【TCG】インフルエンサー1人を「終わり」にしてハッピーエンドとは思えない【ゲートルーラー】

インフルエンサー1人にその罪を背負わせれば終わりか?
※これは記事などという高尚なものではない、ただの感想文である。



1つの時代が終わった。そう思った。

私がまだ小学生だった頃から、かの人物は一店舗の店長としてTCGに関する情報を、文字や動画媒体で広く発信し続けてきた。店舗はやがて拡大し彼は社長となり、更にはTCG開発へ携わるようになる。果てには、複数のTCGの原作者(デザイナー)となるなど、彼は一時代を築き上げた。

そして私は、かつて幼き頃は彼のファンであり、今では広義で言うところのアンチにあたるだろう。


ここであえて「アンチ」という表現を用いたものの、それは決して「目的」であったのではない。
競技、売り方、プレイヤーの扱い、その他多くの角度において、TCGという一つの文化の在り方に対する考え方が、彼とは大きく異なっていた、それだけだ。「結果」なのだ。
よって私は、彼のことを嫌いはしても、強い恨みを抱いているわけではなかったし、彼の意見の中には首肯できるものも、無いとは言えなかった。


さて先日、彼が開発に携わるTCGである「ゲートルーラー」の公式から、以下のような発表があった。




詳しい経緯は割愛するが、彼の運営するdiscordサーバー内の通話にて、一般ユーザーへ宜しくない対応をしたことにより、開発、運営から解任されたということだ。


ここしばらくは某社からの彼に対する訴訟や、日に日に増えていく過激な言動の影響か、彼の周囲でもこういった結果に繋がる動きがあったことは承知していたが、この発表により、ようやく彼の時代に終止符が打たれたと、そう解釈して問題はないだろう。


長年、彼の言動に嫌悪感を抱いていた者からすれば、なんと喜ばしい知らせだろうか。

…とは思わなかった。

より正確には、歓喜を遥かに上回るほどの怒りを覚えた。それは彼に対してではない、彼の周囲に対しての、だ。

これより先は、これまでの、また発表前後の彼の周囲に対する、怒りの羅列だ。責められるべきは、果たして彼1人と、今回降格された役員だけなのか。

…その前に、肝心の彼に対する「現在」の私のスタンスを述べておこう。

梯子を外されきった今、彼自身へ批判を加えることには、もはや正当性を見出せない。そもそも私にとって彼を嫌悪し、批判する動機というものは、その影響力に因るところが大きい。


あまりにいい加減なこと、理屈の通らぬことを、声の大きさに任せ正当化し、対論を封殺しようとするその姿勢が、公共の利益に強く反すると、そう考えていたからだ。

その力を大きく失い、失意の中にある彼へこれ以上直接的に攻撃を加えることは、娯楽、もしくは報復になるだろう。この娯楽は、

「アンチには正当な理由がなく、ただ気に食わないから、楽しいからやっているのだ」
という理屈の正しさを補強する。

故に、己の動機が快でなく義にあると信ずる者が取るべき行動は、更なる攻撃ではないだろうと思う。

無論私には他者の行動を矯正できる権利はない。

彼の撒き散らしてきたヘイトのことを考えれば、盛んに本件を話題にすることも、その中で彼を滑稽だと笑うことも無理はない。

また何よりも、かつて彼の言動により直接尊厳を傷つけられた方々へ、「もう石を投げるのをやめよう」だとか、そんな偽善的なことを言うつもりは一切ない。その手段が違法でない限りは。

ただ、これ以上彼へ執拗に、直接的な攻撃を加えることは美しくないと、感じたことを述べるに留めよう。


さて、彼の周囲に対する話へ戻ろうと思う。

彼の周囲とは大きく2つに分かれる。所謂信者と揶揄される、彼の理念に共感するだけで利益関係にない者と、利益関係にある者、即ちビジネスパートナーだ。

ここで私が責任を問いたいのは、後者に対してに他ならない。更に言うならば、単なるビジネス上の関係に留まらず、彼の暴走を傍観し、また助長し、あるいはそれに便乗してきた面々についてだ。


