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オダネネSS 逃避行




 息も絶え絶えに走りながら人混みをかき分ける。毒島は、「待て!!聞きたいことが山ほどあるぞ!!」とバカでかい声で叫んでくる。うざうっせー。

「おだねね、おれもう限界……。諦めちゃって、いいんじゃない、っすか?」
「バカ!お前!止まんな!死ぬぞまじで!」

 小虎がへなへなし始めたので、あたしは小虎の手をとる。

「ちょっ、おだねね!?」

 あたしはすぐに手を離して、「こっちだばか」と小虎に声をかける。じんわり手に汗をかいてたのに、小虎の手を握ってしまって、恥ずかしさを振り払うように全力で走った。心音がうるさい。

「な、なんなんすか、この前から!」
「あ?この前ってなんだよ!」
「そ、それは……その……」
「走ってるから大声で喋んないとわかんねーよ!」

 駅が見えてきてスピードを上げる。早歩きの都会人をかき分けて、改札へと走る。もう、流石に息がやばい。チャージしたICカードを素早く改札にタッチする。足がもつれて、視界が急に地面に向いたけど、背中にぐっと強い力を感じて、一気に地面が遠ざかった。小虎だった。

「大丈夫っすか!?」
「おー。ナイス小虎。ありがと」

 なぜか急に小虎が手を離して、あたしは「うわわ」と声を上げながら、ギリギリで手をついた。

「おい急に離すな!結局顔面から行くとこだったろーが!!」
「あ、あわわ……ご、ごめん」
「何の嫌がらせだよ、さっさと行くぞ」









 せんせを撹乱するためにテキトーに電車に乗り換えたりしたら、小虎いわく「これ港区行きっすよ」との事なので、あたしらは港区男女になることにした。港区ってあれだろ?金持ちとか、セレブの街だろ?と声をかけても小虎はずっと上の空だ。ずーっと変だなこいつ。

「お前なぁ、せっかくの修学旅行なのに変だぞ」
「う……ごめんなさい」

 満員電車なので小虎が近い。見上げないと喋れなくて、あたしは小虎の喉仏を見つめながら、原宿でのことを話した。小虎は話してると、なよなよふわふわしてて、全然男らしくないのに、身体つきとか見た目は男って感じ。小虎ってつくづく変。小虎は手すりをつかんだ手を離しては、ハンカチを取り出して手を拭いていた。

「んだよ、お前も手汗かくタイプ?」
「え、うん。おだねねも?」
「さっき手握った時にわかんなかったかよ?汗っかきなんだよあたし」
「わかんなかった。だって、それどころじゃなかったというか」
「そーだな。毒島もう追いかけてきてねーよな」
「……うーん、多分?」



 よかった。安心したら力が抜ける。


ーーーーー






 おだねねが俺のお腹の上で立ちながら寝ている。おれも本当はあくびが出るくらい眠かったのに、すっかり引っ込んでしまった。

『まもなく、虎ノ門ヒルズです。銀座線はお乗り換えです』

 今日はおだねねと脱走して、たくさん走って、今はこうして一緒に逃避している。おだねねが脱走に誘ってくれたの、本当におれ、うれしくて。おだねねの思いついた顔、アイデアに溢れている時の顔、灯火がついたみたいで、おれは大好きなんだ。灯りはいつだって、安心してしまうものだから。

 近くのドアが開いて、人よりも先に風が入り込んできた。おだねねの髪が、おれの胸で揺れる。思わず、髪に触れた。頭は撫でないように髪だけを撫でる。猫みたいにゴロゴロと鳴りそうなおだねね。可愛いなぁ……。

「ことら?」
「う、あ、な、なに!?」

 いまどこー?と目をこする。髪を撫でたのがバレた気がして、おれは質問にも答えず、「あれっすね!人多くないすか!?ほんと、密着するのも仕方ないくらいに」と言い訳を並べたけど、おだねねに「あ?次じゃん!あぶねーな」と言われて気がついた。次が東京タワーの最寄駅だった。

