「食旅脳内メモリーズ」ネパール編
毎日の食卓で食べるごはんもたまらなく好きだが、旅先のシチュエーションでいただくごはんは、新鮮な風景や空気感、心のワクワクと共に味わうことで深い思い出となって五感すべてに刻み込まれる。
旅という状況が調味料やスパイスとなり、食事が身体や記憶に染み入る。
だからそのことを振り返った時、ふわっと幸せな体験として五感を刺激する。
記憶の鮮明さは年と共に失われて行くが、食事をした時のその幸福感は逆に曖昧さを増す記憶のキャンパスに浮き上がってくるかのようだ。
2014年僕はネパールのポカラの街から静かに美しく佇むヒマラヤの山々を眺めていた。アンナプルナ。
サンスクリット語で「豊穣の女神」という名の連峰。
アンナプルナI峰は8000mを超える。
登山素人の自分でも登れるコースはないかと聞いてみるとアンナプルナサウスのベースキャンプまでのルートなら一週間程で回れると聞いた。
たまたまその時、「ティハール」という女神ラクシュミーを祀るお祭りの時期で街中は踊りや蝋燭の灯や色粉で描かれた曼荼羅で美しく彩られて祝福モードだった。
お正月のような雰囲気の中、ネパール人のガイドの男の子と二人登山旅が始まった。
急激な登り道から始まる最初の数日間は重いリュックと共にただただ着いて行くのがやっとで、来たことを若干後悔しつつも、あと少しあと少しと自らを励まし進んだ。
やっとの思いでその日の工程をクリアし、
宿に併設の食事スペースにゆっくり座り、
その日の成果である高さから眺める、息を呑むような澄んだ美しさの眺め。
そんな眺めと共にいただくカレーやチャイの美味しさといったら。
言葉では表せない程の幸福な時間。
心地よい疲労感・達成感・空腹感。
高地の澄んだ空気と目を開けたままで瞑想してるかのような気持ちにすらなる清らかな眺め。
温かく煮込まれた食材に広がるスパイスの香り。
その全てのシチュエーションに溶けて行く五感の幸福感。
あの幸福体験をまたしたくいつかまたネパールへ渡りたい、山の中でカレーを出すようなお店ができたらいいな、そんな夢を描きたくなるようなあの山と山の街での旅の思い出。
(季刊誌@h 2019年春号掲載)