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ありがとう、ヤなことそっとミュート  ~2022.6.26 YSMSIX TOUR FINAL~

はじめに

noteにまとめるとか、ちゃんとした形で現体制ヤナミューに言及するのは、これが最後になります。

4人のメンバーは、ヤナミューメンバーとしてのSNS更新をすべて終了しているので、彼女たちへのメッセージはここにありません。伝えたいことは、伝えきったし。(まあ「好き」「凄い」「尊敬」ぐらいしかないんだけど)
なのでこのnoteは、オタクや世間一般と「共有したいもの」として書きます。面白くはないかもしれないけど、これで最後。

皆さん。ヤナミュー現体制、終わってみてどうですか?息、できてますか?
普通に暮らしながら、時々は思い出すっていう人も、あの日から何かずっとうまく呼吸できないみたいな人も、いるかもしれませんね。どっちが良い悪いではないし、すっかり忘れてピンピンしてるぐらいが健康的だよなあとも思っています。
僕?僕ですか。息はしてるし笑えてるし、元気・元気!(←?)オタクも続けてますしね。

なにしろヤナミューが、あの日たくさんの幸せをくれましたから。心の底から、綺麗な形で終われたと思ってるので。その点に関しては何の悔いもないです。(後から聞くと、当日、人によっては色々災難があったみたいで、それは本当に気の毒に思います。)

最後のnoteで、2022年6月26日、現体制終了ライブの事を書きます。
その前に、「どんな立ち位置からそれを書くのか」を。

これは推しメン(間宮まにさんの事。以下同じ)も、一分動画で同じような事を言っていたんですけど。
現体制終了の知らせがあってから、しばしの虚無のあと、混濁した頭で思ったんですが、コロナ禍があろうと無かろうと、その中でどう動こうと遅かれ早かれヤナミューは、必ず「終わりを迎えていた」んですよね。

どれだけ強度があって、どれほど愛されたとして、形あるものならいつか朽ちるじゃないですか。星だっていつか爆発したり、燃え尽きたり。ましてやこの時代のアイドルだし。
そういう事じゃないと、おっしゃる方もいるでしょう。それも解るのですが、それに拘泥すると、見落としてしまうことがあるんじゃないかなあ。「コロナ憎し」は間違いないけど、コロナ禍において、ある種の側面が浮き彫りになって、そういう事からうまく行かなくなって、そっちなんじゃないかと思っています。もちろん、仮にでこぼこでも、流れさえ澱まなければそのまま進んでいくものだということは、理解しているつもり。

僕個人としては、今回の現体制終了と、例えば悔恨や後ろめたさ、そうした負の感情と、結びつけて考える必要はないと思っているし、実際そういう顛末とは受け止めていません。仮にご自身のムーブとか発言とか、そういう事で悔いておられる人がいるとしたら、「そんな(オタク一人のあれこれでどうにかなるような)もんじゃないですよ」とは言っておきたい。

まあ「別の世界線」はめちゃくちゃ想像した。しましたよね?
Afterglow ツアーとか。いろんな街を、一緒に旅したかったなあ。
でも、もう無いですし。世界線が違ったとあきらめるしかない。
現実の世界線にだって、さいたま・宇都宮・名古屋・大阪と4か所巡ったYSMSIXツアー、エクストロメ福島、aquarifaツーマン、ベルミュー、そんな底抜けに素晴らしいものがあったし。悪いもんではなかったですよ。それは絶対。

2021年1月、「遮塔の東」が初めてステージで披露されてから、いつしか僕はこう思うようになっていました。
「こんな美しいものが、永遠に続いていくはずがない」
と。これは逆説ですが、「あれほど張り詰めた光を放つ存在が、永遠なわけない」という。道理というか、諦め。

そう思ってしまうぐらい、このグループについては、自分の気持ちを付託することが出来"すぎ"てたなと。そりゃ依存て言われるな。

「こういう存在が、どこかに他にいるはず」と期待する事自体間違いなんだろう(あくまで僕にとっては)。空白を埋めてくれる存在は、これからも現れると思いますが、「ヤナミューの代わり」は存在しえない。そういう意味で、軸みたいなものは探していないです。「無い」ので。