「お前が行きたいっつーからこの駅まで来たのに忘れかけてただろ」
「う……ごめんなさい」
「別にいーよ。あたしタワー好きだし」

 赤い方がなんかいいだろ、とおだねねは言う。おだねねの首元には、蛇のヘッドホンがされていた。暑くて蒸れたから、とおだねねは言ったけど、なんかモヤモヤしてゆっくりヘッドホンを抜き取った。

「あ?なにしてんだよ」
「いや、ヘッドホンも蒸れるっす。はずした方がいい」
「首元になんかねーと落ち着かねーんだよ」
「落ち着く必要ない!今は修学旅行だから昂るべきなんすよ!」
「は?お前何言ってんの?」

 ほんと、何言ってんだろおれ。よくわかんないけど、今はおれがおだねねを独り占めしてるのに、なんか他の人が入ってくる感じがして、いやだ。でもおだねねはヘッドホンを外されても特段嫌がらなかった。

「そういえばおだねねって、家では首になんかつけてるんすか?」
「まー、寝る時とかは外すけど」
「落ち着かずに寝られない……とかならないの?」
「別に。布団かぶって寝るし」

『まもなく、神谷町。神谷町です』

 ここだろ、とおだねねが目配せしたので、おれはおだねねにヘッドホンを返す。おだねねはヘッドホンを鞄にしまって、ぱたぱたと手で首元をあおぐ。

「え。外すんすか?」
「お前が言ったんだろーが」
「そうだけど……えへへ」
「なんで嬉しそうなんだよ。ヘビに怒られるぞお前」

 別にダサくはねーだろ、とおだねねは唇を尖らせる。うん、ダサくないよ。とは言わなかった。扉が開く。さっさと地下鉄なんか抜けて、太陽とタワーを見に行こうよ、おだねね。







 西陽が眩しい。少しの間、地下にいただけで太陽を強く感じるのは気のせいかなぁ、とおだねねに言ったら「知らん」と言われた。素っ気なさがいつも通りで安心する。もっとおれは、安心したいよおだねね。だっておれ、最近ずっと変だから。

「あたし今日な、小虎に言いたいことあるんだよ」

 おれの願いは虚しく打ち砕かれた。「言いたいこと?」と絞り出したおれの声は震えていた。そんな、東京タワーで言いたいこととか、そんな、そんなそんな……。

 ーー好き。

 ずっと考えないようにしていたけれど、嫌でもグルグル頭を巡る。太陽とは反対側に聳え立つタワーが、街ごと飲み込むような赤で、おれはタワーを見つめて気持ちを落ち着かせた。赤って、刺激的で落ち着かない色らしいけど、あんなのは嘘っぱちだ。だっておれ、東京タワーを見つめて、

「そ、それよりほら!でかいっすよあれ!」

 とか言ってると、もやもやを考えなくて済むし……。おだねねは、小さな体躯を目一杯背伸びして、「でか!あたしの何倍?」と笑った。でもそうやって話題が変わると、言いたいことってなに?って感情が表に出てくる。おれ、何がしたいんだろ。とにもかくにも、おだねねがかわいい。

「日も暮れ始めたし、行くっすよ!タワー!」

 おだねねの小さな手を握るつもりで、前へと進む。握れないけど。



ーーーーー



「何この寺」
「増上寺って名前らしいっすよ」

 へー。あたしは寺なんざ興味もねーけど、と思いながら赤いタワーを見つめていた。太陽が溶け出して、すっかり空がオレンジになっていた。小虎が「せっかくだし回ってもいい?」と言うので、仕方なく付き合う事にした。
 意外と敷地は広くて、ここだけ京都みたいな感じ。ずっと大都会と、蟻の行列みたいな人混みを眺めていたけど、なんだかここは落ち着く。遠くを見渡せばビル街だから、変な気持ちになるけど。まー、京都もそんなもんか。現代の城下町はビルってことかな。ここは城じゃねーけど。

