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佐藤町子SS 織姫



【礼文】
To:佐藤町子
From:匿名🦋

依頼内容読みましたか?
何をどう解釈したら、そんな解決法に着地するのか理解不能です。
ましてや世成鳳子に送信するなんて、あり得ないです。

結論から言いますと、助けになってません。

あなた本当に解決部の方なんですか?
だとしたら、クライアントに迷惑をかけるだけなので、退部なさった方がいいですよ。必要ないです。

私、あなたみたいな頭の悪い子供は嫌いです。
不本意ですが、これ以上余計な事をして欲しくないので、これを礼文とさせていただきます。



ーーーーー



 もじゃもじゃした七色の線が、頭の中を引っ掻き回している。まだ夕方でよかった。外に出れるから。
 家の中では静かにしなければいけない。だから外出したけど、ご近所迷惑になるから遠くにいかなきゃだめだ。ずっと熱で寝込んでいるから、うんと体力が無くなっていた。ちょっと歩いただけで息が切れて、箱猫と隣町の境目を流れる川に差し掛かったところで私は倒れた。

「君、大丈夫?」

 男の人が声をかけてくれている。もじゃもじゃ七色が顔を覆って、表情が見えない。目がおかしくなっちゃった。

「大丈夫です」
「でも倒れたよね!?」
「今度の……劇の練習です」
「えぇ!?本当に?」

 本当です……と無理やり立ち上がる。スカートについた土を払って、「ごめんなさい」と謝って河原へと降りていく。川が運んできた小石を踏みつけて、くるぶしまで川に浸かると冷たくて気持ち良い。

 このまま消えた方がいいんでしょうね〜。役立たずの私なんか。絶対に消えた方がいい。せっかく夕焼けと川面がキラキラ綺麗なのに、ずっともじゃもじゃした線が私の視界を邪魔している。目を擦っても消えない。まるで私みたいに目障り。


From:佐藤町子

 ごめんなさい。


 ようやく返信した手が震える。震えた手をゆっくり口元に持ってきて吐瀉物を受け止めた。それを草船のように川面に浮かべたら、夕陽にキラキラ照らされながらゆったり流れていった。

 助けになってません。

 私の吐瀉物を食べて魚が死ぬ瞬間を想像してまたえずく。助けになってません。

「うっ……」

 別に解決部じゃなくてよかった。人の助けになれるならなんでも良かった。でも私はやっぱり邪魔だった。誰にとっても、どこにいても、私は邪魔なだけ。

 クライアントに迷惑をかける。正論でしかない。私はスマホの電源をつける。あれ?このスマホ、誰から貰ったんだっけ?私は人から救われたことも覚えられないほどの最低な人間だったんだ……。

「灰谷さん、ごめんなさい」

 迷惑なのでもうやめます。私はクライアントの期待に応えられない無能なので、もうやめます。もう何もかもやめます。役立たずでごめんなさい。

 勢いで打ち込んだメッセージを送信する。スマホを川に投げる気も起こらない。迷惑をかけちゃいけない。人から貰ったものは大切にしないといけない。


ーーーーー


 もじゃもじゃの七色が景色全体を覆うようになって、私はもう夜なのかあんまりわかってなかった。でも早く帰らないと、怒られてしまう。何のために存在しているのか分からないけど、もうとにかく誰にも怒られたくない。ごめんなさいって思うたびに自分を極限まで小さくして、丸めて、ゴミ箱に捨てて燃やしてくれないかと思う。自分じゃゴミ箱の中に入る意思もない。人から言われないと何にも出来ない。

 とりあえず解決部はもうやめよう。最近はずっとゴチャゴチャしているから、きっと今一ノ瀬さんに退部の申し込みなんてしたら迷惑だろうな。そんなことを考えていたらスマホが鳴った。視界がおかしくてメッセージを読むのが難しい。
 なんとか解読したそこには、「君が迷惑だなんてとんでもないよ。いつも役に立っているよ。ところで、今日も頼みたいことが……」

 と書かれていた。前半部を読んだだけで泣いてしまった。涙でもっと視界が悪くなる。そのうち何にも見えなくなっちゃう気がしてまた泣いた。そうなる前に誰かに眼球を提供したくて泣いた。でも私の眼球なんて誰も欲しくなくて泣いた。でも、灰谷さんなら……。

「灰谷さんは、私の臓器をあげるといったら欲しいですか?」

 メッセージを打ち込むのが難しいから、鼻声でボイスメッセージを送った。灰谷さんからの返信はすぐにきた。

「くくっ、どうしたんだい佐藤君。そうだねぇ。君が死なない程度には欲しいかな(笑)いや今はそんな冗談を言っている場合でもないな。体調が悪いのは知っているよ。お疲れ様。だから今回はオンラインで可能な案件を持ってきた。これでも私は君を買っているんだよ」

「だって君は、なんだって依頼を要望通りにこなしてくれるだろう?」

 ああ、灰谷さんなら……。やっぱり灰谷さんだけは、私を必要としてくれている。
 またえずく。タスケニナッテマセン。冷静に、ゆっくりと依頼を思い出す。私は余計な入れ知恵をした。解決部だから、傷ついて欲しくはなかったから、世成さんに根回しをして、クライアントの依頼を無視していた。

 人の頼み事が最優先じゃないとダメなのに……。

 そうじゃないと、私の存在意義はないのに……。

 私が間違っていました。とも返信できない。礼文の烙印は押されてしまった。でも別に、私の手柄である必要はない。クライアントの言う通り、世成さんの悪い噂を流そう。ずっと、ずっと、ずっと、流していよう。とにかく私はクライアントの願いが叶って欲しい。私のせいで夢半ばになった願いを、もう一度……。終わったはずの七夕の短冊が、一軒家の庭に飾られていた。塀の上のそれにゆっくり手を伸ばす。『しあわせになれますように』と書かれた短冊に、あと数センチ、手が届かない。色とりどりの短冊たちが、私のぐちゃぐちゃの視界と同じ色をして、私を見下していた。

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