そうまで思わせてくれた人たちの最終公演。

——————————YSM SIX TOUR FINAL

ここに彼女たちの全てがある。
ここでしか、もう追えるものがない。
彼女たちの足跡はここで途絶える。

(そんなのってないよ。どこまでも行けたはずなのに。まさかこんな。いつの間にか、遠く離れた場所に来てしまっていた。もう取り戻せない。悔しい。離れたく)

泣き言を言っていては、前に進めないんですよね。

当日、いろんなオタクに会えました。彼らの顔を見ると、笑顔でも泣き顔でも、どちらとも言えない表情でも、それぞれがそれぞれの表情をしていました。「自分一人ではないんだな」そんなもので、かろうじて繋ぎ止められていました。
2022年6月26日。川崎CLUB CITTA。
行きましょう、最後の旅路です。

interlude

どんな音で始まるのかと思ったら、あれ?
……なんかヤナミューっぽくない。ラストっぽくない。打ち込みじゃん。
でも、むしろそれが心やすくて、不思議と期待感が高まる。開幕エモまりすぎて、気持ちがグラグラしてしまうより良い。

流星

いきなり新曲やんけ!!!
けっこう展開が目まぐるしく変わる曲なので、最初はスッと入らなかったんだけど、繰り返し聴くうち、この明るさに救われる自分が見えてきたり。なんとなくオサカナを思い出したり(だいぶ違うけど)。”流星”はやっぱり、アイドルのことを示唆してるんだろう。ヤナミューらしいな。

morning

最後のmorningか…と思いながら見た。メンバーは笑顔。
ラストの推しジャン、会場は満員で隣の人との間隔が狭く、うまく飛べない。まだどんな気持ちで見ていいか、正直分かんないし、実感も湧かない。本当に最後?

1曲目が新曲、2曲目が『BUBBLE』の最初の曲という事で、無意識に先の流れを察した気がした。その流れは次の曲で確信に至る。

Lily

導入カッコいいな〜!(※どんなだったか、これを書いてる今は思い出せない)

この曲には大変な思い入れがあるし、今まで散々味わい楽しませてもらった曲なのだけれどもしかし、しかしながら。
大きなワンマンでは必ず披露するような、間違いなくヤナミューのアンセムだったしもちろん格好良かったんだけど、公演全体を通して見た後で「この曲がこんなに霞むことある?」という感想を持つほど、印象が薄かった。
変な話、例えば6年かけて、普段目立たなかったあの曲あの曲が、Lilyのようなアンセムに"打ち勝った"、記念すべき公演と言えるんじゃないかとも思う。そんな日が来るとは思わなかったし、そういう意味でも後から感じるものがあった。

Just Breathe

(個人的な話、この曲だと確信した瞬間「良かったね!」という思いで、広い会場のどこかにいる某オタクを想ってしまった。イントロが流れた瞬間、喜びのあまり崩れ落ちて泣いてしまうような人だったので。)

ヤナミューにハマった頃、自分的には惹かれなかったというか、さして印象の無い曲だったんだけど、オタク人生通してどんどん好きになり、歌詞ともども、なんて心を勇気づけ、うち震わせてくれる曲なんだと思うに至った。大サビで、こうやって拳を振り上げるのも最後だなあ。

Reflection

タフなベース音が唸り出す。
これこれ———っ!!!これがなきゃヤナミューのワンマンライブは始まんないぜ—————っ!!と言う感じの、沸々と湧き上がる熱量。
そして、マジでここで燃え尽きるんじゃないかってくらい渾身の、なでちゃんの「リフレクショォォ—————————ンッ!!!
(もしまだ未聴の方は、ぜひともクラファンの音源で確認していただきたい。間違いなく過去一の咆哮、魂の叫びです。)
このエネルギーというか咆哮に打ちのめされ、この日初めて目に涙が滲む。

