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オダネネSS 虹のまち




 榎本のラベンダー色した髪が、あたしの睫毛を撫でた。榎本と密着して電車の揺れに耐えていた。ドアが開けば弾け飛びそうなくらいぎゅうぎゅうに押し込まれた電車の中で、あたしと榎本は息を殺していた。

「……ここで見つかったら終わりだぜ。逃げようもない」
「だが織田君、先生側も身動きはとれまい。もし見つかったとして逃げるチャンスは十分あるだろう」
「それもそーか」

 運が悪い。同じ車両に生活指導の毒島が乗っている。多分あたしらの脱走を嗅ぎつけていち早く捜索しているのだろう。毒島はでかい図体を申し訳なさそうに懸命に縮こめて、吊り革に両手をかけて揺られている。

「ふっ、借りてきた猫だな」
「ぎゃはっ!どー考えてもゴリラだろ」
「ゴリラが人見知りをするだろうか」

 さぁな、の声は原宿駅を告げる車内アナウンスにかき消された。あたしらが潰されかけている方のドアが開いて、比喩でもなく弾け飛ぶようにドアを飛び出したあたしらは、毒島に追われる前にいち早くホームを走った。と言っても走れたのは最初の数秒で、すぐに濁流みたいな人混みに飲まれて、訳も分からぬまま駅の改札を出た。

「とんでもねーな、なんだこの人だかり!」
「今日は日曜日だからな。……そう考えると織田君、今日のスケジュールが退屈なのも少し納得できるかもしれない。日曜日に楽しいスポットは回りづらいからな」
「あ?シラネシラネ。そんなの。一生に一度しかないかもだぜ、あたしらのメンツで東京行けるのはさ」
「一生に一度か。そうでもないかもしれないよ。不思議なことに箱猫市ではループ事象が起きている。現に今年も塞翁君なんかは」
「あーあーあー!水さすな!とにかくいくぞ」

 あたしは榎本の手を引っ張って、原宿のメインストリートへと消えていく。早く行かなきゃ、いつ捕まるかわかんないし。見上げれば、カラフルなアーチと、電光掲示板に表示されたWelcome to Takeshita!!の文字があたしらを迎えていた。

「うわ原宿!」
「ふっ、これくらいで驚くのはらしくないな」
「ばーか!お前もニマニマしながらアーチ潜ってんじゃねーか!てか、お前よだれ出てんぞよだれ!どーせお前もドキドキしてんだろ」
「原宿など何度も行ったよ。今更ドキドキなどしないさ」
「んなキラキラした目でカラフルな店追いかけながら言うなばーか!」

 そもそもばかって言っても何の反応もしない時点でな。榎本と一緒にあたしもキョロキョロする。カラフルな人間と、カラフルポップな店が立ち並ぶ。マックの黄色、プリクラランドの白とピンク、占い屋のパープル……竹下通りを辿った奥にそびえる青い高層ビルもRPGの巨人に見えてきた。

「虹が街に降りてきたみてーだな!」

 道路脇の電柱にはベッタベタにステッカーが貼られていて、原宿色に染め上げられている。あたしと榎本もスカイツリーでノリで買った変なステッカーを取り出して、
「次電柱あったら貼ってやろーぜ」
「どうせなら解決部のステッカーなどあればよかったが」
 なんて笑い合った。
 喧騒すらも彩りの一部みたいに聞こえて、周りの通行人たちとパレードでもしてる気分になってきた。

「織田君織田君、あれは何だ?あれは!」
「あ? おー!!最近流行ってるやつだなあれ」

 ロングロンガーロンゲスト!と書かれた店の前には、見るからに長いグルグル巻きのポテトの絵が描かれていた。

「なんだあれは。剣か?」
「ぎゃはっ!ポテトだよ。食おうぜ」

 と言うより先に榎本は財布を取り出して並んでいる。何をしているんだ織田君、早く!なんて手招きしてる榎本の双眸は、宝石が埋め込まれたみたいに輝いていた。あたしも走っていって、肩をぶつける。

「何をする!」
「いだっ!やり返すなばーか。テンション上がりすぎなんだよ」
「私は平常時と変わらないよ。織田君の方が子供っぽいぞ」
「ぎゃはっ!言ってろ」

 少し並んだら順番が回ってき、ご注文は?と聞かれた榎本は「この一番長いやつを頼む」と言った。
「あ!あたしもそれで!」
「はい。二つですね」
「うむ。それから、ソフトクリームの長いやつも頼む」
「は?お前二つも持てねーだろ!」
「知らないのか?織田君。今世間を騒がせているのは『二刀流』だよ」
「だから剣じゃねーって」