「あ。おだねね」

 と言いながら猫を指さす小虎。「は?」むしろ猫科なのはお前だろ。

「なんかおだねねって、猫っぽいんだよ」

 へにゃりと小虎は笑ってそう言う。

「お前の方がよっぽど猫っぽいだろ。いや、犬か?」
「そうっすかね?」
「ぎゃはっ!首輪つけてやるよ」

 ヘッドホンは貰い物だしな、と思って赤いマフラーをつけてやる。「い、いいって」となぜか頬を赤らめる小虎の反対を押し切って、無理やり首に巻いてやった。意外と似合うな。

「タワーの赤だし、いーじゃん。寒くなってきたろ?」
「いや、むしろあついというか」
「あ?文句言うな」
「うぅ……。落ち着かないって」
「お前マフラーしねーの?普段」

 そんなことないけど……と言いながら、小虎は猫を撫でる。いつの間に手懐けてんだ。頭をやさしく触る小虎を見ながら、やれやれと頭をかいた。

「見つかる前にさっさと行こうぜ。タワー」
「うん。行こうか」
「ぎゃはっ!走るぞ」
「だめ。おだねねすぐ息切れするっす。また転けられたら困るし」
「うっせーな!」







 タワーにぐんぐん近づいたら、もう見上げても先っぽがわからないくらいになってきて、改めて「でか……」と小虎とふたり呟いた。

「お、おれ怖くなってきたかも」
「は?スカイツリー行っただろ」

 行くぞ、とエントランスを指さす。しなしなになりながら小虎は歩く。さっきまでタワー行く気満々だったのに、なんで急にビビってんだこいつ。

 でもあたしもちょっぴり悩んでた。増上寺は、人もそんなに多くなくてのんびりした空気だったからついぽーっとしちゃったけど、あそこで言えばよかった。

 友達だよな?って。

 小虎はどう思ってんだろ。あたしが友達作るなって言ったの、どーせ律儀に守ってんのかな。そーだろーなー。ほんと、バカ真面目っつーか。

 でも友達って、どうやって作るんだろ?

『そんなの簡単だ。友達かどうか聞けばいい』
 簡単に聞けたら苦労しねーよ。

『はっはっは!友達を作る演技をするっていうのはどうかな?もし演技が上手く出来ないというのなら是非わが演劇部に』
 演技でやれたらとっくにやってるだろ。

『ご学友ですの?……私も悩むところですわね』
 ご学友って言い方からもう住む世界がちげーだろ。

『うらべはみーんなお友達ですよ!!』
 作り方を聞いてんだよ作り方を。



 自分で想像しただけなのに、再現性が高くて笑えてきた。堪えきれずに笑ったら、小虎が不思議そうに「どうしたんすか?チケット買っていいっすよね?」と心配そうに言ってくる。
「いーよ」

 はー、笑った。笑ったなー。まああれだよな、こんだけすらすら会話が想像できる時点で結構友達なんじゃねーの。榎本は明確に友達だけど、白石も有栖川もとべも。

 じゃあ、小虎はなんて言うかな?



ーーーーー



 おだねねがなんだか楽しそうで、おれの口角も自然と上がってしまう。おだねねにチケットを渡して、エントランスをゆっくり歩く。スカイツリーの時も驚いたけど、タワーっておれ、ひたすらに階段とエレベーターと展望台があるだけだと思ってたから、商業施設とか、ご飯食べるとことか、お土産屋さんがこんなにたくさんあるなんて、ちょっと意外だった。少しくらいはあるとは思っていたけれど、スカイツリーなんか何フロアにも豪華な食事処があって、正直面食らった。

 タワーは残念ながら時間がないので、記念メダルだけ作ってあんまり見回らなかった。いつ先生たちが来るかもわからないし、日が暮れたら帰ろうっておだねねとは話したし。散々怒られるんだろうなぁ。でも楽しかったから、おれ、みんなと怒られたい。いやいや、ヘラヘラしてたら大目玉くらいそうだから、口角は緩めないように練習しとかないと。でも楽しそうなおだねねを見てたら口角が上がっちゃう。
 幸い、口角が上がっても今は口元が見えない。マスクもしてるし、おだねねのマフラーもしてるし。おだねねの匂いがする。なんだか甘い香り。すごく女の子って感じでそわそわしちゃうような。