結晶世界

BTBの中では沢山披露されてる一方で、どこかセトリに溶け込まない独特な印象を抱いていた曲。しかしながら、これはもう「結晶世界、ついに完成したな……」と思わざるを得ない、圧倒的な迫力・殺気。磁界を飲み込んでいくような存在感と質量。カッコ良すぎる……これ過去一だろ……

こんなスピード感の中、最初の

MC (part 1)

 (ラストライブのMCというだけで身構えてしまう……)けれど、「最初なので簡単に。」というなでちゃんに、ホッとさせてもらった。
このパートのMCの内容はあんまり覚えてないんだけれど、間違えてなでちゃんにインタラプトかましてしまい、二度目ましてのあやたすが可愛いかったり、推しメンの「目が!目がァ!」という寸劇(寸劇ではない)を楽しんだりしたのを覚えてる。

ここで「次にやる曲はバンドセットが初披露で…」みたいな注釈が入る。率直に言うと「そんな曲あったっけ?」みたいな、脳内を検索しても全く引っかからない状態。しばらく聴かないうちに、すっかり忘れてしまってたんすよね。この曲。
「聴いてください、

"Phantom calling" 

おわあ!!!

全く予想してなかった……。いま聴くと、めちゃくちゃ"ヤナミュー曲"だな。披露された当時、史上もっともチャレンジングな曲だと感じたものだ。(その後さらに上を行くようなチャレンジ曲が、いくつか披露されることとなった。そんなに前のめりじゃなくて良くない?も少し常道で良くない?と思う事も、無くはなかったけど。)
でも分岐点というか、この辺からヤナミューの新たな世界が広がったようにも思う。BTBの最後を飾るあの曲に行き着くには、この道でなければならなかったのかもなあ、とか。

ルーブルの空

この曲をフランスジャパンエキスポとかで聴きたかったよ……。ヤナミュー世界の懐の深さというか、唯一無二を感じさせてくれた曲。この曲やHOLY GRAiLのようなド名曲があったから、アメリカやタイに呼ばれて遠征すると発表されても、違和感を感じなかった。

天気雨と世界のパラード

優しく始まったこのイントロで、5年間(※ヤナミュー個人暦)の楽しかった思い出がフラッシュバックし、ついに涙腺が天気雨に。
ずっとこのイントロの中にいさせてくれ………
この先ずっとアイロニーな空模様になってもいいから………
それでも、メンバーの溢れんばかりの笑顔を見ていると、時間の先に進まなければ、そう思わせられてしまう。世界は続く。

ラング 

キタキタ背筋凍るほどの神イントロ!バンドセット大好きィ!!
クールな世界観、これもまたヤナミューの神曲。
ラスサビ前の間奏でメンバーが前に進み出てくるシーン、少しグロテスクな照明と合わさって、未知の生物みたいに見えてめちゃくちゃ好き。

雨の栞

本の一節が切り替わるかのように、ページがめくられるように切り替わった照明と音質。この一曲にまるごと物語があり、観客は束の間、その中を旅する。

「Someday, somewhere again……」

圧巻の一花さんパート。
ここから次曲までを繋ぐ、過去と現在と未来が入り混じり、紡がれていくような音の流れ、雪景色の車窓が見えてくるようだ。
なんて優しくて美しいアルペジオ………

Stain

列車が雪国にたどり着き、旅人は雪道を歩き出す。
(惜しむらくはここでのハウリングなんだよな………仕方ないんだけど)

間宮さんは、この曲の歌詞に強い思い入れがあるようだ。

だからこそ、感じ入るところがあったのだろう。ラストの大サビ。
「諦めたふりして 一緒に探して」の箇所で、感極まって最初の単語も発せなくなってしまい、俯いてただ静かに、嗚咽するような形になってしまった間宮さん。
心の中、今日一のバカでかボイスで「お、推しメン〜〜〜~~~!!!」と叫んでしまった。

ぼくらのちいさな地図

有無も言わさず神曲が続く。
こんな壮大な物語の始まりがあるだろうか……まるで、太古の神殿から外に向けて開かれる扉を思わせる、鍵音への繋ぎ。良すぎる。
この曲の振付にはどこかシュールさを感じていたけれど、ここに来て初めて胸にスッと落ち、素直に圧倒された思いがある。

