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オダネネSS 海の家④友情の完済




 小虎がバレーのメンバーをかき集めている間に、あたしはガキどもにバイバイしてプール近くの小さな店にいた。水着とか浮き輪が売っている購買で、あたしは小さな水鉄砲を買った。これを機嫌の悪そーな榎本に撃って、それでそれで……ぎゃはっ!思わず笑みが溢れてしまう。楽しいプールになりそう。

 プールに戻ったらバシャバシャ音がしていて、もう小虎たちがバレーをやっていた。「あ、おだねね!どこ行ってたんすか!やろうよバレー」とヘラヘラしていた。……別にいーけど、ちょっとは動揺しろよな。その……さっき、ハグとかしたんだしさ。まーいいけど。

「おだねね、おれが連れてきたメンバーを紹介するっす!」
「おー」

 小虎は泳いでバレーのネット下を潜ると、「きてくれたのはこの人たちっす!」ジャーン!と手をひらひらさせる。見りゃわかるだろ。

「まず、バイト上がりの襟雲さん!」
「ちょーやべー!!水上バレーて!!疲れ吹っ飛ぶ!!」

 イマドキ珍しい黒ギャル。そういやたまに掲示板で見かけたことあるな。

「次に、おれのバイト先の後輩でもある、日曇さん!」
「カナメ君の匂いが遠くなったので帰ります」
「待って!一戦だけやってくださいっす!お願い!この通りっす!」

 日曇は菖蒲がいるから来たのか?こいつもなかなかのストーカーだな。菖蒲は嫌だろーな。同情するわ。あたしも鬼塚キモくて嫌だったし。でも日曇はちょっと面白いから好きだけどな。

「最後に、チラシ配りをサボって怒られてました!卜部さん!」
「バレーってプールの中でも出来るんですね!卜部、地上のバレーと宇宙のバレーしか知りませんよ〜」
「宇宙のバレーってなんすか?」

 とべの発言に一々構ってたらキリがないのであたしはプールにドボンしてせっせとボールを奪う。

「とりあえずあれな、あたしと小虎がペアでお前ら3人相手チームな!」
「卜部負けませんよ〜」
「ひーっひっひっひ!らんらんちゃん勝つぞー!!襟雲チームファイトだぜ〜!!」
「帰ります」

 襟雲に首根っこ掴まれてジタバタしている日曇はまあ人数に入れないので、実質2-2だな。あたしは小虎に「お前が前の方守れ!」と指示を出して、後ろでこっそり水鉄砲に水をチャージする。その後、始めの合図でサーブを打って、瞬間小虎に「あ、小虎!!」と叫ぶ。振り返る小虎に水鉄砲発射。顔面ジャストミート!ぎゃはっ!決まった!

「ぶっ、ぶはっ、ちょっ、何するのおだねね!!」
「おいボール!」
「え、あ」
「いぇーい!!襟雲アタック決まったぜ〜どうだ!!」
「いぇーい!!卜部アタックも決めたいです〜」
「日曇帰宅も決めたいです」

 小虎にキレられながらわいわいやってたら、榎本がキョロキョロしながら歩いてくるのが見えた。小虎に、「黙っとけよ水鉄砲」と耳打ちする。うなじが目の前でちょっとドキドキする。なんか、一回抱きついちゃったし、どさくさに紛れて触っても、なんかどうにかなるような気もしてきた。でも、これ以上小虎に触れ続けたらおかしくなりそうなので、「榎本きたからチーム替えな!小虎あっちのチーム行け、あたしら最強だから」と言って、榎本をこちらに呼んだ。

「おーい!榎本!あたしと二人でチーム組んでバレーするぞ」
「プールに入るとは言っていないぞ」
「でも一応水着着てんだろ?いーじゃん、やろうぜ?な?」

 肩をすくませてため息をつく榎本が、プールにゆっくりと足から入る。「では私はこれで」と言っている日曇は、襟雲と小虎が二人で捕まえていた。まー、いいハンデだな。それにしても日曇やばすぎておもれーわ。