所詮、いかに成功した者であれども、人間1人の力は限られている。

インフルエンサーは、結局はその拡散力を補強する周囲の者がいなければ、インフルエンサー足り得ないのである。

彼の言動については、ゲートルーラーの開発に携わる以前から、いや、遥かに前から、問題視する声が多く寄せられていた。その声の中には理を欠くものも当然含まれるが、一定の正当性を備えるものも多く見られた。
例えば、他者の商品への根拠なき中傷や、単なるアンチにあたらないとおぼしきプレイヤーへのレッテル貼りに対してなどだ。

これらの声がまさか彼の周囲に届かなかったことはなかろう。それらに対し一部の利害関係者は、「批判は見て見ぬふり」「彼に迎合しアンチ認定に便乗する」などの行いを重ねてきた。


あえて個人名は載せないが、一部SNS上での声が大きいゲートルーラーに関わる方々(開発側、などと呼ぶと自分たちは開発の人間ではない、と言い張るためこのような表現を用いることにする)には、特に顕著にこの傾向が見られた。


彼らはかの人物の問題点の存在を認めつつも、彼と組み続けるビジネス上のメリットの方が大きいと考えていたのであろう。もし問題点を認識できていなかったのであれば、その目は節穴そのものだろう。

利益を優先するその姿勢自体は、資本主義社会において何ら責められるべきではないだろうが、そもそも商売の根底にあるのは、売り手と買い手の間の「信頼」である。「信頼のない売り手」を消費者が忌避するのもまた、資本主義の道理なのだ。

つまり何が言いたいのかというと、
リスクを承知で問題がある人物を中心に据え続け、更には助長しておいて、いざとなったら損切をした彼の周囲に対し、「よくやった」などという言葉は全くもって1ミリも、こちらは投げかけてやる義理がないということだ。

(1つ断っておくと、ゲートルーラー公式からの謝罪文や配信については特に大きな問題はなかったと考えている。しっかりと彼を野放しにした責任について言及されている。また、本当に社の方針に逆らうことができずにいた気の毒な社員もいらっしゃることだろう。)


むしろ、もはや白旗をあげた彼自身よりも、彼の陰に隠れてこそこそと上記のような行いをしていた者こそ、今真に責められるべきであり、一刻も早く自らの行いを猛省し、公に誠意を示すべきであると思うのだ。


それが、彼という大きな失敗に加担してきた者の努めであり、それすらせずに、いつかは皆自分の行いを忘れるだろうと高を括り、のうのうとTCGの開発などに関わるのであればまさしく恥知らずな所業である。
ユーザーはあなたたちが思っているよりも、あなたたちのことを記憶し、記録している。


あろうことか、彼の失墜が決まってから「自分も彼の被害者です」「以前からまずいと思っていました」とでも言いたげな表明を行う者も、ごく一部にだが見られる。

先ほど、彼をこれ以上直接追い詰めるような真似は美しくないと述べたが、これらに関しては醜悪ですらある。
もっと砕けた表現をするならば、「ひたすらにダサい」。

…これは自分でもやや公共性に欠け、言い過ぎであると思うので書くのは躊躇するが、個人的には、
「彼が生き生きとしていたころは強く批判していなかったが、今になって連日こき下ろす」
「今回の件よりはやや前に袂を分かったが、それまで彼を持ち上げていたことに無自覚/無批判である」
ことも十分に「ダサいスタンスだな」と思って眺めている。


そういった「ダサい大人」が今後のゲートルーラー、もしくは他のTCGの開発に携わるとして、その是非を決めるのは各ゲームのユーザーであろうし、これを書いたからといって何か行動を起こそう、呼びかけよう、といった意図はない。

昨今のキャンセルカルチャーの話ではないが、自らの「やらかし」を自覚し反省した人物にも公に出る仕事をする資格がない、などとも毛頭思わない。

ただ、無反省な連中には無性に腹が立ち、吐き出すとともに記録だけはしておこうと、俺は少なくとも忘れないぞという思いで、ここに書き殴った。

だからこれは、記事などと呼べるような代物ではなく、ただの感想文である。

そんな感想文を読んでくださったことに謝辞を述べ、締めくくろうと思う。


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