MC (part2)

推しメン、開口一番「……も、目標が~~~~~〜!!!
「泣かない」という目標、すでに達成ならず。
バンドメンバー紹介。言葉を交わさずとも分かり合う俺たち。

最果ての海

ヤナミュー世界の表現として真に迫りすぎる。終始ベース音が良すぎる。
ワンマンの最果て、昇天するほど格好いい。

Sing It Out

いつ聞いても胸を熱くさせるイントロ。
亡霊発言すると『もっと ずっと遠くへ』で、「もっともっとデカいとこでヤナミューを見ていたかった」と、思ってしまった正直。

Passenger

Sing It Outのラストの体勢から、植物が伸びていくような手の振付。そして、タイトなドラミング。
ハイハイハイ来ました来ました!!!!!!
本ライブ随一、まさにバンドセットならではの神導入。「俺、これを聴くために来たのかな?」と思えるほど、ウットリするほどのグルーブ感満載の旋律。
これを永遠に聴いていたいがため「まだイントロ入るな!歌唱も入るな!」とか思った、すまんけど。終わりは来ちゃうものだなあ。
大サビのみんなの笑顔、救いのように輝かしい。

Afterglow

万感。しかし、この6月26日川崎に至るまでに、山ほどの「別れとの向き合い」をしてきたためか、あるいは防衛反応(多分こっち)か、直撃は食らわなかった。
それで良い。この曲とはこれからの日々、長い付き合いになる気しかしないから。

am I

本公演の白眉
Afterglowの轟音がブッツリ切れて、心音のような例のイントロ。(Afterglowからコレ行くなんて、えげつないことするなあ〜)と、どこか冷静に思う自分。白いスモークが焚かれ、幻想的な雰囲気。否が応でもステージ上から目が離せない。

この曲については特筆したいことがありまして。
割と曲の序盤から、間宮さんのマイクが途切れがちな状態でした。
この日僕は、会場のドセン5列目ぐらいにおり、目の前には背の高いオタクもおらず、当日の視界はかなり良好でした。
間宮推しとして、この曲には非常に大事なパートがあるため、イントロが鳴った瞬間、身体のこわばりを覚えたものでした。

その瞬間が来ました。
轟音の、嵐のような間奏の直後、凪のような静けさの現れるあの瞬間。

ヤナミュー随一と言っても良い、間宮まにの落ちサビ。
当然のごとく、僕は渾身のケチャをかます。——すると。

「今宵満ちた サイレンス」

・・・おや?
皆、異変に気づいたようだ。「間宮まにの声が、聞こえない」と。
本当に静寂(サイレンス)が訪れた。
その瞬間、5列目ドセンの僕。間宮まにと僕の間に、遮るものは何もない。

僕は、間宮まにの目を見ていた。
一方、ステージ上の間宮まには、なんと僕の目を見ていた。(そう感じるというのじゃなく、明らかに視線が合った。)
この瞬間、この会場に、間宮まにと僕しかいない。この終わっていく物語の中で。

そう思った瞬間、もう駄目でした。
「私が刻む鼓動を」そのフレーズが口ずさまれるや否や、堰が決壊したように嗚咽が止まらなくなり、曲の最後まで感情がぐちゃぐちゃになり、あとはもうステージが見れませんでした。

冷静になった後で、「これ演出?」と思った。普通に。出来すぎてるだろ。
しかしこれも最前にいたオタクに後から聞くと、間違いなくちゃんと歌っていたようで、音響トラブルの説が濃厚。それにしても神がかり過ぎた。
長く続くアウトロが切なすぎる。

そのアウトロが途切れる頃。
「おや?」と、どんな展開に繋がるか予測のつかないようなメロディが始まり、そのメロディは少しずつ激昂していき、その情熱的な輪郭が浮き彫りになっていく。このシーン、めちゃくちゃ好きでした。

