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オダネネSS クリスマスパーティ⑤ 小虎視点
会場の喧騒に上手く混ざりながらも、塞翁小虎は気が気でなかった。織田寧々と榎本沙霧が走り抜けていった大扉に、ときどき視線がいく。
唯一、これに気付いたものがいる。
「小虎先輩、体調悪いんです?」
卜部麻乃が、メガネを両手で下にずらし、小虎を覗き込む。
「え?いや全然!楽しいっすよ」
苦笑いでグラスの氷をカランと鳴らすと、卜部は、心配ですよね、とも、無理してますよね、とも言わず、「劇、あんまり笑ってなかったような。小虎先輩のツボに刺さりませんでした?」と柔らかく笑った。対する小虎の返しは、卜部には何となく予測がつく。雨森さんが心配で……
「ああ。雨森さんが心配で笑うどころじゃなかったっす。彼女、劇やる前に震えてたし」
「でも卜部、普通に上手くて感心してました」
「おれも。笑いより感心が勝っちゃったっす。ハラハラもしてたけど……」
力無く笑う小虎。卜部は「これどうぞ」と水を置いて戻ろうとする。小虎が何か思考する前に、「あ」と振り返り、
「それは卜部おすすめの水です!」
「おすすめの水?」
「有栖川家の家から出る水、絶対ただの水道水じゃないんですよー!水道水なのに!」
「勝手に汲んできちゃっていいんすか……」
その時は、小虎先輩のせいにするから問題なしですと舌を出す。おだねねならともかく、卜部さんがそんな事するわけない、と察した小虎だったが、やめるっすよ!!と一応席を立って忠告しておく。安心で顔がゆるむ。楽しい宴会で辛気臭い雰囲気を出しているのがバレるのはいやだから。きっと卜部さんは、詳細に気付いてはいない。
そのとき、大扉がゆっくりと開いた。
織田寧々と、有栖川櫻子が会話をしながら戻ってきた。小虎は二人の様子から、織田が榎本を連れ戻せなかった事、織田が怪我をしている事、有栖川がそれについて心配している事などを察して気分が更に落ち込んだ。
水を飲む。こんな時に飲んでも、違いは全然分からない。
ーーーーー
「あーもうほら!!膝のとこちゃんと洗ったっすか!?」
「うん」
魂が抜けて戻ってきたおだねねを、無理やり外に連れ出したはいいけど、なんだかおだねねは、意気消沈した子供みたいになってしまって、やけに素直に「うん」しか言わない。こんなおだねね、初めてだ。
「えっと、言いづらかったら何も答えなくていいんすけど、榎本さんは?」
「……」
「何か言ってたんすか?」
「……」
絆創膏を貼る。おだねね、ボディタッチとか極端に嫌がるのに、いまは大丈夫そうだ。おだねねは寒いのか、ずっと震えているので、コートを渡すと「いらない」と返される。
「いや、寒そうっすよ!?着ないと……」
「こわい」
「こわい?」
それからおだねねはまた黙った。
こわい?榎本さんが?いや、もしかして……と考えつきそうな所でやめた。今想像したのが事実として、おれは何をどうおだねねに聞いたらいいのか、分からない。おれはゆっくりおだねねの体から離れ、
「絆創膏、自分で貼れるっすよね」
と手渡すと、静かに剥がして、肘に貼る。震えが止まったような気がする。おれは、ごめんと、声を出さず俯いた。ごめんと言葉にしたら、気づいてしまったみたいになるから。
おだねねは落ち着きを取り戻しつつあるのか、はぁ……と手に息を吐いて、
「やっぱ寒いから貸せ」
なんて言ってコートを奪い取ってきた。
「なんでお前にも貸しを作る羽目になんだよ」
「貸しとかないっすよ!ただおれは、怪我してたから心配で」
「はいはい。ありがと」
おだねねが珍しく感謝なんかするもんだから、おれもちょっと嬉しくなっちゃって頬が緩む。おれじゃなくてもいい、榎本さんでいいから、もっと周りを頼ってくれたらいいのに。どうでもいい頼み事とかパシリなんかじゃなく、重要な事ほど。
「なんでニヤニヤしてんだ」
「あ、いや別に……」
会場に戻ると、おだねねはすぐに席に着いて「喉乾いたー」と言う。食卓で何にも動かない、子供みたいなおだねねに、おれは全然呆れることはない。呆れるどころか、可愛いなって思ってしまう。感情が真っ直ぐで、かわいい。
近くに置いてあったシャンパンを取って、グラスに注ぐ。
「ストップって言うまで注いで」
「…………ちょっ、おだねね!なんでストップ言わないんすか!なみなみ注いじゃったっすよ!?溢れるっすよ!!」
「ぎゃはっ!なに勝手に止めてんだよ」
「流石に止めるでしょ!?」
おだねねはなみなみのグラスをじゅるーっと少し吸ってから、グラスを取ってグイグイと身体に流し込んだ。うげっ!!とカエルみたいな声を出す。
