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佐藤町子SS 海の家②臨時バイト



 …… テラス席でお待ちしています

 というメッセージを打ちかけてやめた。画面左上に圏外の文字。
 海の家のことは掲示板で見かけた程度だけど、こんなにお客さんで溢れかえってるとは思わなかった。灰谷さんに居場所を伝える手段がないから、キョロキョロ周りを見渡して注意しておくしかない。でも、待ち合わせの1時間前に来てしまったから、多分まだ来ないはず。
 そういえば海の家は掲示板のコメント数も盛り上がっている気がしたけど、最近は掲示板を開く頻度が減った。また怖い返信が来て、視界が虹色になったらと考えると……。

 でもどうしよう?店内大繁盛の中、一人で端っこの席を占領するわけにもいかない。そんなことを思っていたら、一人で店内を落ち着かない様子で駆け回るホールの少女が、私のところにピーチジュースを持ってきた。
 私はその子に、ちょっぴり見覚えがあった。

「お、お待たせいたしました、ピーチジュースです。失礼します」
「あれ?あの〜、ひょっとして、解決部の雨森さんでしょうか?」
「え……あ、そうですが……。あ、もしかして佐藤……さん?」
「そうです!佐藤町子です!真解部にいたり解決部にいたりします!よろしくお願いします!」

 頬を赤らめて、こちらこそよろしくお願いします、と言った雨森さんはすぐに真面目な顔つきに変わって、店内を見渡しながら去っていった。私も定食屋さんでアルバイトをしているけど、経験上このお客さんの数をこの人数のホールでさばくのは……結構大ピンチな気がする。

 ……お手伝いしちゃおうかな?

 スマホを見てもまだ時間の余裕はあったので、ピーチジュースを急いで飲み切って、髪をゴムで纏めて、気合いを入れた。入れたけど、忙しい中、キッチンの方に話しかけにいくのはかなり躊躇われるので、猫背になって、自分を小さくしながら「あ、あの〜」と話しかけるしかない。店長らしき人が奥から「どうされましたー!?」と声をかけてきたので、「た、単刀直入に言います!ホールをお手伝いさせてください!雨森さんのし、知り合いの佐藤町子です!飲食経験あります!あ、あまりにも忙しそうだったので」
「ほんとに!?助かるよ!早速提供よろしく!ハンバーグセット3番ね。あ、テーブル番号の割り当て表そこにあるから見ながら持っていくだけでいいよ!あ、エプロンそこ!それだけ着といて!」

 店長まずいですよそれはー!なんて声が中から聞こえたけど、店長さんは「そんなこと言ってる場合じゃねーだろ手を動かせ!客をしばけ!」と言っていた。多分、客をさばけと間違えたんだと思う。とにかくそんな場合じゃない。さっと白いエプロンを巻き付けて、提供に行く。帰る途中でオーダーを聞かれたので、咄嗟にペンで手のひらに注文を書く。幸いメニューが多くないのと、メニューごとにアルファベットが割り当てられていたので、問題なくメモできた。

「店長!AとH、入ります!」
「AとHね!!」
「え……え?佐藤さん!?」

 息も絶え絶えな雨森さんが、私のエプロン姿を見て目を丸くしていた。そうですよね、驚きますよね、さっきまで客として座っていた私がホールに入ってるんだから。

「町子、お手伝いさせていただきます!これでもバイト先では看板ホールなのでお任せください!」
「び、びっくり……!でもありがとうございます。織田さんがいつのまにかどこかに行っちゃって……人数足りなくて困ってたんです」
「1時間くらいは手伝えます。今がピークですもんね!頑張りましょ〜!」

 拳を突き上げると同時に「すみませーん!」と呼ばれたので、手をパーに変えて、そのまま「はーい!」と返事をして駆け出す。注文を取る。「空いた皿をお下げしてもよろしいでしょうか?」戻ってオーダーを伝える。皿を洗い場に置く。提供番号を確認して、注文の品を持っていく。ついでにドリンクもささっと作っちゃう。両手一杯に掲げたお品物を、笑顔で届ける!店の歯車になって、ぐるぐる動き回るこの感覚が楽しくて、私はずっと定食屋を続けている。最近病気で働けていなかったから、本当に楽しい!

「すごい……佐藤さん、ありがとうございます。本当に助かります……!」
「いえいえ!雨森さんこそ接客も丁寧だし、注文の確認も丁寧だし……町子、燃えてきました。負けられません!」
「えぇ……!?勝てないですよ」

 そうやって雨森さんと切磋琢磨しながらやっていたら、1時間とピーク帯なんてあっという間に過ぎてしまった。楽しかったなぁ。

「佐藤さん……!本当にありがとうございました。ちなみに、これからの用事って海の家での用事なんですか?」
「はい!待ち合わせをしているんです」
「そうなんですね。あの、織田さんを見かけたら……えっと、あ、雨森灯麻だって怒るんですよって、伝えておいてもらえますか」

 グーパンチのポーズをした雨森さんの拳に、私も拳を合わせる。

「はーい!わかりました!とってもカンカンだって伝えておきます!」

 ふふ、と笑う雨森さんは怒ってるとは思えないほどの可愛さだったけれど、確かにこの忙しさで抜けられたら怒るのも無理はないのかもしれない。でも私だったら、えぇ!?とはなるけど、でも、楽しんじゃうかもしれないなぁ。それに、人には人の事情ってやつがあるのかもだし?

 雨森さんと笑顔でバイバイして、灰谷さんをまた端っこの席で待つ。5分くらいして、灰谷さんは「待たせたかい?」と笑顔で現れた。
「全然待ってなんかないです!」
「連絡がなくて心配したよ」
「あっ……ごめんなさい。えーと、今スマホを持っていなくて。忘れちゃって」

 それにしても灰谷さん、背が高くて格好いいなぁ。灰谷さんとずっと過ごして、灰谷さんの事を首が痛くなるまでこっそり見つめ続けてみたい。

「じゃあ、行こうか。奥にあるVIPルームに。ね」
「はい!」


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