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動く密室の中で

伊坂幸太郎の『マリアビートル』は『グラスホッパ―』の続編とされる作品であり、新幹線という密室の中で起こるアクションサスペンスを描いた小説である。元殺し屋の木村は、幼い息子を重篤にした中学生の王子に復讐するため彼が乗った盛岡行き東北新幹線に乗る。また腕の立つ殺し屋である蜜柑と檸檬は、裏社会の大物の依頼を受けて誘拐された彼の息子の身代金を盛岡に運ぶためまた同じ時間の新幹線に乗る。運がない殺し屋である天道虫は、相棒である真莉亜より簡単な仕事だから引き受けろと言われて、東京駅から同じ時間の東北新幹線に乗り、トランクを奪って上野駅で降りる仕事を受ける。それぞれ3組の殺し屋たちは自分たちの危機を脱するため、王子は大人たちを翻弄するため、密室の新幹線内で様々に行動を起こしていくが「たまたま」同じ東北新幹線に乗り合わせたそれぞれが思わぬ形で交錯していくことになる。

私がこの本を読んで思ったことは、行きつく暇もなく興奮できるということである。動かない部屋の密室と、周りの状況が変わっていく新幹線の中での密室では受け取るスリルが段違いであるからである。また1対1の話ではなくそれぞれ3組の殺し屋が絡み合うという状況にも面白みが詰まっている。また『マリアビートル』を原作としてブラットピットが主演を務めた映画『ブレット・トレイン』では描かれなかった各キャラの心情や思惑が原作では詳細にしかしそれを面白く描写されているのも魅力のひとつと言えるだろう。

私が特に印象に残っている台詞は檸檬が蜜柑に対していった「俺は自信過剰だったことなんてねえよ。過剰じゃない。俺の自信は過不足なしだ。」という言葉である。このセリフからは今後起こることが夢にも思わないであろう檸檬の伏線的台詞でもある。しかしこのセリフから檸檬の100パーセントの自信を感じ取ることが出来る。また『幼稚園児が知っていても、大人が知らないことはあるんだよ』という真莉亜の台詞である。ミスで「こまち」に乗ってしまった真莉亜の言葉であるがより深い意味を持っている気がした。

これらのセリフに引かれたのは、ただその状況を指して言うことではなく、一癖ある伊坂幸太郎的ワードの力であると私は考える。伊坂の小説に登場するキャラの言い回しにはどことなく心に残る点がちりばめられている。それは作中のキャラを通して読み手に優しく刺さる伊坂特有の言葉選びが大いに関係していると考える。それは、また伊坂の本を手に取りたくなるような特別な力を持っているように感じた。

 また伊坂幸太郎の作品の中では『砂漠』、『アイネクライネナハトムジーク』は必読である。是非。

参考文献・・伊坂幸太郎『マリアビートル』(2010.9 角川文庫)

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