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オダネネSS 一緒にいこーぜ。




 榎本が家にいるのも慣れてきた。榎本はまるで昔からそこにいたように苗夏とゲームをやったり、あたしと戯れあったり、夜はぐっすり眠るわ飯は普通にいけるな、とか言いながらバクバク食べるわ、あたしよりも織田家してるかもしれない。

「織田君、どうした?鼻歌なんか歌って」
「あ?歌ってねーよ」
「いいや、歌っていたな。何という歌だ?」

 うるせーよ、と軽くデコピンすると、榎本は額をおさえて猛抗議していた。あたしはハイハイ、と頭を撫でた。
「せっかくの休日に良い天気なんだからお前もたまには外に出ろよ」
 ガキなんだから。
「全く。デコピンが必要なのはどっちだろうな織田君。今日は陽射しも届かない曇天模様だ。外を見てみろ」
「あ?そーなの?いたっ!!てめぇ……」
「フン。最初にやってきたのはそっちだろう」

 苗夏に「うるさいよ」と言われるまで二人で床を軋ませあった。榎本と走り回ったあとカーテンを開けると、確かに雲が空を覆い尽くしていた。

「そーいやお前って修学旅行いけるの?」
「ふっ、私は天才だぞ織田君。秘策がある。それより、織田君はどこに行くんだ?東京か?東京か?それとも東京か?」
「お前な……長野と沖縄もあんだろ。まー、東京、行きてーけど……」
「けど、どうした?」
「そりゃあお前、あれだろ。メンツが大事だろ」
「ふむ。まあ一理あるな。親友と旅行に行くのは楽しいに決まっている」
「あ?お前あたしらとは行けねーだろ。……ま、ほんとにな、友達と行くのは楽しーだろな」

 一緒に行けたら、ぜってー楽しーよな。つーか、行きたい。




 休日だけど、あたしは私服で学校に行く。制服はだりーから。平日の待合室なんか来れたもんじゃないくらい人が増えたけど、休日なら基本誰も来ない。
「うーす」
「ほんとにきたんだね」
「あ?あたしは約束は破らねーんだよ」

 イマイチ信用できないなと笑う樋口。この前のペア依頼時の勉強会では、樋口に教えてもらうのが一番理解できた。榎本は難しいし厳しい。小虎に教えてもらうのはなんかちょっとむず痒い、樋口に教えてもらうのが一番いい。

「でも本当によかったの?俺で。塞翁君の方がいいんじゃないかな」
「お前の方がわかりやすいんだよ。今日は古典な、古典」
「うん、古典ね。……というか織田さんの私服初めて見たけど結構オシャレだね。どこで買ってるの?」
「……あ?そーか?これはな、SOSOで見つけたブランドなんだけどな、…………って感じで価格帯も安くてな、それでそれで」
「うんうん。なるほど……一応メンズブランドなんだね。チェックしてみるよ。いやぁ、勉強1時間のためにオシャレしてくるのすごいね」
「これから用事あっからさ。ぱぱっと教えてくれよ」
「なるほどね。デート?」
「なわけねーだろ」




 樋口との勉強会はたった1時間だったけど、そこそこ集中できた。唯一雨が降らないかだけが気がかりだったけど大丈夫そうで、チラチラと外を見るたびに「やっぱりデートでしょ。塞翁君?」とか聞かれたからデコピンしておいた。

「織田さんは最近楽しそうだよね」
「あ?そーか?」
「勘違いかな。前よりもずっと明るくなった感じがする」
「元々暗くねーよ」

 まー、最近楽しいのも事実だけどな。一年連中は多すぎてうぜーけど解決部は楽しいし、織田さんと苗夏と3人家族になれて、榎本と暮らし始めて4人家族になって、家に帰っても帰らなくても楽しい。

 唯一心残りは小虎で、あたしは小虎に変な約束をしちまった。もう5ヶ月前の事だ。学生裁判の時の流れで、友達を作らない約束を小虎に結ばせちまった。その時は何とも思わなかったけど、今思えば真面目なあいつに変な約束取り付けちまったなと反省している。
 小虎は真面目だし、元々友達を作りたくなかったみたいで完全に受け入れてるから、多分あたしが「あの約束なしな!」とか言ったらぜってー怒るだろうな。