「ねーねー小虎。このトップデッキツアーってなに」

 おだねねがチケットをヒラヒラさせながら言う。

「あー、なんか上まで行けるらしいっすよ」
「あ?お前怖がってたのにいーの?」
「だ、大丈夫っす」
「ぎゃはっ!大丈夫じゃねー顔してるぞ」

 なるようになる!で勢いで買ったけど、やっぱり怖いものは怖い!
 でもでも、せっかく来たんだしって気持ちが勝った。スカイツリーはびびって上に行けなかったけど、おだねねとだったら行きたいし。

 修学旅行はじまって、おだねねに言われたこととか、榎本さんのこととか、ずっとモヤモヤしてたけど、おだねねはもう大丈夫そうだ。おれ、きっとおだねねを避けてた気がするのに、おだねねはいつもみたいにおれに笑ってくれて、変にクヨクヨしてバカみたいだなって気づいた。せっかく大好きなおだねねと一緒に回れるんだからもやもやしたって仕方ない。

 え?大好き?おれ、いま大好きって思った?

 ーー好き。

 好きって、なんだろう。おれ、よくわからなくなってきた……。

「お前一人で頭抱えて何やってんの?」
「え!いや!あの!これは!」
「ぎゃはっ!やっぱ怖くなってきたんだろ」
「あ、う、うん」
「お前ばかだなー。後ろから押してやろーっと」
「ちょっと!まじでダメっすからね!?」

 ぎゃはぎゃは笑いながら、おだねねはエレベーターまで駆けていく。無邪気なおだねね。好きか嫌いかで言えば、もちろん好きなんだけど……。

 おだねねの言いたいことってなんだろう?
 おれも、おだねねに言いたいことが山ほどあって、この東京の街より散らかってる。全部集めて、一つの気持ちにしたら、おれもおだねねに何か伝えられるんだろうか?

「エレベーターをご利用ですか?」

 と声をかけられるおだねねが「はーい」と大人しく説明を受けている。かわいい。かわいいな、も好きに入るのかな?好きは、何の好きなのかな。おだねねと話してると、おもちゃ箱をひっくり返されたみたいに、気持ちがバラバラになるのに、なんでこんなに一緒にいて落ち着くんだろう?おもちゃ箱をひっくり返したおだねねは、悪びれもなく「ぎゃはっ!」て笑うんだろうな。

 榎本さんも、そういうおだねねが好き?








 メインデッキですら足がすくむ。スカイツリーより高くないなんて嘘だ。ずっと高く感じる。エレベーターで赤い鉄骨をぐんぐん追い越していくだけで怖かったのに、メインデッキで景色が開けた途端、おれは足の力がなくなってしまった。

「ゆ、ゆっくり!ゆっくり歩いて……」
「ぎゃはっ!お前まじでトップデッキ行けんの?」
「い、行くったら行く!」
「ぎゃはっ!そのへっぴり腰で言われてもギャグにしか聞こえねーよ」
「うぅ……怖いものは怖い……」

 せっかくの東京タワーなのに、まともに景色も見れやしない。足下を見たら怖さが増すから、地平線の方を見ていた。もう空がだいぶ黒に染め上げられて、タワーもライトアップされてキラキラしていた。外から見ても、綺麗なのかな。何万ドルか知らない夜景が、ぶわーっと広がっていて、光の数は、おれの悩みの数みたい。

「き、綺麗っすね」
「思ってるか?」
「思ってるよ!怖いけど」
「押したらどうなる?」
「泣き喚く」
「ぎゃはっ!興味出るからやめろよ」

 うー、とマフラーをギュッとする。現実のおだねねがいじわるするので、おだねねのマフラーをぎゅっとしておく。

「見ろよ小虎!下!車がサプリメントみたい」
「見れない!」
「ドラッグストアみたい」
「だから見れない!ビル街なら見れる……」
「あ。さっきの増上寺ってやつあれじゃん」
「ギリギリ見れる……うわぁ!?!?」

 おだねねが頭をぐいと下に寄せて、視界が下向きになった。怖すぎて思い切りのけぞったら、後ろに転けて尻もちをついた。

「ぎゃはははははっ!ばーかばーか」
「じょ、冗談じゃないっすからね!?」
「あ?別に死なねーって」
「そういう問題!?!?」
「ぎゃはっ!死ななかったらいーじゃん」

