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会社の利益の乱高下を防止するために(退職給付と税効果)

 税効果会計は、税引前当期純利益と法人税等とを合理的に対応させることを目的とする手続です。税効果会計を適用しない場合、企業会計上の利益と課税所得とに差異がある時は、法人税等の額が法人税等を控除する前の当期純利益と期間的に対応しないためです。
 だから税効果会計を適用したほうがよい、ということなのですが「繰延税金資産の回収可能性」を検討したとたんに弊害が出てきます。
 繰延税金資産の回収可能性は将来の課税所得の見積に基づいて判断しますが、将来の課税所得の見積とその検証が困難である上、今日の実務では少しの見積の違いが多額の繰延税金資産の取崩又は計上につながり、企業の利益を乱高下させることがあります。
 この記事では、特に退職給付引当金への税効果会計の適用について検討します。

乱高下の実例
 新電元工業株式会社(コード6844)という東証プライム上場企業を実例として紹介します。

新電元工業(株)個別財務諸表 有価証券報告書より

 2020/3期に税引前当期純利益が赤字になりましたが、当期純利益はそれを超える大赤字となりました。2021/3期には税引前当期純損失が縮小しましたが、当期純損失はそれを超える縮小となりました。

新電元工業(株)個別財務諸表 有価証券報告書より

 その原因は、法人税等調整額(繰延税金資産及び負債の計上又は取崩による)によります。2020/3期は損失を拡大させ、2021/3期は損失を縮小させました。

新電元工業(株)個別財務諸表 有価証券報告書より

 2020/3期に、繰延税金資産全額に評価性引当を行っています。評価性引当とは、回収可能でないため計上しないということです。これが損失拡大の原因です。2021/3期に、評価性引当を減額し、繰延税金資産のうち1,830百万円だけ回収可能であるため計上しました。これが損失縮小の原因です。どちらも、繰延税金資産の回収可能性に関する見積によるものです。
 なお退職給付引当金に関する繰延税金資産については、2020/3期は2,633百万円、2021/3期は2,553百万円でした。これが、2020/3期には全額計上しておらず、2021/3期にはその一部について計上されたものと思われます。

退職給付引当金への税効果の適用
 繰延税金資産の回収可能性は将来の課税所得の見積に基づいて判断しますが、これが大きく変動する原因の一つが退職給付引当金への税効果の適用です。
 退職給付引当金は、計上時には税務上損金とならず、将来退職金を支給したときに損金となります。このため、計上額が全額繰延税金資産の対象となるのですが、これの回収可能性の判断が、今日の実務では「全額か、ごく一部か、ゼロか」と極端なのです。
 繰延税金資産の回収可能性の検討は、企業会計基準適用指針第26 号「繰延税金資産の回収可能性に関する適用指針」に定められている企業の分類(財政状態の良い会社から悪い会社まで5段階の分類)によって行います。
 退職給付引当金は「解消見込年度が長期にわたる将来減算一時差異」に含まれるものとして適用指針第35項に特別の取扱いが定められており、(分類1)から(分類3)までは全額計上可ですが、(分類4)の企業は退職給付引当金のうち翌期1年間に退職予定の方の分だけについてのみ計上可能で、(分類5)の場合は計上不能です。
 退職給付引当金は、勤続年数に応じて毎年度累積していき、退職時に取り崩されます。対応する繰延税金資産も同様です。つまり総額のうち翌期1年間に退職予定の方の分だけというのはごく一部になるのが通常です。退職給付引当金を多額に計上している企業の場合、損益に対する影響も大きくなります。
 このことから、特に(分類3)か(分類4)になるかというところで、計上額が大きく異なってきます。
 その判断は「将来においておおむね3 年から5 年程度は課税所得が生じると合理的な根拠をもって言えるかどうか」が中心となります。2年ではだめということなのですが、この見積と、見積の検証は難事です。

実務対応
 企業会計基準適用指針第26 号「繰延税金資産の回収可能性に関する適用指針」第35項の取り扱いは、文章としては「できる規定」であり、強制されているものではないとの理解です。
 (分類1)や(分類2)に該当する企業であっても、全額計上するのでなく、将来の課税所得の合理的な見積可能期間の課税所得の見積額に基づいて、繰延税金資産を計上することが無難ではないかと考えます。
 「適用指針が計上を認めているのならば計上すべき、将来の取崩の検討を避けるために計上しないような裁量は認められない」という考え方もあるでしょうが、結果として企業の利益が乱高下してしまっては、それが有用な会計情報なのか疑問です。
 なおこれは、これから税効果会計を適用する企業か、これまで(分類4)や(分類5)だった会社の分類が(分類3)以上に移行する場合に限ったことです。
 現に全額計上している場合、将来の課税所得の合理的な見積可能期間の課税所得の見積額に基づいて、繰延税金資産を計上するようにする場合は、一部を取り崩すことになります。それが正しいかどうかは、私は結論に至っていません。

 退職給付引当金と税効果については、
・そもそも税務上退職給付引当金を認めないのがおかしい
・退職給付について確定拠出の制度に移行すればよい
といった、別の観点からの議論はあると思います。現状の制度に基づいて思うことを本記事では記載しました。また、税効果会計そのものや適用指針の解説も、手に余るので行っていません。ご了承ください。


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