 でもあたしはバカだから、小虎と友達になりたくなっちまったんだよ。

 榎本と一緒に住んで、楽しい。解決部でみんなと依頼を解決して、楽しい。交流ができていく。友達が増えていく。

 そんな素敵な体験を、あたしにとって大切な人が躊躇している。その原因を作ったのは他でもないあたしだ。

 どうやったら小虎、友達になってくれるかな。
 



 樋口と別れて箱猫商店街にきた。途中、向かいの歩道だったから声はかけなかったけど、八色、泡沫、蔵が仲睦まじく歩いているのを見かけて、ちょっとほっこりした。だよな、あたしら解決部って仲良いんだよ。なんか楽しー。あたしがいいなって思ってる空間を、みんながいいなって思ってるの、なんだか楽しー。

「にせも……愛川ももうちょい馴染めばいいのにな」

 とかあいつに言ったら怒るだろーな。まー、どっかでみんなと仲良くなるだろ。あいつも素直じゃないだけだし。

 商店街は休日なだけあって、そこそこ賑わっていた。最近はりんご飴が人気らしくて、あたしと同い年くらいの奴らが、スマホを自分とりんごに向けていた。あたしもJKなんだから、こういうのやっとくべきか?苗夏にやれと言われて作ったインスタのアカウントは、何も更新しておらず、ストーリーのやり方を教えてもらったは良いものの、更新出来ずじまいだ。まー、目的のもんゲットした後ならいっか。

 じゆー軒っつーばか美味いカレー屋さんの隣に、寂れたガチャガチャの店があって、そこに何台かクレーンゲームが置いてある。あたしは躊躇なく台に100円玉を入れる。サメのぬいぐるみが、ぎゃはっと牙を向けて笑っていた。

 小虎がクリパの時に風切に貰ってたプレゼント、あれの子供が欲しいなぁとか、以前小虎が呟いてたのをあたしは覚えていて、最近このサメを見かけた時に小虎にプレゼントしてやろうと決めた。アームが弱すぎてサメは転げ落ちる。100円玉を入れる。それで、今こうやって格闘してるわけだけど、なるべく今日中に取って渡してやりたい。全然アーム弱い。取れねーだろこれ。

「あれ?織田ちゃん?」
「あ?」

 とべが、でかでかとした帽子を両手でずり上げてあたしを見つめていた。なんでこんな時に……。まー、いいや。

「何やってるです?あ、サメちゃんだ!織田ちゃんサメ好きなんです?」
「別に」
「じゃあうらべ!それ欲しいです!取ったらください!」
「だーめ。これはな、その……あ、苗夏にやるんだよ」
「なえかちゃんにですか!だったらうらべは諦めますね」

 コン、と小石を蹴るとべ。ぜってー納得いってないけどまーいい。小学生のガキにはな、他人に譲るって精神を教えてやらねーといけねー日があんだ。まー、こいつはほんとは高校生だけど。細かいことは気にしない。

「あ」「お」

 そうこう言ってたらアームの設定が強くなっていたらしく、サメは取り出し口に転げ落ちてきた。風切に貰ってたやつよりはこじんまりしたサメで、本当に子供のサメみたいでかわいい。

「ぎゃはっ!案外すぐ取れたわ」
「織田ちゃんゲーム上手ですね!でもでも、うらべも出来ます」
「ばーか。ガキはお小遣いを無駄に使うな。つーか、なんで商店街一人で歩いてんだ」
「散歩です!」
「お前な、一応今身体はガキなんだぞ。あぶねーからさっさと帰れ」
「危ないので織田ちゃんと共に行動しますですよー♡」
「あーそうだったそうだった、お前はJKだから何の心配もねーな。じゃーな」

 えーん、と嘘泣きするとべにひらひらと手を振る。あたしはサメちゃんを抱きかかえ、商店街を後にしてゲーセンに向かった。絶賛ペア依頼受諾中、今話題の黄昏狩りの王がいるゲーセンだ。

 掲示板を開く。小虎が、日曇ってやつとペア依頼の件でやり取りをしている。なんでか分かんねーけど、詳細な文章は読みたくなくて、でも今日もいるっぽいことだけ確認して閉じた。

「デレデレしやがってさ!」

 バカ小虎が。んだよ、格ゲーがどうとか書いてたけど、あたしでも出来んだろ。なんであたしに頼らねーんだよ。ペア依頼だからか。なんであたしも誘ってくれねーんだよ。ペア依頼だからか。

