メモ

朝一番から来てたのかな
机の上にカップが3つ
1時間ごとに一杯ずつ違うものを頼んでいたとしたら
律儀な人だなぁ
なんて思ってたら
習い事終わりの嫁と子供が来て
そりゃそうか
って
朝の妄想これにて終了
クリームあんぱんを頬張りながら
これまたチャコの習い事終わりを待ちながら
四十九日
審判が下される日だそうで
結局何だったっけって今調べた
母の時はやったんだっけ
多分やった
やった?
それさえも朧げ
浄土真宗だったからちょっと意味合い違うんだけれどね
まぁいわば人の心の節目とされる日なのかもな
なんて
死んでからもあの世で審判受けるなんてたまったもんじゃぁないな
なんて
母は早々に転生の希望を出したのかな
その姿を思い浮かべるとまた少し笑える
あの世に想いを馳せる
想いというよりか妄想か
ちょっと母が色々審判する側に言ってるのを想像してまた笑えるんよな
クリスチャンだったら話しは違ってくるから
あんま意味のない日なんだってのもわかってんだ
結局生きている人たちのためのものなんだって
改めて思うな
どの宗教であれ
死すればみな同じ
けれど幼い頃からの宗教観は
無宗教の私にでも案外根付いているもんだから
それはそれぞれ
それぞれの祈りを
それぞれの形で
想いは変わらないから
さぁ
今日も生きよう
今日を生きよう
魂がどこにあってどこにいくのか
結局まだわからないんだ
けどね
あるんだよなぁ不思議と
魂を感じるために生まれて来たのかな私
思えば
亡くなってから知って好きになる
ってのが
あるなぁ
それは関係あんのかな
まぁいいや
トイレ行こう

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