タイトな旋律の中、まず壇上になでしこが現れ、徐々に高揚感を増していくメロディに合わせ、感情をぶつけるような踊りを披露。「なでソロパート?」と思いきや、入れ替わりに彩華が現れ、華麗な舞いを披露。
続いて南一花、勢いよく前のめりに突っ込んでいき、もの凄い気合だ!!と思いきや、あげく足を滑らせてすっ転んでしまった。けれどこれが、まるで演出だったのじゃないかと思えるような、南一花の"七転び八起き"的強さを感じる一節(正直、あの転倒で心からホッとした自分がいた。とても人間らしく、ヤナミューらしいというか。ああいうのがなくそのままいったら、メンバー全員が人間じゃないところに行ってしまうのではないかっていう、言い難い畏れがあったし、それほど強烈な時間だった。)
入れ違いで現れた間宮の存在感たるや、「DIO?」というぐらい。惜しげもなく類稀なダンススキルをつぎ込み、観客を圧倒する。

全メンバーが壇上に現れ、絡まりながら中央に収束していく、やがて見覚えのある、一つの形を成す。こ、このフォーメーションは!

AWAKE

ヤナミュー運営はきっと、ずっとこの曲をこういう演出でやりたかったんじゃないかなあ。
勝手な事を言えば、LilyやHOLY GRAiLに比べてどうしても「主役になり切れない」曲だと思っていたけど、本公演においては、明らかにこの曲のシーンで一つの頂点に到達している。Lilyや、それこそぼく地図よりも、巨大な存在感を残していったように思う。

そんなエネルギーの放出を見せつけられた後で、なおも赤々と燃える照明、ちりちりと焼き付くような音。まだ、まだ違う世界を紡ぎだしてしまうのか、とんでもないなヤナミュー!
炎の中で、間宮の腕がゆっくりと上がっていく。

uronos

いやもう、これは怒涛、修羅、鬼神のごとし。
AWAKEに引き続き、uronosも本公演で完成形を見せたのではないかと思う。

No Known

いや、マジか。鬼。このパート鬼すぎる。鬼しかいない。

MC (part3)

このMCパートを聞くたびに、胸がいっぱいになってしまう。ついに「その言葉」を述べる時が来たんだな。

・なでしこ
「アイドルという世界を教えてくれた父親、ずっと見方でいてくれた母親」と、お父様とお母様に語りかけるところで、己の顔面が崩壊するのが分かるぐらいくしゃくしゃになってしまった。
この人は、なんて美しい人なんだろう。「今日のなでちゃん、なんだか光り輝いている」と感じたのは僕だけではないはず。そして、なんて美しい表情で「後悔はない」と、まっすぐな目で言いきるんだろう。これほどまでに澄んだ、力強い稀有な歌声を、望んでも他の誰も得られないような歌声を持っているのに。
でも、だからこそ「歌うことは、ずっと好きだと思います」となでちゃんが言ってくれることは、それが仮に、僕らがなでちゃんの歌声を二度と聞けなくなってしまうとしても、希望のように響いた。

・彩華
あやたすが言葉に詰まりながら語る一言一言で、「メンバーがどれだけ優しかったか」「メンバーがどれだけあやたすを好きでいたか、頼りにしていたか」そして、それをあやたすが語れば語るほど「どれだけあやたすが心優しい人なのか」が如実に語られることとなって、僕たちは聞きながら、健気で頑張り屋なあやたすが、愛おしくて愛らしくて、大好きになってしまった。(もちろん今までも大好きだったんだけど、もう"天使"みたいだった。大げさでも何でもない。)
沢山のヤナミューオタクが、どれほどあやたすの存在に救われたのか、何度も言葉に出して伝えてきたけれど、伝えきれてない、伝え足りない。そんな風に思ってしまう。