 周りからの視線が痛い。恥ずかしすぎる。

「絶対仕返ししてやる……」
「ぎゃはっ!あたし別に高いとこ怖くねーぞ」
「もう、でも、今ので覚悟決まったっす。トップデッキ!トップデッキ行くっすよ!」
「ぎゃはっ!お前まじかよ。もう押さねーから落ち着けって」
「いいから行くっす!!」

 おだねねの手をとって、ライトアップされた通路を歩き、黒いエレベーターへと向かう。「怒んなって」と言いながら手を振り解こうとするおだねねの手をぎゅっと握る。もう絶対、離してやるもんか。





ーーーーー




『本日はトップデッキツアーにご参加いただきまして、誠にありがとうございます』

「おい小虎、いい加減離せって」

『まず初めに、ご参加いただいた皆様だけに特別な合言葉をご紹介いたします』

「なぁ小虎。怒ってんの?」
「シッ!静かに」

 トップデッキへと上るエレベーターは、全面に映像が映っていて、案内員のお姉さんが画面に触れると地図記号が浮かびあがった。

『こちら電波塔の地図記号でして、上からアルファベットのW・I・Oに見えることから、ウィオというツアーの合言葉が生まれました』

 この先のスタッフはこの『ウィオ』という挨拶をしてくるのだそう。どーでもいーけど。

 流石にやりすぎたか?小虎は全然手を離してくれなくなって、ずっとまっすぐ前を向いている。あたしに目を合わせてくれない。なんだか寂しくて、小虎!って呼んだり、背伸びして視線を合わせようとするのに、全然合わない。こいつ身長高すぎんだろ。

 エレベーターが開いたら、スタッフがそれぞれ「ウィオ〜」とか「いらっしゃいませ」とか「Nice to meet you」とか言っていた。ウィオだけじゃねーのかよ、と思いながらあたしは夜景に飛びついた。

「めちゃ綺麗じゃん!!ねー小虎!!」

 窓際まで来たのに小虎は手を離さず景色を眺める。なーんだ、ここまできたらびびって手離すと思ったのに!

「ねー、そろそろ恥ずかしいからやめね?」
「やだ。だってねねが恥ずかしいの知ってるから」
「ね……お、お前なに急に」
「恥ずかしがらせてやろうと思って」

 フン、と小虎はそっぽを向く。バカ。恥ずかしいに決まってんだろ。てか、あたし、友達かどうか確かめたいと思ってたのに、なんかこんなんじゃ、恋人みたいじゃん。やめてほしい。

 ねーねー、と言っても全然小虎はやめてくれないので諦めた。もう、なるようになれ。あたしは小虎の手をぎゅーっとして、「あっち」といった。小虎は黙ってついてくる。なんか、あつい。タワーの温度調整どうなってんだよ。あとでウィオ軍団に文句言ってやる。あついって。

 トップデッキになると、人は少なくて、ゆっくり景色を見ながら通路を歩く。フロアは全面鏡張りで、街の灯りをまとめて集めたみたいに、フロア全体がギラギラしていた。

「……夜景の支配者みたい」

 って呟いた小虎の表現がなんだか面白くて、やけーの支配者って呟きながら小虎と手を繋いで歩いた。街のどこかで、毒島が走ってるのかな。そういえば榎本たちどうなったかな。あいつらもそろそろ捕まったか、もうホテル戻ったかな。あたしらも、戻らねーとな。

「小虎、そろそろさ戻ろーぜ」
「もうちょっと見る」

 小虎は少し震えながら、そーっと手すりに手をかけて景色を見ていた。ぎゅーって強く手を握られて、「おい!」って言っても、全然やめてくれない。もう限界だった。人目を気にしてたら、全然伝えられないだろーし。今更だよな、手まで繋いで。

 夜の街のあかりは、燃えさかる炎みたい。もし東京の街が完全にねむって、フロアに集まった光が全部消えて、世界に二人だけみたいになったら、思ってること躊躇なく言えるのにな。