「え、どうしたんすか!?まずかった?」
「なんだこれ」
おだねねがべーっと舌を出す。
「苦熱い」
「にがあつい?」
「苦熱い」
おだねねが僅かに残したグラスを舐めると、舌先で液体が燃えるような感覚がした。
「これもしかしてアルコールっすか?」
「へー。まあ今日はいいだろ、もうあたしは失うもの何もないし」
「なに言ってんすか!ダメっすよ」
おだねねは別のワインを取ってきて、グラスも持たずに瓶からラッパ飲みを始めようとする。だめっすよ!と止めに入ろうとしたら、「いだっ!」脛を蹴られた。ひどい。いたい……。
おだねねは瓶を煽り、喉を鳴らす。おれが頭を抱えるのを気にもせず、飲み口を離すと大きなため息をつく。
「あぁ〜……。これ苦熱いね〜ことら」
「か、顔赤いから!もう飲んじゃダメっす!」
ワインは何とか取り上げたけど、もうおだねねは手遅れなくらい顔が紅潮していて、瞳も顔も、やや上に傾いて、ぽーっと宙を見上げている。
「あっはっは!!西園寺君、何を大声出してるんだ!!」
びっくりして後ろを振り返ると、おだねねと同じく顔を紅潮させたニノマエ君が立っていた。大声って……ブーメラン刺さってるっすよ、のツッコミを飲み込んで、
「ちょっ、なんでみんな飲んでるんすか!?」
と聞いてみる。
「シャンプーの事か?」
「いやシャンパ……いやそもそもワインっすそれ」
「なーんだ!WAONか!」
「いやそれはカードっす!!TSUTAYA当店でも使用できますので……ってこんな事言いたいんじゃなくて……あれ、おだねねどこいった!?」
おだねねは、いつの間にか卜部さんやら風切さんに囲まれていて、何やら楽しそうだ。ぽーっとしているおだねねは、酔いが完全に回ったのか、いつもの覇気と牙が収まっている。
「おだねね、何してんすか。早く水飲んで!」
卜部さんと風切さんに割り込んで、おだねねに水を渡す。卜部さんたちは……酔ってないっぽい。テーブルにワインらしき物も、今のところはない。早く有栖川家の人間に知らせなきゃ……有栖川さん、どこ行った……?あ、SPの人でもいいのか。
「シャイキング君、こちらにも水を」
「さいおうのおうは王じゃないっすから!ニノマエ君も瓶置いて……っておだねねぇ!?何してるんすか!?」
おだねねは受け取った水を左手にかけ、丁寧に手を洗っている。風切さんはお腹を抱えてうずくまり、卜部さんはバシャバシャ写真を撮っている。
「よ、酔いすぎっすよおだねね!」
「あー」
おだねねからワインと水を取り上げる。ワインを持った右手を上に伸ばし、「ほら、諦めるっすよ。届かないでしょ」と言うと、おだねねは無言で、手を伸ばし、ピョンピョン小さく跳ねている。
「とどかんよ、ことら」
「でしょうね!?」
「なんでいじわるすんだよ」
「意地悪じゃない!とにかく座って!」
「アクジキング君、ワインはどこだ?」
「にのまえ君もね!?」
椅子を引くと、案外二人とも素直に座って、おだねねの方は液体みたいに、ぐでーっとテーブルに溶けていく。かわいいを連呼しながら写真を撮っていた卜部さんが、ぴーん!とアホ毛を立てる。何か良からぬことを思いついてそうな……。
「織田ちゃん織田ちゃん!これ着て!これ♡」
どこに隠し持ってたのか、サンタのコスプレ服を取り出してきた。「おー」と拍手するはにのまえ君。
「あー?これ?いいよ」
おだねねは着ていた服のボタンをーーって、
「ちょっと何してるんすか!!止めてうらべさっ、!? うわわわっ!!」
「あー!小虎先輩、いま一瞬見ましたよね。ふっふっふー!卜部、決定的瞬間を目撃しちゃいました。小虎先輩が、織田ちゃんのーー」
「やめるっすよ!!ていうかおれ今視線逸らしてるけど絶対止めてないでしょ!!止めて!!誰か止めて!!有栖川さーん!!どこっすかー!!!!」
おれは全然聞きたくないのに、服が擦れたり、ボタンが外れるプツッて音とか、良からぬ音が耳に入ってくるので、耳も塞いでおく。「もう終わったらおしえて!!にのまえ君も一応こっちっすからね!?目閉じて!!」と叫んでから。
「織田ちゃん後ろじゃないんですね」
「あー?らくじゃない?」
「実はですね織田ちゃん、後ろの方が形的なバランスがですね……」
はぁ。なんでおれ、こんな羽目に。結局、榎本さんとおだねね、どうなっちゃうんだろ。おだねねはなんかショック受けてたし、榎本さんは帰ってこないし……。おれのせいでもあるなぁ、でも今日はおだねね、まともに話せないから、明日改めて話を聞こうかな……。
「小虎せんぱーい!!織田ちゃんお着替え完了でーす!!」
振り向くと、赤と白に包まれたおだねねが、「えへへ」と笑っている。……え?えへへ?