 店員からポテトを受け取るあたしら。ポテトは棒に螺旋状に巻かれていて、身体の半分くらいの長さがあった。

「でけー!!」
「なんだこれは、なんだこれは!」
「ぎゃはっ!お前さっきからそれしか言ってねーよ!」

 榎本は長いソフトクリームも受け取ったので、ゆらゆらふらふらさせながらソフトクリームとポテトを交互に頬張っている。

「ふまいな、ふまい」
「ぎゃはっ!ばかだろお前!!こんなお前狭いとこでそのソフトクリーム片手持ちとか」
「いくぞ織田君。あまり止まっていると先生たちに見つかりかねない」
「流石に大丈夫だろ、人多いし。食べてからにしろよ」
「問題ない。せっかくなら二刀流で竹下パレードを練り歩きたいものだしな」
「本物のばかだな、ぜってー後ろから押してやる」
「なッ……怒るぞ織田君!」
「ぎゃはっ!もー怒ってんじゃん」

 でも楽しそーに笑ってる。結局二本とも持って食べ歩きを再開したけど、二刀流と呼ぶには頼りなさすぎるフラフラ具合だ。あまりの危なさに通行人があたしらの横をあんまり通らなくなったから、結果としては歩きやすくなってよかったわ。
 榎本が食べるのが遅いのか、はたまた四月の後半にしては高い気温が災いしたか、たちまちソフトクリームはドロドロと溶け始めて、呼応するかのように汗をダラダラ流した榎本が、
「織田君、助けてくれ」
 なんて真顔で言い始めたので笑った。このばか!!って言いながら二人でソフトクリームを舐めながら歩いた。行儀悪すぎて面白い。学校でタバコ吸うよりよっぽど行儀悪いカッコ。まあ他人の頭にぶちまけなくてよかったかな。

「織田君、峠は越えたよ。ありがとう。しかしこのソフトクリーム、味も長さも文句無しだが、流石に溶けやすすぎるな。総合的に考えて120点と言ったところか」
「ぎゃはっ!マイナスあってそれかよ」
「織田君は?ポテトは何点だった?」
「知らね!200点!」
「ふっ、私のポテトは300点だ」
「何のマウントだよ」

 ポテトは溶ける心配もないのでゆっくりカジカジしながら竹下通りを下っていく。全品60%オフですー!!!!と叫ぶアパレル店員のおばちゃんに釣られたあたしらは、ザ・原宿感ある店に吸い込まれていった。

「なんだここ!!こんなの着るやついんの?」
「だが、先ほどからこの様なカラフルな服をよく見かける。織田君、私たちもここは原宿に染まっておくべきかもしれないよ」
「お前がそんなこと言うとかマジで珍しいな。原宿パワー怖いわ」
「なに、修学旅行でせっかく脱走しているんだ。楽しまないと損というものだ。それに、結構イカした服も多い」
「お前のセンスだけは信用してねーからな」

 榎本はしゃがんで、ふむふむと言いながらTシャツを物色している。漢字一文字の謎Tシャツを吟味しながらあーだこーだ言ってるが、それはお前、外国人ホイホイだぞ榎本。漢字一文字、意味わからんけどなんかいいなと思って買う情弱外国人用の服だぞ榎本。日本人のあたしらは騙されちゃいけねーやつだぞ。

「織田君」
「あ?どした、マジで買うのかそれ」
「いやサイズがな、メンズのLサイズからしかなくてな」
「ぎゃはっ!なんでだろーな。意味に気付けたらいいな」

 とか言ってたら店員が女性用のMとかを裏から持ってきてくれて、榎本は「これではぐれた雨森君たちにもプレゼントできるな」なんて言っていた。お前まじかよ。それお前用だけじゃねーのかよ。

「織田君にはこれだな」
「いや、いらねーって……」
「遠慮することはない。私は今お金持ちだからな」
「織田さんに感謝しとけよ」

 あたしは鮪と書かれたTシャツを手渡された。「サイズはピッタリだな」と真顔で親指を突き立てられたけど、サイズじゃねーんだよ問題は。なんだよ鮪って。某バンドのボーカルかよ。

「あれー?オダちゃん!!エノちゃん!!」

 あ?その声は……と振り向いたら予想通りのやつが立っていた。溢れんばかりのリボンをくっ付けた、身長の低い、両手を腰にやり、ドヤ!と胸を張る、とべーーーーの、服にはとびっ子❣️の文字。

「ふっ、卜部君はもう買っていたのか。流石と言わざるを得ないな」
「あー、もーほんとお前ら流石だわ」
「そこの通りの黒人さんにおすすめしてもらったんです!君ならきっとニアウヨ!って!どうですかー?卜部かわいいですかー?」
「ばかわいい」
「うむ。似合っているよ」