・南一花
気丈で凛々しい、真っすぐに力強く律せられた言葉。滔々と語られる一言一言が、すっと胸に染み込んでくる。一花さんの覚悟が、真摯な眼差しとともに心に染み込んでくる。
でも、そう感じさせつつも、「ずっと一人で、胸に抱えていたところがあったんだなあ」という瞬間が訪れた。
なでしこさんが直前に「(自分を)見捨てないでくれてありがとう」と語ったのに対して、「それは本当にこちらのセリフで……………本当に……今まで見捨てないでくれてありがとう〜~〜!!」と、ついに表情を崩して泣き出してしまったとき、僕らオタクも抑えきれずに、つられて泣き出してしまい、それと同時に、みんな笑顔になってしまった。一花さんの素直さ、取り繕わない真っすぐな人柄に。泣きながら、たくさん笑った。
僕は思いました。ああ、これだ、これが僕の大好きなヤナミューなんだ。
ずっと一緒にいて(何様ながら)ずっと陰ながら見守っていたつもりだったけど、どうしてどこかで、大事な部分を見失ってしまっていたんだろうか。ヤナミューの4人は、何も変わらずにいたのに。

・間宮まに
三人のMCを聞いて感情が動ききってしまって……
それは、本当にそう。いつもと変わらないこの口調が和む。しかし、さすがは長女気質。全方位に向けてしっかりと挨拶をこなしていく。どこか「我慢してるな」と思ってしまうけれど、むしろそこにリスペクトを感じる。
だがしかし、ついに、推しメンの真骨頂のような発言が飛び出すことに。
間宮さんなんかモジモジしてるなーと思ったら、ふいにバンドメンバーの方に向き直り、「あっ、ちょっ……、………」みたいになった後
「……ちょっ………無茶ぶりしていいですか……ちょっと…、"音"を……。鼻をかみたいので、良い感じの音を鳴らしといてもらって良いですか…………」
wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww(爆笑する会場)
苦笑しつつ、良い感じに音を鳴らし出すバンドメンバー、早々に袖にはける間宮さん、腰が砕けるくらい爆笑しながらギターをかき鳴らす真似をするなでちゃん。これこれ、この満面の笑みもまた、なでちゃんだし、このどうしようもなくMCに格好のつかないユルさも、大好きなヤナミューなんだ。

レイライン

まばゆいサイリウム。
こんな光景を、ヤナミューで見ることがあっただろうか。

いや、サイリウム自体はヤナミュー現場でも何度も焚かれた。でも、こんなに暖かく、胸の熱くなるような光源が今まであっただろうか。
幸せな空間。ずっとここに居たい。ずっとヤナミューオタクでいたい。そんな5分間。

Done

間違いなくヤナミュー最強の、あのアンセム。鮮烈なイントロが鳴り出す。これまでのお礼を告げる声が聞こえる。どこかで耳をふさぎたくなる。
この時間を終わらせる言葉を聞きたくない、今は。

「せーの、ありがとうございましたー!!

メンバー4人のかけ声で、感情があふれ出して涙が止まらなくなってしまう。まるで中学生の卒業式みたい。
と、突然、天井から落ちてくる、数多の風船!!
見慣れない光景に「!?」となるけど、そういえば2018年の間宮さん生誕でも、この曲で風船が乱れ飛んだ記憶があるなあ。
後で聞いたところ、運営さんが「ライブ中に声も出せない、存分に身体を動かす事もできない中での、ファンへのせめてものプレゼント」だと言っていたらしい。胸が熱くなる。

カナデルハ

まさかこの、始まりの曲につながっていくとは。
魂を感じる、魂を燃やしているような熱量。これはもう、初めてヤナミューを見た時の原体験に匹敵する(Doneで残った風船が、光景をなんともシュールにしているけど)

Pastureland

最初の音を聴いた瞬間、「もうあの曲が来てしまうのか!」と思ってゾッとしたけど、そうではなく、可愛らしいこの曲が来て少しほっとした。
史上最もイノセントな推しメンの声。最後の「遠く誰も知らない地で会おう!」に、万感の想いを感じざるを得ない。

Nostalgia

ガラクタ箱、おもちゃ箱、宝石箱、そんな風に思わせてくれる星空。あっという間に時間は過ぎ去っていった。

轟音の中で、メンバー4人が肩を抱き合っている。嵐の中のようだ。
こんなに近くにいるのに、手を差し伸べることができない。触れることもできない。細い背中を、細い腕で支えあうあの4人に。
あとはもう、ここまで来たらあの曲しかない。会場の誰もがその事に気づいていた。一瞬にして夜空が晴れわたるように、あのメロディが流れ始める。

