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ガム小説 #1 不器用な話

母はとても不器用な人だった。
とはいえ、手先はとても器用。なんというか、生き方が不器用であった。

忘れもしない、僕の中学校の入学式の日。母は午前中に荷物を受け取らなければならなかった。何故その日に受けとらなければならなかったのか、何故日にちをずらせなかったのか、僕にはわからない。ただ、再配達を許さない母はその日入学式に行けないと言い出し、父はそんなことがあるかと怒り出し、僕は入学の緊張なんてすっかり忘れて呆れ返っていた。結局電話をして配達の方の便宜を図ってもらったのだけど、僕はワクワクドキドキ入学式!という気分はもうそっちに行ってしまって、入学式後、荷物を無事受け取りほくほくしている母を生暖かい目で眺めていた。

「ほら、あなたのよ」母は言ったが、僕に向けられているものとは気づかなかった。僕はしばらくして、「え?」と返した。
「あなたの。これはあなたへ。」母は荷物を差し出した。それは銀色に光っていた。ラップトップであった。
「あれ、え」戸惑った。「これ、かなりいいものじゃない。」
「そうなの、頑張ったのよ」母は胸を張って見せた。これは照れ隠しだな、すぐにわかった。母は不器用であった。
「そっか」僕は少し強張った顔をしていたと思う。僕も随分と不器用であった。
「ありがとう」
言った途端、母の肩の力が抜けた。その分、饒舌になり、
「あなたが調べていたの知っていたわ、据え置きもいいけれど持ち運びできないと不便でしょう。何がいいか考えたんだけど、結局分からなくて職場のSEに聞いたのよ。結局高いのが無難かなと思ってね。それでね、最近のものはすごいのね、」まだ話している。

面倒になって受け取った段ボールからラップトップを取り出し始めた。迷惑そうな顔をできているだろうか。思春期真っ只中の僕は気になってしまう。母の温かな不器用は非常に厄介で、例に漏れず息子の僕も不器用であるから困りものである。


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