人かいる若い男性教師だった。
「〇〇君が××先生にドリームキャッチしたら、先生、泣きながら笑いながら怒ってはった」
「△△先生も、なにすんねん!って怒りながら廊下でコケて笑ろてはった」
―――気の毒なことをした。

 ふと、新聞の見出しが脳裏をかすめる。
『中学生(14)逮捕! 学校内で校長(59)にドリーム・キャッチ!』

 えらいこっちゃ。

 はたして。
 ぼくの心配をよそに、息子たちのドリーム・キャッチ・ブームはあまりのナンセンスさ故か、わずか三日程で終焉を迎えた。

 リアル中二だった息子たちは、やがて三年生になり、高校受験を経て現在それぞれの進路に向かって羽ばたいている。

 ある子は単位制の高校に進み、ライブ・ハウスのスタッフとして働きながら中学から続けているドラムの練習に励み、この春、全国ツアーを展開するバンドのドラマーとして抜擢された。
 またある子は、超進学校に進み、食事の時間も惜しんで勉強に励んでいる。
 スポーツに励む子もいるし、いままさに、夢を探している途中の子もいる。
 そして息子は運動部とギターとゲームに夢中という、ごくごく普通の高校生である。

彼らがいつかきっと見せてくれるであろう、本当の「ドリーム・キャッチ」が愉しみで仕方ない―――。


追記。
件のH.Kはテレビ局か事務所の偉いさんから大目玉を食ったのか、即刻ドリーム・キャッチを封印したようである。 良かったような寂しいような。

 
 

 

 

 

 


 

 
 


 
 

 
 
 
 
 
 

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