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オダネネSS さびしさの名前




「荷物は少ないに越したことはないな」

 榎本がいつの間にかあたしの部屋にいて、うんうん頷きながらあたしのバッグを入念に確認している。榎本はノックという概念がない。まー、別に急に入ってきて困ることなんか何もねーからいーんだけどさ。

「お前かわいそーだな。ほんとなら明日から修学旅行なのにな」
「ふっ、織田君。何を寝ぼけたことを言っている。名探偵に不可能なことはないさ」
「あ?どゆこと」
「焦ることはない。私は最後の修学旅行に向かう織田君にいくつかサプライズを用意してある。期待してくれて構わないよ」
「サプライズ〜?まー、いーけど。夜なら多分暇だぜ」
「ふっ……」

 榎本は何が面白いのか、ふふっと笑う。こいつあれだな、一年の頃に比べたら随分と悪い顔するようになったよな。あたしのせいかな。

「つーかさ、荷物入れてみて思ったけどやっぱバッグでかいわ。榎本お前、苗夏からバッグ借りてきてくんね?」
「織田君」
「なに」
「織田君は計画性が足りないようだ。織田さんや苗夏ちゃんへのお土産、それに現地では何があるか分からない。バッグを持って移動する場面だって多いはずだろう。その時に、バッグの中身がパンパンなのはデメリットでしかない。そう思うだろう?」

 デカバッグは、チビが一人分入れるくらいにスペースが余っていて、流石に服とかがバッグの中でぐちゃぐちゃになる気がした。仕切りみたいなのがあればいーんだけど。

「いや、でもあれだぜ、見たらわかんだろ?半分以上スカスカなんだよ。まじみんな何入れてんだろーな。ボードゲームとか持っていけばいーか?」
「織田君」
「なんだよ」
「ボードゲームなど不要なことは一目瞭然だ。修学旅行の夜といえば友達とワイワイするイメージがあるが、実際は日中の行動で体力を消耗しているし、すぐに就寝することだろう。あってもお菓子パーティーくらいだ」
「じゃ、お菓子いっぱい持ってくわ」
「それに関しては問題ない。私が持っていく」
「お前寝ぼけてんだろ、早く寝ろよ初等部は」

 まー、深夜に菓子買いに行くのもだるいので、榎本を追い払って寝た。榎本が、明日ギリギリに起きたらどうする?私が玄関口に置いといてやろうとか言うので大人しく従ってやった。

 ベッドに沈む。明日は全然違う感触のベッドで寝てるんだなと思うと不思議だ。あたしは寝づらいだろうなってより、たのしーだろうなって思った。ほんとは榎本とも行きたかったけど、仕方ない。天井のシミがあたしを見つめている。夜、ぼーっと考え事をしている時、ずっとこいつと睨み合っている気がする。

 小虎に、言うんだ。友達だよな?って。あいつが友達じゃないって言うなら、あたしは友達になりたい。結局なんか、ゲーセンでも恥ずかしくて言えなかったし、いや、恥ずかしいってより怖かったかな、あれは。ちょっとだけ怖い。

 全然寝れねー。どーしよ、修学旅行前に寝れねーとか、ガキみたい。多分もう苗夏は寝たし、榎本は……こういう時榎本と話すのもなんか違う。センチメンタルな気分になった時に話したくなる人と、テンション上がった時に話したくなるやつって違うなー。小虎が前者で、榎本が後者かな。

 じゃあ、小虎に電話してみる?

 いやいや、それはねーよな……。

 ぼーっと掲示板を開きながら、解決部のみんなのプロフを見ていく。

 雨森……は、多分ビビるだけだな。でもまー、悪くはないかな。
 有栖川……は、なんかかけづらいわ。プライベートな電話とかはな。プライベートすぎるっつーか。
 風切……困惑するだけだな。
 ルイ……無理して喋ってそーだしな。
 白石……ぜってーねーわ。
 とべ……論外だな。

 はぁーあ、意外となんかセンチメンタルな時って、誰と喋っていいかわからんな。あたしはベッドを出て、本棚から一冊の本を抜き取った。ぶっちゃけ本とかガラでもないし、好きな本とかねーよって言ってるんだけど、一冊だけある。
 ーー短歌集。

 小説は秒で飽きて寝るけど、短歌くらいならあたしでもなんとか読める。たまーに寝れない日があったら、これを読んで、時間と夜を忘れる。



 愛だとか恋だとか意味ないなんて
  言ったお前の寂しさはなに



 なんだろーな。これを書いたやつは、誰に何思って作ったんだろ。国語の授業でたまにある作者の気持ちを考えなさいってやつ、あたしには全然わかんねー。
 でも少しだけ、作者と気持ちがシンクロする瞬間があって、その時だけは道がひらけたみたいに意味がわかる。

 あたしも今ちょっぴり寂しくてセンチメンタルで、それは何なのかわからねーけど、歌が心にスッと入り込んできた。愛だとか恋だとか、友情だとか愛情だとか?そういうのわかんねーよ。どうしたら愛で、どうしたら友達で、でも寂しさだけがある。
 あたしの寂しさに、名前がついたらいいな。
 あたしの寂しさに、小虎が名前をつけてくれたらもっといい。

 カーテンを開ける。夜はまだ深い。名前もわからない星が、空をキラキラと彩っていた。贅沢なくらい綺麗な夜空を、あいつは見てるかな。こーゆーなんでもない日の空を、綺麗だとか思うんだろーか。あたしはたまに思う。

 持っていくか迷っていた、机の上の手帳を開く。走り書きで、小虎にアレを言うって書いた、数日前のあたしの字を見て恥ずかしくなった。誰も見ない手帳ですら全然素直に言えないのに、小虎に何を言えるんだろうなあたし。アレってなんだよ。

 あーあ、今小虎が隣にいてくれたら、寂しいって言えてさ、名前だってきっとつけてくれるのにな。この感情に名前をつけてよって小虎に頼んだらきっと小虎はあたしのために真剣に考えてくれるんだ。そーゆーところが好き。

 掲示板から塞翁小虎のプロフを見つけたあたしは、受話器のマークを見つめながらベッドに入った。もう深夜2時が近づいていて、早く寝なきゃなって思ったあたしは、小虎に「明日さ、楽しみだなー」と送って、それから、もう一個文章を打ち込みかけて、その夜の記憶はそこで途切れている。




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