「榎本お前、前守れ。足つくから大丈夫だろ?ここのプールも」
「私は泳げないわけじゃない。嫌いなだけだよ。あまり勘違いをしないで欲しい」
「なーにキレてんだよ」
「怒ってなどいない」

 身体を震わせて怒るので、寒いのかと思ったけど、とてもそうは思えなかった。いやもしかしたらあれか、例の病気か?でも顔を覗き込んでも唇の色はフツーだし、とにかく怒ってる感じがする。なーんで怒ってんだか。

「お前なんかやなことあったの?」
「ない」
「ふーん……」

 ま、いーや。嫌でもやる気にさせてやろ。とりあえず卜部に思い切りサーブを打って得点を重ねる。襟雲がノリで「負けたらうまりんの餌を丸齧りなー!」とかいう変な罰ゲームつけたから、一応勝ちにも行かねーと。

 卜部はヘボだからガンガン得点は入るけど、こっちも榎本がそんなに運動神経が良くなくて程よく良い試合になる。でも榎本は点が入っても、入れられても、終始ムスーっとしていて、楽しくなさそう。「早く終わらないか」とでも言いたげな表情でボールを打つのが気に食わない。
 ……そろそろ頃合いだな。ぎゃはっ!
 榎本に水鉄砲を当てる。当てて「バーカ」と揶揄う。そしたらあいつは怒ってあたしの水鉄砲を奪い取ろうとしてくるだろーから、お前が点取ったら水鉄砲貸してやるって言って、小虎に渡そう。そしたら榎本もやる気になって水鉄砲の所有権を奪おうとすんだろ。で、一緒に水鉄砲でも買いに行って、戦争ごっこでもして遊ぼ。ぎゃはっ!

 サーブを打った瞬間、榎本に声をかける。

「おい榎本!!」

 振り返った榎本の顔面に隠し持っていた水鉄砲を思い切り噴射した。ぎゃはっ!ジタバタと宙を泳ぐ手に笑ってしまった。そのまま足を滑らせて、ぼちゃんとプールに沈んだので、ぎゃーはっは!とお腹を抱えて笑った。

「ひゃっははー!!派手に行ったねえのっち〜!!」
「え、榎本さん……っ、ふふ、大丈夫っすか?」
「えのちゃん沈んじゃいました〜」
「カナメ君……塩素の匂いにかき消されていますよ……」

 おい榎本大丈夫か?と笑いながら近づくと、急にざばんと起き上がった榎本は、あたしをドンと押し倒した。よろけたあたしが「んだよー」と笑いかけると、榎本は全然笑っていなかった。

 後ろで太陽が真っ白に燃えているのに、目に光が集まっていない。「榎本?」と声をかけて気づいた。体がさっきよりもずっと震えている。

「あ?なんだよどうした」
「…………何が楽しいんだみんな」
「あ?なんて?」
「何が楽しい、こんなもの」

 濡れた前髪の隙間から覗く両目が、あたしを睨んできた。あたしはなんだか興ざめした。

「なーんでそんな、水鉄砲かけたぐらいでマジギレなんだよ」
「かけたぐらいで?かけたぐらいでとはなんだ!ふざけるのも大概にして欲しいものだな!」
「あ?ふざけてんのはお前だろ。みんなで楽しくやってんのに一人だけつまんなそーにしやがって」
「ちょっ……まあまあ、二人とも落ち着くっすよ」
「小虎は黙ってろ!!」「塞翁君は黙っててくれないか!!」
「ええ……」

 チッ、あたしが露骨に舌打ちをすると、榎本が一瞬狼狽えた。そのままの勢いで「もういーよお前。帰れば?」と言った。いや、言ってしまった。
 バツン、と何かのスイッチが切れたみたいに、榎本は腕をだらんとさせて、「わかった」と呟いて、静かにプールを出た。同時にもう一人静かにプールを出た空気の読めないやつがいたが、もう誰もツッコミを入れられる状況じゃない。とべと襟雲と小虎とあたしだけがポツンとプールに残された。四人ぼっち。太陽はこんなにも燃え上がっているのに。あたしらは冷め切ってしまった。