「お、おだねね……似合って……るっすけど」
「織田ちゃん!!猫のポーズして!!」
「あ?こうか?」
軽く握り拳を作り、手首を柔らかく曲げたおだねねは、「にゃ」と短く鳴いた。……ちょっと可愛い。ちょっと可愛いけど、これは違うんじゃないすか!?
「きゃわいい!!織田ちゃんきゃわですよ!!」
「えへへ」
「おだねね起きて!!記憶が残ってたら死ぬのはおだねねっすよ!?」
「……ふふふっ、私も飲もうかな、楽しそう」
「いや風切さん待って!!明らかにツッコミ追いついてないっすからね!?」
おだねねは散々ポーズを取らされた後、スイッチが切れたようにまたテーブルの上で液体になる。卜部さんはテンションが上がりすぎて、どびゅんと別のテーブルまで走っていったけど、まさかワインを……いや今度は絶対止めなきゃ。
「ねぇことら」
「え、な、なんすかおだねね……」
テーブルに溶けているおだねねが、潤んだ瞳でこちらを見つめてくる。呼んでおいて何も言わないので、再度「気持ち悪くないっすか?大丈夫すか?」と呼びかけると、テーブルに指をくっ付けて、動かしている。何やら指で文字を書いているみたいだ。
「ちゃんと見ろよぉ、最初から。あたし文字書いてるのにぃ。見ろよぉ……」
「はいはい……」
「みろ!」
とサンタ帽を投げつけてきた。アホ毛がぴょんと跳ねている。情緒がわかんない……。
指の動きを追うと、「ば」「ー」「か」だった。おだねねすぎて安堵して、ため息が出る。
「ことらにゆったんじゃない。あたしがばか」
「ああ、そういうこと。おだねねはバカじゃないっすから、とりあえず飲むのをやめて」
「ねぇ、あたし榎本にきらわれたかな……」
おだねねはアホ毛まで萎れさせて、呟いた。まるで初めから伏し目がちな少女として存在していたかのように、仄かな暗さが彼女にあった。
おれはただただ押し黙った。整理がつかない。どう感情が騒ついて、どう感じているのか、おれはおれの心が説明できない。
はぁ、とため息をついて、宙を見つめるおだねねの歯が、照明に照らされてキラキラ光る。アホ毛を萎れさせ、伏し目のおだねねは、
「ともだちなのに……」
と確かにつぶやいた。
「え、おだねね……!!」
「こえでかー」
「あ、ごめん。いやでも酔ってるからこれはノーカンなんすかね……いやでも!」
「えへへ。ことら」
おだねねは、にぱっと笑う。
「ことら、おまえもさ、」
お前も?
その先の言葉は、卜部さんの「織田ちゃーん!」の大声でかき消されて、魔法が解けたみたいに、おだねねの全開の笑顔は、風船が萎むように戻っていって、紅潮したおだねねだけが残った。
「おまえも?」
と聞き直したおれの声を、おだねねは認識できないくらいに酔ってしまって、もうだめだ。有栖川さんを呼ばなきゃいけない事をおれも思い出して、でも、その前になんだか喉が渇いてしまった。
「にのまえ君、さっき渡した水残ってるっすか?」
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