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あの日の飴ちゃん。

 年末になれば他のことでいろいろと忙しいだろうからと、机まわりの掃除と整理をしたら休日がほぼ一日潰れてしまった。
 机の引き出しにはいろんな物が乱雑に放り込まれている。まずは中身を全部机の上に出してしまってから、再び整理収納する物と破棄する物とを選別していった。なぜこんな物を大事そうに残しているのかと思うような紙切れや、ごみのような物が山ほど出てきた。
 机の引き出しには、ミニカーやガチャガチャやキーホルダーなど、子どもの頃からずっと持ち続けている宝物もどきばかりを入れる段がある。
「この中の物はなにひとつ捨てるわけにはいかんのだ」と、誰もなにも言っていないのに、決意を固めて整理に挑む。ところが、固い決意とは別のところで案の定と言うかいつもどおりと言うか、それらで遊んでしまい気づくと半時間ばかり経っているということが、今回もあった。
 宝物もどきの中には、どこで拾ったのかも忘れてしまった石ころや、息子が幼稚園の頃にいっしょに作った泥団子もある。ぴかぴかに仕上がったそれは、自画自賛的に捨てるには勿体なくて、引き出しの中にかれこれ十年ほど仕舞い込んである。何かの拍子に表面が割れたらと思うとかなり怖ろしいのだけれど。

 引き出しの隅っこに、一個の飴玉を見つけた。
―――そうそう。これは……。
 てのひらにのせて転がすと、ひとつの小さな思い出がふと浮かび上がった。

 ある年の八月。とても暑い日だった。
 趣味のひとつである「京都ぶらぶら歩き」をしていたぼくは、京都駅近くのお東さん(東本願寺)の前で、韓国から来たという家族連れに道を訊ねられた。
 三十代半ばの男性がひとりと女性がふたり、そして小学校の一年生くらいの男の子という四人連れだった。女性のどちらかが男の子の母親なのだろうと思われた。
 女性のひとりがガイドブックの一頁を指さしながら「ショウセイエン」の場所はどこですか、と流暢な英語でぼくに訊いた。見ると、ハングル文字ばかりがびっしり並んだ中に「渉成園」という漢字があった。なんだかほっとした半面、ぼくは渉成園の場所を知らなかった。
 ぼくは「ごめんなさい、ぼくもわからないのです。でもちょっと待っていてください」と拙い英語で言って、客待ちをしているタクシーの運転手さんに訊きに走った。はたして、渉成園は東本願寺のすぐそばだった。なんどもその前を通ったことはあるのに、そこがそれだとは知らなかったのだ。

「すぐ近くですから途中までいっしょに行きましょうか?」
 ぼくが言うと、彼女はお国の言葉で礼を言った。
 道すがら英語で日本の印象を訊ねてみた。
「とても美しいと思います。古い文化も町並みも残っていて素晴らしい」
 でも少し暑すぎます。と彼女は笑った。
「京都の夏はとくに暑いのですよ」
 ぼくはそう言いながら、盆地という単語が思い浮かばないことを悔やんだ。
 もうひとりの女性は
「日本の人はあなたのように皆親切です」と言い、街の清潔さをさして「ベリー・クリーン」と絶賛していた。

 渉成園の入り口の近くの四辻で別れ、ぼくは四条の方に折れることにした。
 男性と男の子は少し距離を空けて、ぼくたちの後をゆっくりついて来ていた。男の子のペースに合わせていたのだと思う。
 女性たちはそのふたりを待ちながら、四辻でぼくに手を振ってくれていた。ぼくは振り向き振り向き手を振り返しながら歩いていたが、後のふたりが追いついたのを機に、前を向いて歩き始めた。

 五十メートルほど歩いただろうか。
 後ろからぱたぱたという足音が聞こえてきた。
 脚を止めて振り返ると、さっきの男の子が息を切らして立っている。
「サンキュー・ベリー・マッチ」
 男の子はそう言うと、その手に握りしめていた一個の飴玉を差し出した。ぼくにくれるために走って追いかけてきてくれたのだった。
「サンキュー・ベリー・マッチ。アリガトウ。アリガトウ」
 ぼくはそれを受け取ると、恥ずかしそうに微笑む男の子の手をとってしっかりと握手をした。彼の小さな勇気がたまらなく嬉しかった。
「ヨイタビヲ! ハブ・ア・ナイス・トリップ」
 ぼくが言うと、男の子はきょとんとした顔でぼくを見つめていたが、やがて二、三度胸の前で小さく手を振ると「バイバイ」と言って、全速力で家族のもとへ駆けていった。

 八月の終わり。
 ぼくはその飴玉を机の上に眺めては、黒いセロファンの包み紙に記されたハングル文字を意味を想像し、包みをほどいて匂いを嗅いでは、コーヒー味かあるいは黒砂糖の味なのかと考えた。
 けれども、勿体なくて口に放り込むことができなかった。

 そして未だに。


―――思いたって、この出来事がいつのことだったのか、日記をひもといてみた。すると平成十三年。なんと十四年も前の夏の出来事だった。

 あの男の子は、あの夏どんな絵日記を書いたのだろう。
 そして、現在どんな青年になって、あの日本の夏を思い返しているのだろう。

 ヨン様も少女時代も流行るずっと以前の思い出ばなし。

 

 
 
 

 

 
 

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猫と小説と旅とロックを愛す昭和38年男/ 第四回「幽」怪談実話コンテスト優秀賞/滋賀芸術文化祭賞・小説部門

コメント9件

ユキノフさん、ありがとうございます。 ぼくは難しいことが書けないので、小さい子が「あのね、それでね、それからね……」と丁寧に懸命に伝えようとする感じ(姿勢)と、その間合い(リズム)のようなものを少しだけ意識しています。ユキノフさんにそのように言って頂けてマジ嬉しいです。
かねきょさん、引き出しの中はガラクタばかりなのですが、こんな風にひとつひとつに思い出があって、なかなか捨てられないのですよ(笑)
悠河さん、あの男の子も、勇気を出して日本人のおっちゃんに飴ちゃんをあげたら、ぎゅっと握手された、ということを心のどこかに憶えていてくれたら嬉しいのですが。
MA3さん、さすがに今さら食べようとは思いませんが、不思議とベタベタ・ネチョネチョ状態に至ることもなく、貰ったときのままの現状維持中です。ある意味奇跡です(笑)  でもおっしゃるとおり、これからも大事に残しておくためにも、ジプロックに入れることにします(^.^)
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