 どーせあいつのことだから、真面目にずーっと格ゲーとかしてんだろーな。クレーンゲームとかやらずにな。だからあたしが、このサメちゃんをな、そこのゲーセンでたまたま取ったことにしてな、小虎にあげるんだよ。あたしは一回で取れたぜってな!ぎゃはっ!そしたらあいつ、おれでもやれるし!ってムキになってくれるかな。そしたらあたしともゲーセンで遊んでくれっかな。いや小虎は日曇とペア依頼こなしてるだけだっけ。

 あたしだって小虎と……

「む?織田君、どうしてここに」
「なっ!え、榎本!お前家にいるんじゃねーのかよ!」
「依頼があるからな。織田君は掲示板を見ていないのか?全く、困った部員だな」
「お前に言われたくねーよ」

 榎本が、こてんと首を傾けてあたしを見つめる。
「それにしても、織田君は別の依頼を受諾したと認識していたが、なぜここに?」
「あー、別に。プライベートだよプライベート」
「それに妙だな。そのサメのぬいぐるみはどうした?」
「あ?これ?これはな、さっきゲーセンで取ったやつに決まってんだろ」
「私はクレーンゲームを全機種確認したが、そのサイズのサメのぬいぐるみは」
「チッ、いーだろ細かいこと気にすんな」

「あれ?オダネネ?榎本さん?」

 心臓が跳ね上がった。色素の薄い双眸があたしを捉えたと認識した瞬間、胸の奥がなんだかむず痒い。

 あたし、なんでサメなんか渡しに来てんだろ。変だろ、マジで。小虎を目の前にして、急に頭が混乱してきた。そもそもあたしは午前中、樋口と勉強して、午後から、なんで小虎に会いにきて、なんでサメのぬいぐるみなんか持ってんだろ。なんで小虎とクレーンゲーム対決に持ち込ませようとしてんだろ。小虎は依頼中なのに。

「どうしてここに?」
「私は依頼に決まっている。織田君はプライベートだそうだ」
「へー、そうなんすね!サメ可愛いっすね!どこで取ったんすか」
「あ?あ、いや、別にー。商店街の……」
「商店街にクレーンゲームとかあったんすね!かわいい!オダネネもサメ好きなんすか?」
「織田君はぬいぐるみなんか部屋に置かないだろう」
「お前余計なこと言うな!!お、置きたくなったんだよ」
「いいっすね!おれも風切さんに貰ったサメのぬいぐる、いだっ!!なんで踏むんすかオダネネ!!」
「足がでかくて踏みやすそうだったから」
「確かに踏みやすそうだな。どれ、私も一踏みしてやるとしよう」
「榎本さんまで!?」

 ぎゃはっ!
 ふっ……
 あはは!

 なんかあたしらは笑い合っちまって、その後なんとなくあたしと榎本は小虎を踏もうと追いかける。おかしいっすよ!と叫ぶ小虎と笑っている。なあ小虎、あたしられっきとした友達じゃねーの?違うかよ。

 ひとしきり追いかけ回した後に、小虎が「オダネネはサメに飽き足らず、他のも取ろうとしてるんすか。なんだったらおれが……」と財布を取り出した。ちげーよ。
「クレーンゲームなら私に任せるといいさ。塞翁君は優秀だが、こういう時に力が入って取れなさそうだ」
「うっ……ご、ごもっともですけど。……あ、おれそろそろ戻らなきゃ。日曇さんのところに」
「あ?まだいーだろ」
「いやいや、特訓しないと!オダネネもプライベートで来たんすよね?全然、ゲームやってていいっすよ!何かあったらおれも榎本さんもいるし」
「そうだな、私が王などすぐに蹴散らせてみせるさ」
「あ?お前らの手なんか借りなくてもよゆーだわ。さっさといけよ」

 サメのぬいぐるみがヂューと鳴いた。強く抱きしめると、鳴き声が上がるぬいぐるみらしい。

「……あ、榎本お前、泡沫が今呼んでたぞ」
「泡沫君は今スティックを取りに家に帰っているが、人違いではないか」
「…………あっそ」
「織田君、今日は様子がおかしいな。家を出る時も鼻歌を歌ったり」
「歌ってねーよ!」
「オダネネどうしたんすか!?機嫌良いんすか!?」

 小虎がびっくりした形相で、こちらを見つめてくる。背高いな、こいつ。

 背低いな、榎本。

「うっせーな。別に良くねーよ」
「なんか良いことあったんすか?」
「別に。午前中樋口と勉強してだるかったし、気晴らしにゲーセン来てるだけだわ」
「ふーん……そうなんすね。あ、おれそろそろいきます」
「え、ちょっと待てって小虎!」
「なんですか、何か用事すか?」
「いや……なんつーか、これ」
「お、おれ依頼あるから!」