 結局はぐれた組のTシャツを買った榎本は、よくわからんカラフルな袋を下げて店を出る。それにしてもとべは、原宿によく馴染む。リボンいっぱいの頭に、パステルブルーの髪色も、全身で感情を表現する仕草も、どれをとっても原宿だ。こいつ、原宿系だったんだな。

「卜部、原宿が一番好きです!カラフルな卜部で居てもいいような気がして」
「あ?お前はいつもカラフルだろ?」
「ふっふっふー、卜部にもモノクロな気分な時があるんです。可愛いからいっぱいリボン無双してますけど〜、卜部にもあるんです、いろいろ!悩みとか、モノクロなえーんって気分の時とか!でもでも、原宿はこんなにも卜部色でいてくれて、卜部なんか気にしないようなカラフルポップなんです!」

 確かに原宿はカラフルで、レインボーだ。とべが原宿に馴染みすぎるくらいに。もちろんあたしの髪色みたいにモノクロな人とか、普通に渋谷で見かけるようなお洒落な人も沢山いるけど、原宿は全ての個性や色を飲み込むような強大なエネルギーに溢れている気もする。
 むしろ原宿のエネルギーに負けないように着飾ったのが原宿系ってやつなのかな。だから他の場所では浮いちゃうような、さ。

「では卜部は退散します!」
「どうしてだ?今から私と織田君は竹下通りの全ての店を制覇するが、その野望について行こうとは思わないか?」
「だって卜部、小虎先輩のところにも行く約束しちゃったので!もう連絡も取れてますよー」
「小虎どこにいるって?」
「カフェにいるみたいですー!大好きな小虎先輩とも、卜部遊びたいですしね」

 大好きな……。やだな、こんなに楽しく過ごしてんのに、心がモノクロに染め上げられるのだけは、やだな。

「卜部さ、昨日の夜にその……恋バナとかしただろ」
「はい!しましたねー。卜部みんなの好きなタイプとか聞けて楽しかったですよ〜!ふふふ」
「……小虎が好きって、あれガチなの?」
「大ガチですよー?卜部、小虎先輩に告白もしました!」
「はぁ!?!?!?」

 榎本はあたしらの会話を全く聞きもせず、「織田君!次はあれだ!あのレインボーわたあめにしよう!」とか騒いでる。ちょっと待てお前。ああもう行ってるし!

 てか、あたしなんで動揺してんだろ。もうとっくに食べ終わったポテトの棒を舐める。首の裏にいやな汗が流れてる気がして、なんだか痒い。下唇を噛んで首をかいていたら、ひんやりした胸の痛みを感じた。原宿のカラフルが視界から消えていくような。いやだ。重たい黒が、心臓に沈み込むような。いやだ。

 なんか、小虎をとべも好きって、なんか、それって。

















 …………でもあたしは、小虎と友達になりたいんだろ?

 小虎と友達になりたいんだったら、何も動揺することはねーよな?

「オダちゃん?」
「あー、いや、ちょっと人酔いしたわ」
「卜部、もう行きますね!!」
「あー……おー。またな」
「はい、また!エノちゃんにごめんって言っといてください!」

 そうだ、あたしは小虎と友達になりたいんだから、何も深く考えなくて良い。原宿色みたいに、みんなで小虎っていう太陽と連なりあって、楽しい関係でいれたら、それでいいんだよ。

 曇りかけた空が晴れるみたいに、視線がゆっくり上がっていく。何より今は榎本と原宿を楽しんでんだから。小虎なんか、はぐれちまったんだしさ!あとで、あたしら友達だよなって今のテンションで話しかけたら、ぜってーいけるわ。

「とべ!!小虎によろしくな!!あたしらまだ原宿いるから!!」
「はーい!!」

 とべに手を振る。それにしてもとべが小虎を好きって、ちょっと意外だな。ズキズキと何かを叫ぶ心臓を、カラフルに染め上げたくて、榎本が買ってきたレインボーわたあめに鼻から飛び込んでムシャムシャ食べた。榎本が逆の手に持っていた哺乳瓶ジュースにもかぶりついてわたあめを流し込んだら、榎本が笑っていた。

「私のだぞ、織田君」
「いーじゃん、一人で食べれねーだろ?」
「ふっ、私の胃袋を舐めてもらっちゃ困るな」

 そうだよな、心臓のことなんか後回しでいい。今は、胃袋の心配だけしといたらいいんだ。

「おい榎本、まだまだ食うぞ!!」
「ふっ、そのつもりだよ」

 竹下通りのパレードはまだまだ続く。あのビルまで歩こうぜ、とあたしが指差して、榎本が「名案だな。通りかかった気になる店はすべて食べよう」と笑った。

「ところで織田君」
「あ?」
「さっきから黙って聞いていれば、ばかとはなんだ、ばかとは!」
「あ」

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