 学生裁判のあの日みたいに、街にでっかいスプリンクラーの水をかけて。ぎゃはっ!そんなことしたら、それどころじゃないな。また小虎と逃げなきゃじゃん。

「お前と一緒に逃げるの、学生裁判の日以来な気がするわ」
「……懐かしいっすね」
「あの時も楽しかったなー。ぎゃはっ!今思えば相当やらかしてんな」
「今も相当やらかしてるっすよ」

 だな。見合わせて笑う。

「あの日から今まで、半年くらい経つけどさ」

 小虎が目を見開く。色素の薄い瞳がうるうると水気をともなって、さっと視線を逸らされた。

「あたしずーっと小虎と一緒にいてさ」

「…………」

「こうやって、小虎と逃げて、楽しくてさ」



「お、おれ、やっぱり!」「だからこれからもあたしと逃げてよ、一緒に」

 え?と小虎は目を潤ませている。手を繋いだ逆の手で、爪を立てるくらい強くマフラーを握っている。怖いんだろーな。

 あたしは手すり側に背中を寄りかけて、小虎の正面に立った。小虎の手をぎゅっと握り直す。あったかい。

「罪を犯した奴と、一緒に逃げるような映画とか見たことある?」
「え?あ、あるけど」
「そいつら赤の他人か?」
「きゅ、急に何?いや、赤の他人じゃないけど」
「だよな。あたし、いつも罪を犯してさ。それなのに、あたしと一緒に逃げてくれてさ、榎本とか雨森とか、他の奴らもさ。それって、部活が一緒ってだけなのかよ」
「…………えっと」
「あの日、学生裁判の日。あたしはお前に言ったよな?友達作るなって」
「…………うん」
「でもな、あたしが思うに、あの時あたしが小虎の手をとって逃げた時から」


「あたしら、友達なんだよ」


 な?小虎。

 でもあたしはちょっぴり申し訳なくて、困り眉で笑った。「自分から友達作るなって言って、友達だよなって、自分勝手だよな。ずっと小虎は、気にしてくれてたのにさ」

 小虎はしばらく何も言わず、あたしか、あたしの向こう側の夜景かを見つめて、ぎゅうと唇を噛んだ。でも小虎はあたしの手を離さない。そのまま、握っていてほしい。あんなに離して欲しかったのに、今は小虎に手を離されたくない。もうほんとあたしは自分勝手で、ばかな女だな。

 でもそれはそれとして、友達同士で手握るのは恥ずかしい……。

「おれ。おれ……」
「うん」
「嬉しいんだけど、ちょっと混乱してて……」
「ぎゃはっ!混乱すんなよ」

 しばらく見つめられた後に、
 そっか、おれバカだなぁ。なんて頭をかいて、小虎はあたしの手をあっさり離した。心臓がひんやりした。

 そんなの受け入れられるわけないっすよ、友達作るなって言っておいて。

 そんな風なことを突きつけられる。あたしは覚悟してギュッと目をつぶったけど、小虎は優しくあたしの名前を「おだねね」って呼んだ。



 ーー「おだねね」と呼んだ小虎の声が、なんだかしっくりこなかった。

「うん、おれとおだねねは友達。友達だよ」
「あ…………ほんと?ほんとに?」
「うん。ほんと。ほんと、おだねねはいつも自分勝手だなぁ」
「うん……ごめん」
「いいよ。そういうおだねねも好きだから!」


 小虎が満面の笑みで笑う。でもあたしの心臓は、またひんやりした手に握られたみたいに、冷たい感覚が走った。さっきよりもずっと、いやな冷たさ。何だろ、これ。



 ーーなんで嬉しいのに、こんなに心がざらつくんだろう?




「あ、ありがと」
「うん、おれ変に悩みすぎてた!」

 夜景の光が小虎のピアスに集まって、ギラギラと輝いている。安心と、なぜかざらついた心を抱えて、あたしらは東京タワーを出た。

 それからあたしらは手を繋ぐことはなかった。
 あたしのか小虎のかわからない手汗をぎゅっと握りしめると、手のうちで炎が灯ったみたいにあつかった。






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