遮塔の東


これがヤナミューのすべてだったのかもしれない。
この曲を聴いている間は、ほかのどんな曲も、どんな曲があったかすら、思い出せない。そんな圧倒的な曲だ。

そうして、エンドロールが流れ、朝日に照らされた大海原が映し出された。

終わってしまった。

encoreは無し。
encoreなんてもう入れようがない、それは分かった。そういう公演だった。
たぶん無駄だろうな。アナウンスもそう言ってるし。

そう言いながらも僕は、encoreを求める拍手を止めませんでした。

この拍手が止んだら。
拍手を終わらせたら『終わってしまう』と思ったら、無駄だと分かっていても、拍手を続けるしかありませんでした。

もちろん、素直に会場を後にする足音も聞こえた。それが正しいと思う。会場側からすれば迷惑な話だろうな。それでも。

「これ以上何も望まない」そんなすっきりした表情で場を去る人も。
心を決めたように、そっと手を止めた人も。
いつまでも、拍手をやめずにいた人も。
その人の受け止めようでしかないじゃないですか。正解とか何の話?

でも、そこまで。
追われるように会場を後にし、外へ出ると、
ヤナミューのいない、現実の世界があるだけでした。

——————————YSM SIX TOUR FINAL

終わりに


こういう喪失感はいつぶりだろうか。
Blankey Jet City解散の時?
旧エヴァ劇場版の時?そんな感じか。あるいは。

「結局ここへ戻ってきてしまった」と、思う感じもあった。
そうかも。確かに、この喪失はでかすぎる。
でも、ただの喪失とは、かつて感じたそれとは、確かに違っている。

終わったあとの数日間、オタクとだらだら酒飲んだり、焼き肉行ったり、海行ったり、山行ったり、何かにつけてオタクといるようにした。一人でいて、何かを感じてしまわないように。そんなの延命措置にすぎんのだけど。
配信は、何度も観た。何度も観て、そのたび泣いた。
悲しかったから、というのはもちろんあるけど、それよりもひたすら「良いライブだな」「本当に、良いグループだな」と思って泣いてた気がする。
そうこうするうちに、配信期間も終わった。

その後、クラファンの発表があってちょっとTLがゴタついたり、6月30日を過ぎた後で推しメンが速攻SNS復帰したり(めちゃくちゃ「らしく」て、ほっこりした。)いろいろあった。いろいろを消化した。

何日か経って。
送られてきた一分動画で、推しメンが、僕にこう言ってくれたんです。

「ジョージ、出し切った。ジョージも頑張った。」

出し切った。うん。そうだね。頑張った・・・頑張った?

俺、頑張ったんかな?

いろいろ試みた覚えはあるけど、頑張ってたつもり、全然ないんすよね。
〇誕とか死ぬと思った時はあるけど。

ヤナミューが好きで、大好きで、気がついたらこうなってた。夢中で走り抜けて。それはもう、ずっとずっと幸せな時間でした。

ああそうか、それが全てだな。
ずっと、幸せな時間を過ごさせてもらった。

こんな風に、もう一度夢中になれることは、無いかもしれないけど、それでも生きていくんすよね。
沢山失ってきたし、そのくせ達成は少なくて、「いったい自分に何があるんだろう」そんな風に思うことは、これからもあると思うけど。

綺麗な色の空見たときとか。大切な誰かとの別れの時とか、
ヤなことそっとミュートと、過ごした日々がある」そう思える気がしています。気がするじゃないな。確信を持ってそう言えます。


ありがとう、ヤなことそっとミュート。
またいつか、遠く誰も知らない地で会おう。




追伸

クラファン、無事達成しましたね。
発表があった当初からいろんな言われ方をして、最後にひと悶着というところですが、何とか形になる事が決まってよかったです。まだ購入可能なので、せっかくだから一つ、形に残しておくのはいかがでしょう。
見たこともない世界が、広がっているかもしれませんよ。


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