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光芒




「いいなー、まりのクラスは当たりクラスで」
 友達のせっちゃんが言うには、私のクラスはイケメンも可愛い子も多いから当たりクラスなのだという。

「……君とか、女子なら間宮ひまりちゃんとかさ!!」

 私は「そうかなぁ?」と首を傾げて、掃除用具を片付けた。日直の私の掃除当番を、せっちゃんが手伝ってくれていた。さっさとせっちゃんと部活に行きたい。

「私は、せっちゃんと同じクラスの子が当たりだと思うな」
「えー?でも私そんなに顔面強くないよ」
「そういうのじゃないって。私の当たり基準は」

 せっちゃんは可愛いじゃん。と唇を尖らせる。せっちゃんがブスだなんて、男子も女子もせっちゃんも、センスがないだけだ。センスがある人にはきっと分かる。鞄とラケットを背負って、「ごめんね手伝ってもらっちゃって。いこ!」とグラウンドを指差したら、ちょうど教室の扉が勢いよく開いて、間宮さんが入ってきた。

「やばい、忘れ物し……うわお!びっくりびっくり。たはは、なんでまりちゃんアタシに指差してんの?なになにー?」
「あ、間宮さん、いや、違くて、」
 グラウンドを指差したらちょうど……とゴニョゴニョ言ってると、「え!間宮ひまりちゃん!?やっぱ実物可愛い!」とせっちゃんが両手を組んで感激している。

「やっぱアタシの話してたんかーい!」
「そうなの!間宮ひまりちゃんみたいな可愛い子がいるクラス、いいなーって私が言ってて」

 せっちゃんは同じクラスの私より、よっぽど流暢に間宮さんと会話を紡いで笑い合っている。間宮さんも、忘れ物を急いで取りに来たはずなのに、せっちゃんと盛り上がりはじめて、キラキラした笑顔を振りまいている。でも私は間宮さんの笑顔が苦手だった。太陽みたいにニッコリ笑うと、眉の形も、口角も、双眸も、隙がないくらい完璧な笑顔なのに、どこか困ったような笑みに感じるのが、薄気味悪かった。
 でも、私の性格が悪いのかもしれない。間宮さんは明るくて、可愛くて、私に無いものを全部持っているから、私のこの感情はただの嫉妬の正当化なのかもしれなかった。
 事実、せっちゃんを取られてモヤモヤしている。鞄に大きなラケットまで背負っているのに、なんだか手持ち無沙汰な気持ち。
 そして間宮さんは、そんな私を見逃さない。「じゃー、アタシそろそろ行くから!じゃあね!まりちゃんまた明日!」
 と私にも笑いかける。間宮さんのえくぼを見つめて頷く。私の心みたい。
 扉が閉まるとせっちゃんが、「うわー!ひまりちゃんめっちゃいい子!」って私に笑顔を向けてきて、口の中が苦くなった。「そうだよね」と言った私はうまく笑えていただろうか。




 次の日、ちょっとしたグループ授業が計画された。
「4人グループを作ってください」
 という先生の残酷な掛け声と共に、視線が静かにぶつかり合う。自分の手札にある『友達』と、『友達の好感度表』を見比べながら、なんとなく脳内でシミュレーションされていく。あの子はあの子と組みたがる、あの子は……。教室全体の人間関係を把握しておかないと、上手くグループに入れず、『入れてもらった可哀想な子』として、悲しい授業を送ることになる。

 間宮さんは、こんな感情とは無縁なんだろうな。でもこれは嫉妬じゃない。羨ましいけれど、妬んではいない。だって、明るくて、可愛くて、太陽のような存在なのだ。私は太陽にはなれない。どちらかといえば夜が似合うけれど、月にだってなれない。私は人から見られる側ではないのだ。いつだって見る側。

 見る側の人間は、いつまでも見られる側にはなれない。他人に見られる覚悟や度量が足りない。出来ない。でも私ももっと他人に見られる必要があった。他人に見られる自覚や責任を感じないと、何も出来ないことは分かっている。他人に見られている側の人間は、自覚や責任が自身を可愛くしている。私はそう思う。

 結局私はクラスで同じようなカーストにいる、平和主義〜な子たちとグループを組めた。友達といえば友達だけど、放課後に遊んだりはしない。それでも居心地は良かった。何より強く安心する。

 間宮さんもいつも通りイケてるグループに身を落ち着いて、美人な子やイケメンに囲まれてニコニコしていた。間宮さんはいつも通りの完璧な笑顔だった。でもやっぱり、心から笑っているような感じがしない。

 間宮さんが薄気味悪いのは、順風満帆な太陽なのに、どこか一歩引いている感じがあるからかも。いや、太陽なら当然だ。人間とは一歩どころか、一億km離れている。
 でも、人間は太陽じゃない。日向のような笑顔を振りまいても、太陽そのものではない。でもみんな太陽に憧れるから、笑顔を褒められたり、太陽のような明るさを褒められると、心から笑うのだ。

 でも、間宮ひまりにはそれがない。

「どしたどしたー?アタシの方ばっか見つめてさー!」

 気づいたら、間宮さんが私の前に立っていた。顔がわあっと熱くなって、「あ、いや……なんか、今日も可愛いな、みたいな」とギリギリで言葉を紡いだ。

「えー?まりちゃんもちょーカワイイじゃん!でもありがとね!」

 絶対超可愛いだなんて思ってない。でも、「思ってないよね?」と指摘すると、相当面倒くさそうな顔で「そんなことないよ!」と笑顔で否定されそうなのでやめた。間宮さんは笑顔が一定なのに、とても感情が多彩に表れる人だと思う。いまだって、いつもの笑顔なんだけど、「言いたいことあるのかなー?」って私に疑問を向けてきている気がする。

「その、考え事してた」
「そっか!」

 行こうとする間宮さんになぜか続けて「昨日私の友達が、まりちゃんは当たりクラスでいいねって言ってくれて、やっぱり間宮さんがいるからだろうな〜みたいな、そういうことを、考えてて……」

 どんどん声が小さくなる私に、「いやいやー!クラス全体で褒められてるってことはアタシだけじゃないっしょ!」と間宮さんは笑う。なんで私は、間宮さんと会話を続けたんだろう。本当に言いたいことや聞きたいことを聞けず、他の耳触りの良い言葉で会話を埋めて、間宮さんの本物の笑顔が、厚い雲に覆われた太陽のような笑顔を見たかった。

 でも、私が喋れば喋るほど、間宮さんの笑顔は『作り物感』が強く感じてくるのは、やっぱり私が間宮さんのことを苦手に感じるから?私って、なんて性格が悪いんだろう……。

 間宮さんが席に戻って行く。華奢でスタイルが良いのに、後ろ姿にどこか威圧感を感じてしまう。一言も言われてないのに、あんまり話しかけない方がいいかな、なんて思えてくる。なんなら間宮さんから話しかけてくれたのに。

 でも、間宮さんが好きなのはきっと私みたいにネガティブで考え事が多くて薄気味悪い女の子より、それこそ太陽みたいな子なんだろうなって思う。夜や月なんて知らず、呑気に明るく輝いているだけで、他人から崇拝されるような……。

 そういう人なら、間宮さんの本当の笑顔が見れるのかな。

「えー?それはどうかなー?」

 と笑う間宮さんが想像できた。その腹の中では「そうでもないよ」と間宮さんが言っている。



 ここまで全て私の妄想でしかないよなと気づいて、机に頭を伏せて寝た。カーテンの隙間から差し込む光が鬱陶しかった。


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