「お、おだねねだけが悪いんじゃないっすけど、おれも榎本さん見て笑っちゃったし……でも、追いかけた方がいいんじゃないかな」
「……あたしも悪くないもん。あいつが、あいつが楽しくなさそーなのが悪いんだろ」
「気持ちはわかるけど、なんか怒ってたみたいだし、話くらいは聞いた方がいいんじゃないっすか?」
「だー!!うるせーな」

 あたしはバシャバシャ音を立てながらプールから上がる。「とべ、これやるよ」と水鉄砲を放り投げた。プールサイドを歩きながら、なんであたしが悪いんだよ、なんでだよ、って呟いた。でもなんか、今日の榎本がおかしかったのは分かる。でも、あたしが謝るのも変な話だよな?だって、あいつだって悪い。

「あーあ、ムシャクシャすんなほんと!」

 女子更衣室にもう榎本の姿はなかった。一応、少し経ってからだけど早歩きで来たから、榎本がいたらまた文句の一つでも言ってやろうと思ったけどいない。あいつはもう帰ったかな。思いながらさっと着替えを済ませる。小虎に『なんて声をかけたらいーのかわからん。気持ちの整理がつかねー』と送って、更衣室を後にした。駐輪場に止めてたチャリに手をかけた頃、小虎からすぐに返信はきた。

 …… どうやったのか知らないけど、クリパの時も喧嘩して仲直りしたんだから大丈夫っすよ! おだねねと榎本さんならきっと大丈夫だよ。……というか、おれもどうしよう?

 なんてきていた。お前こそ大丈夫だろ、謝っとけば。と送ってチャリを漕ぐ。青々とした山が右手に見える住宅街の下り坂を一気に駆け下っていく。
 クリパの時はあたしが悪かったからあたしが謝った。今日はちげーじゃん。
 下り坂を駆け下った先の踏切が、カンカン音を鳴らしていた。ゆっくりスピードを緩めて、止まる。地鳴りのような音をけたたましく鳴らして、列車はあたしの目の前を駆け抜けていく。それから踏切が鳴り止んで、訪れる一瞬の静寂。そこからゆっくり音がフェードインしてきて、蝉の音とか、夏を喜ぶガキの金切り声とか、よく耳を凝らすと風鈴の音とかが、耳に入ってくる。じんわりと汗が伝った額を拭う。

 クリパの時は、踏切が鳴り止んで諦めてしまった。あたしはあの時榎本がどこに逃げたのかも、何を思っていたのかも知らなかった。今も後者はわからない。でも帰った先ならわかる。榎本はきっとあたしの家に帰って、部屋にこもっている。あの時よりは、榎本のことが少しわかる。

 でももっと榎本の事を知るべきだよな。謝るとか謝らないとか、あたしが悪いとか榎本が悪いとかじゃなくて、榎本が不機嫌な理由をあたしは知るべきだよな。
 あたしは友達なんだから榎本のことを知る権限があったっていいだろ。

 ゆっくり自転車を漕ぐ。仲直りができるかはわからん。まともに口を聞いてくれないかもしれない。でもそんな事を考えていたら、あたしの中の怒りは収まっていた。

 あたしは別に榎本が不機嫌だから嫌なんじゃなくて、榎本がよくわかんねーからイライラしたんかな。リズム良くペダルを踏みながら考える。住宅街に爽やかな風が吹き抜ける。赤信号で止まってスマホを見ると、また小虎からメッセージが返ってきていた。

 …… おだねねも謝るんすよ!

 うるせーばーか!とは送らずに既読無視した。そういえば思い出した。あたしがクリパで榎本に逃げられた時に、考えていた事。あたし、榎本のことを振り回して傷つけて、溜め込んでたのに気づいてあげられなかった事。ずっと、友情の前借りをして、無償の友情をもらっていたこと。

 はいはい。借りたもんは返さねーとな。と小虎に送った。小虎からは「えっと、卜部さんなら水鉄砲貰った気でいるみたいだけど……」ときて笑った。ちげーよばーか。ばか小虎。ぎゃはっ!

 ちょっとだけ寄り道して帰ろう。あたしはチャリを走らせて、隣町へと向かった。

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