 小虎はそそくさとその場を後にして、日曇のとこに戻った。なんかあいつら距離近くてムカつくな。王に負ければいーのに。つーか、サメのぬいぐるみ、渡しそびれたし。うざ。

「織田君、私もそろそろ行くとするよ。ゲームの改造を行わなければならない」
「は?改造?」

 よくわからんが榎本もその場を後にした。残されたサメとあたし。ヂューと鳴く。どうしような。別にゲーセンに来たかったわけでも、サメが欲しかったわけでもねーのに。

 小虎と日曇が、横並びでゲームをしている。日曇が何やら席を立って、小虎とほっぺとほっぺがくっ付くくらいの距離で、小虎の手を取って指導していた。

 全然面白くない。
 榎本と二人でくるゲーセンは楽しいのに、今のゲーセンは全然面白くない。ヂューとサメがなく。あたしだけ、取り残された気分だ。サメ売りの少女みたいな。寂しいやつ。依頼も気にせずプライベートでゲーセンに来ただけの、何も考えてないバカだって思われたかな。やだ。

 ゲーセンのゴチャついた音で会話は何にも聞こえねーけど、小虎はきっと「すごいっす日曇さん!」とか言って、キラキラした笑顔で、日曇を見つめている。ヂュー。なんか、あたしといる時の小虎って、ちょっと困ったような顔とか、ムキになったような顔ばかりで、あんなふうにキラキラと笑うことが少ないんじゃないかって思う。統計取ってないから分かんないけど。

 あたしは小虎と友達になりたいのに、小虎は思ってないかもしれない。だってあたしは、なんか、認めたくないけど、小虎が他の人と楽しそうにしてたらやだし、混ざりたいし。でも小虎は別にあたしのことになんか興味ねーよな。樋口の勉強会の時はやたら気合い入ってたけど、今日は別にそそくさと行っちまうし、結局依頼か。あいつは解決部頑張ってるだけなんだな。

 でもそーゆー小虎は好きなんだけどさ。





 好き?
 いや、好きは変だな。ヂューと鳴く。いつの間にか興味もないクレーンゲームに100円玉を入れたまま、操作もせずに見つめていた。ぬいぐるみが、一人ぼっちでケースの中に寝たきりになっている。あたしみたい。この胸に抱きかかえたサメも、あたしみたい。ヂューって鳴いても、何も分かんない。言葉が下手すぎて、何も伝わらない。ヂューって。間抜けじゃねーか。

 あたしは操作もせずに、駆け出した。あたしが走る時、なんかいつも追いかけたり、逃げたりばっかりで、嫌いだ。だからたまにはぶつかってやろーかなと思った。ヂューって鳴く下手くそなサメじゃない、あたしは人間だから。一生懸命頑張ったら、あたしでもわからないこの気持ちは、小虎ならわかってくれるかな。

 格ゲーコーナーに走ったあたしは、ゲーム中の小虎にドーンと追突した。急に押し倒された小虎が、何か困惑しながら叫んだけど、そんなの無視であたしは胸ぐらを掴んで小虎の上体を起こした。

「は!?な、なになにオダネネ!?痛いんすけど!!」
「なんでお前、あたしも誘わねーんだよ!!」
「な!……何の話すか」
「お前さ……もーいいや、意味わかんねーんだよあたしもあたしが!」
「お、俺も意味わかんないよ!」
「あたしバカだから!!」

 小虎のシャツから手を離して、代わりに胸にサメを押し付けた。小虎の心臓の前で、サメはヂューと鳴く。

「あたしバカだから、これあげたら小虎がもっと仲良くしてくれっかなってなんか、考えて、なんかあたしもよくわからんけど、最近ずっと小虎のことを考えて」
「え……」
「分かんねーけど、なんか、なんか……」

 友達になりたいっつーか、
 いや、そんなん別にならなくてもいーっつーか、
 お前がなんか……いいなっつーか、
 好きっつーか、

「え、今なんて……?」
「……チッ、小虎は誰と仲良くしたいと思ってんのか知らねーけど、あたしはお前と東京コースに行きたいと思ってるから!!」
「え。………….東京?あ、しゅ、修学旅行!!いや、おれも」
「とにかくそれやるんだから東京こいよ!!じゃーなばーか!!」

 結局あたしは逃げ出すために駆け出して、開き切ってない自動ドアを潜って、外へ出ても走り続けた。


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