街の誰かと〜けれど、妄想「愛だろ①」
また、見られている。
わたしも、ついつい見てしまう。
あの人は、必ず、わたしのレジに並ぶ。
12時までのタイムセールが終わった店内。
このスーパーには、ほぼほぼ近所の人が来る。
郊外にあるここは、大きな駐車場はあるけれど、たぶん近所でも車で来る人が多い。
歩いてやって来るのは、老人たちだ。
見慣れた顔の客は多いけれど、話をしたことはない。
わたしも子どもの頃からこの街にいる。
父の記憶はない。
母はわたしを十九歳で産んだ。未婚で。
この街に来たのは、わたしが三歳の時らしい。
母は自分の両親と仲が悪かった訳ではないけれど、自立したかったようだ。
母は会社に勤めながら、わたしを育てた。
貧困ではない生活だったけれど、裕福でもなかった。
わたしは、衣料品チェーンのお店の服を着て、靴流通センターのスニーカーを履いて、小学校生活を過ごし、友だちも特に作らず、小学校も無遅刻無欠席で通学した。
毎日、宿題も真面目にしていたけれど、満点は取った事がない。だから優等生というわけでもなかった。
別にイジメにもあわず、暗くもなく、ただ淡々と日々を過ごした。
それは決して苦しい日々ではなかった。
中学に入っても、それは変わらず、スイッチを切らない限り同じリズムで回っている換気扇の様に、毎日が過ぎた。
クラスメイトと話すようにはなったけれど、友だちとして遊んだ事はなかった。
朝、起きて母と朝食を摂り、自転車で中学に通い、普通に会話し、普通に笑い、勉強をして、部活もないから、下校時間に帰り、母との夕食を準備した後は、宿題をしながら、母の帰宅を待った。
特に夢はなかった。
高校でも、今まで通り、特に勉強に力を入れることもなかった。大学に行く気はなかったから。
部活もせず、帰宅する時に、友だちとファストフードに寄ったり、カラオケに行くような事もなかった。
母にも、ああしろこうしろと言われた事もないし、そんなに怒られたこともない。
やりたいことを聞かれることもないから、こちらからも話さない。
親子関係が悪い訳ではない。毎日に変化が無さすぎて、あまり話すこともないのだ。
好きなものは何か?これもあまり聞かれたことはない。
自分でもよくわからない。
高校を卒業して、コンビニでアルバイトを始めた。
店長が、しつこく誘うので、すぐに辞めた。
次に勤めたガソリンスタンドで彼氏が出来たけれど、すぐ別れた。
わたしは、つまらない人間らしい。
掛け持ちで始めたスーパーでの仕事が、人不足で、そちらのシフトが多くなった。
いまは、スーパーだけで働いている。もう十年になる。
あの人が、今日も、わたしのレジに並んだ。
あの人の視線に気づき始めて二年。
いつ連絡先を聞かれてもいいように、ポケットにメモをいつも忍ばせている。
「あの、連絡先聞いてもいいですか?」
「前から、ずっと話したかったんです」
「彼はいますか?友だちになりたいです」
「今度、食事に行きませんか?」
わたしはお会計を済ませた。
「いつも、ありがとう」の一言だけ、あの人は言って、今日も去って行く。
友だちを作って、友だちと喧嘩して、仲直りして、先生に怒られて、母に褒められて、誰かを好きになって、誰かと喋って、誰かに怒って、誰かを傷つけて、誰かと夜を過ごして、心ときめかせて、傷ついて、落ち込んで、また恋をして。
ずっとずっと妄想している。
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